1-38 暴かれる悪意
「カリオトさん……準備はいいですか」
俺は最後の確認をする。
「…………はい。行きましょう」
カリオトさんは神妙な面持ちで、コクリと頷く。
いつもの雰囲気はなりを潜め、ギルド職員の制服ではなく、軽装鎧を身にまとっていた。
【乱心夢想】と呼ばれていたころの格好だ。
仕事をしつつも、鍛錬を怠ったりはしていなかったのだろう。装備に振り回される様子は全く感じなかった。
「分かりました。三人もいいか?」
俺のことを死なせようとする死神たちだが、パーティーメンバーなことには違いない。念のための確認を行う。
三人とも問題なさそうだ。ルアネに限ってはウキウキしていた。
「じゃあ行きましょう」
俺たちは人だかりが見守る中、物静かなギルドハウスに乗り込んでいく。
目指すはギルド長室だ。
◇
「おや、これはカリオトではないか。ここ最近姿をくらましたと思えば、唐突に野蛮な姿で現れおって」
誰もいないギルドハウスの奥部屋、ギルド長室には一人、身なりの良い年老いた男性――ギルド長が深々と椅子に座っていた。その表情は背後にある窓差し込む光で、伺い知ることができない。
「お久しぶりです。ギルド長。今日まで連絡をせず申し訳ございませんでした。本日はギルド長に伺いたいことがありましたので、馳せ参じました」
「ほう、ワシに尋ねたいことがあるとはの。その割には、いささか大げさすぎではないか。ギルドハウスにいる人間を全員追い出すとは」
ギルド長のしわがれた声が、静寂な部屋にこだまする。
普段なら冒険者や、あるいは仕事中のギルド職員の喧騒が聞こえるのだろうが、この瞬間だけは違った。カリオトさんの権限で、外に出ていてもらっている。今ギルド内にいるのは、ギルド長、カリオトさん、そして俺と死神の三人だけだ。
「ふぅむ。副ギルド長といえど、ギルドとしての業務を滞らせる行為は許せないの。これは今後の人事評価で大きなマイナスじゃ」
依然として顔は見えないままだが、その声には嘲りが含まれているのがわかる。
隣にいるカリオトさんが思わず息を呑む。
「どの口が!」
カリオトさんが怒りに震えていた。
それもそうだ、なぜなら、
「貴方こそ度し難いことをしてきたでしょう! 私の暗殺未遂及び、ギルド組織の私物化をされていることはわかっている」
彼こそが、カリオトさんを殺そうとした黒幕なのだから。
「ほっほっほっほ。いきなり何を言うかと思えば、そのような世迷いごとを言い始めるとはの。被害妄想極まれりじゃのう」
ギルド長はあくまでしらを切るつもりのようだ。
「今更、そのようなことを仰っても遅いです。キエルさん、説明をよろしくお願いします」
「あぁ。わかった」
お願いされたので、カリオトさんを隠すようにしつつ前に出る。
カリオトさんに万が一のことがあってはならない。説明するうえでどうしても前に出る必要があった。そのためになんらかの攻撃を受ける可能性があったので、お鉢が回ってきたわけだ。
俺の顔見て、ギルド長が顔を傾げる。
「ほう、これは最近有名になった
以前の依頼……俺がザフールに追い出される前に受けたクエストのことだ。
別に俺はギルド長と話すつもりなどないので、無視しつつ、書類を投げつける。
「ほほ、これは?」
投げつられた書類を手に取り、めくり始めるギルド長。
「それはあんたがカリオトさんをはじめとするギルド職員の暗殺をしていた証拠の数々だ。色々とあるが、今回はカリオトさんを殺そうとしたと考えられる三つの根拠だけ言わせてもらう」
三本指を立てつつ、話す。
「一つ目はガイルのギルド職員だけを狙った殺人事件だ」
「痛ましい事件だったのぉ」
まるで他人事のように、しみじみとギルド長が言う。
「何とでもいえ。それでこの事件の被害者はカリオトさんに親しい職員や、あんたへ文句を抱えていた職員ばかり殺されてる。どうしてだろうな。まるで選ばれてるみたいだ」
そこまで言うと、ギルド長は小馬鹿にしたような笑い声をあげる。
「ほっほっほ。まさかそれが証拠とでもいうのか。子供のような推測ではないか。馬鹿らしい。たまたまではないかの」
まぁ確かに言ってることは違いない。これに関しては偶然と言われればそれまでの話だ。
「あぁそうかもな。でも焦んなよ。まだ二つも残ってんだ」
俺は指を一本折り曲げる。残り二本。
「二本目はだな。クロベニ、あれを」
「はいはーい!」
空いているほうの手で、クロベニからソレ――ハエを模った呪具――を受け取りかざす。
「これはカリオトさんの部屋に隠してあった呪具だ」
「なんじゃ、カリオトは呪われておったのか。それは災難じゃったな」
「あぁ災難だったんだよ。で、この呪具なんだが、作るために
花自体は特に何もないが、周りの虫モンスターを倒す必要があり、採取が大変だと言われている。Bランクパーティー以上推奨と言われている。
なんでそんな花のことを知っているのか。答えは簡単、
「不思議だよな。ここであんたがさっき言っていた、俺やザフールに以前依頼した素材が出てくるなんてな」
俺が実際に採取したからだ。
ザフールたちに追放される前、彼らのパーティーで最後に受けたクエストはギルド長からの依頼で
ピクリとギルド長の手が動く。
まさか、呪具の作り方がこちらにバレるとは思っていなかったのだろう。
残念だったな。こちらには呪いのエキスパートがいるんだよ、俺を死なせようとするのが欠点だが。
「ほ。それはまた奇妙なめぐりあわせもあった者ですな。じゃがワシも知っておるぞ。カリオトを狙っていた呪術師は、自分の意志で犯行に及んだと自白したのじゃろ」
だがそれでもしらばっくれるようだ。そしてそれは正しい。
俺が捕らえた呪術師は、その後ギルドにて取り調べしても頑なに一人での犯行だと言い切ったのだ。しまいには、同じことを言うだけの廃人になってしまった。
ノワールとクロベニによれば、
ともかく、証人足りえる呪術師がそう言っているのだ。それを強く出されると、こちらとしてもどうしようもない。
だがここで弱気になる必要はない。
証拠はまだもう一つある。
指を折りたたむ。
「そうだな。じゃあ最後の一つに移ろう」
俺は呪具をポケットに入れていたものと、入れ替える。
手中にある小箱を開く、途端に生臭いかおりが部屋に漂う。
ギルド長が鼻を袖で隠す。
「なんですかな。それは」
「自分で用意されたもののくせに、随分な言いようだな。あんたがカリオトさんへの見舞いの品に入れてた、魚の練り物だよ」
【氷の魔法】で腐るのを遅らせていたそれこそが、ギルド長を追い詰める一番の証拠だった。
「これからな。カリオトさんを殺しかけた
「………………」
ギルド長は何も言わない。流石に言い逃れできないと悟ったのだろうか。俺も話すことはない。
わずかな沈黙。
我慢できなかったのはカリオトさんだった。
「ギルド長。今あげたもの以外にも、数多の証拠が確認できております。おとなしく諦めていただけませんか」
自分が狙われ、親しい仕事仲間を殺されてもなお、カリオトさんは冷静を保とうとしていた。実力行使で捕らえることに抵抗を覚えているのか。
いや、違うか。恐らくはこの部屋の両側に飾ってあるマジックアイテムで反撃されるのを嫌がっているのだろう。
「………………………」
ギルド長は黙りこくっていたが、長くは続かなかった。
おもむろに椅子から立ち上がる。
それまで逆光で見えなかった顔があらわになる。
「よもやここまで追いつめられるとはの。そうじゃ、ワシがやったことじゃ」
その眼には激しい憎悪が込められていた。
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