死神の思し召し!~役立たずだと追放された。死を視て罠を解除していたのに……。今さら戻って来いといわれても、もう遅い。可愛い死神たちに好かれてそれどころじゃねぇ!
1-37 愚者の末路【ザフール視点(5)】
1-37 愚者の末路【ザフール視点(5)】
満月に照らされる夜道を歩くものが一人。
ザフールだ。
「クソがクソがクソがクソが!」
誰もいないなか、彼は呪詛を吐き続ける。
彼の頭の中はキエルと、彼に付き添う女たちのことで一杯だった。
「なめ腐ったこと言いやがって。クソが!」
はらわたが煮えくり返りそうだった。
ザフールにとって昼の出来事は度し難いことだった。
これまで一方的に捨て続けてきた彼にとって、自分が捨てられるという経験は大変な屈辱だったのだ。
「
この街にはあいつらがいる。
今度会うのは耐えられなかった。
ゆえに、夜にも関わらず彼は目的地へと向かっていたのだ。
ギルド長の家へと。
◇
「こんな夜分遅くにお越しいただくとは。急用ですかな?」
身なりの良い年老いた男性――ギルド長がニコニコしながら、ザフールに紅茶を出す。
「あぁ。クエストの報告にな」
彼はそれに口をつけることなく、話を切りだす。
「クエスト? ……あぁ。未開拓ダンジョンの依頼をしておりましたな。失礼。
ギルド長が優雅に紅茶を飲みながら、そんなことを言う。
「いや構わない」
ザフールはそういうが、よく見ると眉がピクリと動いている。
忘れられていたというのは、軽んじられているということだろう。
彼の自尊心が傷ついたことには違いない。
「それで、ダンジョン探索の結果は如何ほどに?」
「あぁ。それなんだが……」
とはいえ、ここで言い合っても意味がない。
それにこれから話す内容的に、こちらは下手に行くべきだろう。
そう思ったザフールは、冷静さを装いつつ、ダンジョンの調査結果を伝える。
モンスターの種類、ダンジョンの環境、そして6階層以上あるということをだ。
ギルド長が不可思議な顔を浮かべる。
「6階層? はて、貴殿らのパーティーにしては随分とおとなしい結果ですな」
「ぐっ」
痛いところを突かれ、思わず言葉がつかえるザフール。
「なにか問題でも起きたのですかな」
ギルド長は相変わらず、ニコニコと笑みを浮かべているが、眼は笑っていなかった。
「…………少しトラブルがあってな。罠に引っかかったんだ」
「ほう! 罠にですか。それはまた珍しい。冒険に罠はつきものですが、貴殿らのパーティーには優秀なサポーターがいた気がするのじゃが」
「色々あってな」
ザフールが下手な誤魔化し方をすると、ギルド長が笑う。
「色々とは、もう少し正確な言い方をされたらどうじゃ。例えば……あなた方が追い出して不在だったとかな」
ギルド長は最初から把握していたようだ。
それなのに、わざととぼけていたのだ。
無論、ザフールは気色ばむ。
「っつ! てめぇ。最初から知ってて!」
危険知らずの冒険者でさえ震えそうな剣幕だというのに、ギルド長は平然な顔をして受け流す。
「ほっほっほ、気分を害されたなら失礼。
口では謝罪するが、申し訳ないと思っているようには全く見えなかった。
ザフールは思わず貧乏ゆすりをする。
先ほどからギルド長の態度が気に食わなかった。
何といえばいいのだろうか、ザフールのことを見ていないのだ。
勿論、こちらと対面し、眼を合わせ、会話をしている。
だが、自身を相手にしてくれていない。
さっきから別のことでも考えているのか、話半分にしか聞いていない。
ザフールにとってそれは決して気分のいいことではなかった。しかし我慢する。
これでも今回の依頼主なのだ。報酬をもらうまでは耐えなければ。
「まぁ、貴殿らの状況などどうでもよい。報酬の件に移ろうではないか。今回の報告内容ですと……これぐらいで如何ですかな?」
サラサラと紙に金額を書き込むと、ザフールに渡す。
「なっ」
それを確認したザフールは驚く、悪い意味で。
報酬の額は、予想していた半分以下だった。
これでは独り占めしても全くうま味がない。
「おや、高すぎましたかな」
「んな訳ねぇだろ! 少なすぎだ!」
そう抗議すると、ギルド長は眼を細める。まるでごみを見るような眼だった。
「何をおっしゃる。こんなBランク冒険者たちでも集められるような情報に、何の価値が? はっきり申そう。期待外れだ。
「ぐ…………狙いってなんだ。ダンジョンの攻略ならしただろうが」
ギルド長の言っていることは正しいのだが、だからと言ってここで引き下がるわけにもいかない。
ザフールがなお食い下がり反論すると、ギルド長は咳をする。
「失礼、今のは言葉のあやと思ってくだされ。ともかくこれ以上は不毛ですな。お帰りくだされ。金は明日にでもギルドで受け取れるようにしておこう」
それだけ言うと、ギルド長はスッと席を立つ。
本当に、終わりのようだ。
「ま、待ってくれ。すまん、一つ報告し忘れていた。ダンジョン攻略中、このアイテムを見つけたんだ」
ザフールは慌てて引き留め、懐にしまった
鞘から柄まで真白の短剣、ダンジョンで見つけたマジックアイテムだ。
街に戻る前はさっさと手放そうと思っていたのだが、だんだんと不思議な愛着が湧いてしまい、手元に残しておきたいと出し渋っていたのだ。
だが事ここに至っては、致しかたない。
後ろ髪を引かれる気持ちで、見せつける。
そしてザフールのその行動は、見事に功を制したようだ。
「おぉ! それは!」
ギルド長の様子が明らかに変わる。それまでの散漫していた注意が、短剣に向けられる。
ギルド長がマジックアイテムに目がないのは知っていた。だからこそ絶対食いつくとは思っていたのだが。
「これは素晴らしい! 素晴らしいですぞ!」
想像以上の飛びつきようだった。わなわなと手は震え、瞳孔は開ききっている。
「そ、そうか。ならこれを売ってやる。だから報酬を上げてほしい」
若干たじろぎつつも、ザフールは交渉を始める。
「えぇ。よいとも! いくらでも出そう」
「本当か!」
ザフールは色めき立つ。多くの資産を持つギルド長から、そのような言葉を聞けるとは。
限度はあるだろうが、今後働かなくてもいいぐらいの大金が手に入るかもしれない。
「ただ、その前に手に取らせていただいてもよろしいですかな?」
「あぁもちろんだ」
そういわれるや否や、ギルド長はすぐにザフールの元に駆け寄り、その手にある白い短剣をもぎ取る。
そして短剣を鞘からと刃を取り出すと、まじまじと眺める。
よく見ると、眼が左から右へと何度も流れる。まるで何か文章を読んでいるかのようだ。だが、その往復は何度も続かなかった。ある箇所でピタリと止まる。そして残念そうに、ザフールに問いかける。
「貴殿はこのアイテムを手に入れてから、ここまでずっとこれを懐に入れていたのですかな」
「あぁそうだが、何か問題でも?」
するとギルド長はため息をつく。
「そうか……。お返ししよう」
「なっ!」
ザフールが明らかに動揺する。
「あぁ。誤解されないでくだされ。ワシが買い上げはする。その上で、貴殿に譲ろう」
「は?」
よくわからないことを言われ、混乱するザフール。
だがそれも仕方ない。買わないのかと思えば、買うといい、しかもアイテムはくれるなんて酔狂なことを言われたら誰だってそうなるだろう。
仕方ないといった雰囲気で、ギルド長が理由を話す。
「こちらのマジックアイテムじゃが、長期間身に着けた者に使用資格を与える効果があるようでな。貴殿以外には反応しないようなのじゃ」
まるでこのマジックアイテムを知っているかのような口ぶりだが、ザフールは気がつかないらしい。別のことを質問する。
「そうなのか……でもならなんで金を払い、俺に与えるなんてことを?」
「まぁそれだけ、私が欲しかったアイテムということじゃ。ただ一つお願いをしてもよろしいかな?」
「なんだ」
こんなにザフールにいいことばかりなのだ。どんなとんでもないことを要求されるのか。
思わず身構える。
「貴殿がこの武器を使っているところを見せてほしいのじゃ」
「なんだそんなことか。構わねぇぜ」
だが実際は金を支払ってもらわなくても応じそうなぐらい、大したことのない願いだった。
「ほっほっほ、それは結構じゃ」
上機嫌なギルド長。そしてそれはザフールも同じくだった。
(なんていう幸運だ。マジックアイテムが手に入るばかりか、大金が手に入るなんて。別に金を払わなくても、武器を使うぐらいいいのによ。馬鹿な奴だ)
思わず
だが自然と口元が緩みそうになったので、見咎められないよう天井を仰ぐ。
だからこそザフールは気がつかなかった。ギルド長の彼へ向ける眼が、依然としてごみを見るようなものだということを。
ドス!
「…………あ?」
軽い衝撃が身体に走ったので、ザフールは視線を下に戻す。
そして目を見張る。
白い短剣が胸に刺さっていた。
ゴポと口元から血が流れる。
「て、てめぇ」
呻きながら、急いで剣を抜こうとするザフール。
だがそれは叶わなかった。
ぼこり。ぼこり。
彼の身体から何かが、盛り上がる音が聞こえる。
変化は手から現れた。
小さな肉の粒が生えると、それは急に大きくなっていき、ついには彼の身長ぐらいの大きさ伸びていく。
「ぎ、がぁあああああああああ」
激しい痛みがザフールを襲う。
思わず叫ぶ彼の身体は、それでも変化をやめない。
背中も膨らみ、やがて服や鎧を破り肉が飛び出してくる。
肌は健康的な焼けた肌から、どんどんと白くなっていく。
「逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>!」
喉にも変化があったようだ。もはや人の声でない叫びがこだまする。
「だから言ったじゃろ。武器を使っているところを見たいとな」
その様をただ眺めるギルド長は、馬鹿にしたようにそういう。
「それにしても愚かな男よ。大金に目が眩み、契約の内容を確認しないとはの。『契約をするときは、まず疑え』という冒険者の言い伝えを忘れおって。じゃがおかげで扱いやすいことこの上ないのぉ。感謝せねば。ほっほっほっほ!」
ギルド長の高笑いがこだまする。
ずるり。ずるり。
月明かりに照らされた白い肉の塊は、不気味にうごめく。
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