1-35 追放者は愚者と決別す
「パーティーに戻れ? 俺がか?」
驚きと困惑で一杯だった。
「あぁ。色々と考えが変わってな。お前の罠を解除する腕が必要だと気がついたんだ。だから戻ってこい」
まさかザフールの口からパーティーに戻れという言葉を聞けるとは思わなかった。だがそれは大したことではない。
「お前がいれば俺のパーティーは強くなる。なんだかこの頃、この街で
ペラペラと話すザフール。
以前の俺なら何を今更言ってるんだと怒ったかもしれない、あるいは色々と思うところはありながらも嬉しいと思ったかもしれない。
そうだというのに。
全くなにも思わなかった。
あんなに残りたいと思っていたパーティーに戻れることに、何も魅力を感じなかった。
だからだろうか。
「その、誘ってくれてありがとな……けど悪い。俺は戻らない」
すんなりと断ることができたのは。
「………………なんでだ」
ザフールはまさか断られるとは思っていなかったのだろう。
再会してから初めて抑揚のある声で問いかけてきた。
「なんでって……」
思わず言葉に詰まる。自身で断ったにも関わらず、理由を説明できないからだ。
「あぁ。そういうことか。俺たちがお前の財産を奪ったことを根に持ってるんだな。あれは確かに俺たちが悪かった。金なら俺の資産から返してやるからそれでいいだろ。戻ってこい」
押し黙る俺を見て、ザフールは勝手に納得し、話を進める。
そういえばそんなこともあったな。言われるまで忘れていた。
全く的外れな話だった。
「そういうことは気にしてない。ともかく俺は、戻らない」
「ならどうしてなんだよ!」
ザフールが怒鳴る。
今までの雰囲気は一瞬にして失せ、激情を露わにすると、俺につかみかかろうとする。
だがその手が俺に届くことはなかった。ザフールの腕を掴むものがいたからだ。スコーとマスクの呼吸音が響く。
「どなたか存じ上げませんが、突然危害を加えようとするのはいかがなものかと存じますが」
ノワールはそう忠告すると、腕を離す。
「誰だ。お前」
かなり強い力で握ったのだろうか。ザフールはつかまれた箇所をさすりながら、警戒心をあらわにする。
「あたしたちはお兄ちゃんのパーティーメンバーだよ」
俺の後ろに隠れていたクロベニが答えるとザフールは一瞬ポカンとするが、次の瞬間には口を歪めた。
「パーティー? キエルがか? ハッ。お前みたいなやつでも、人は集まるんだな。どうせAランク冒険者だから寄ってきた奴らばっかりだろ。実際のところ、お前にAランクの実力なんてないのになぁ」
その顔は明らかに馬鹿にしていた。
そこまで言われて黙っていられるほど、俺もお人よしじゃない。
言い返すために口を開こうとした、その時。
「おやおや。そんなに気が立って、どうしたんだい。もしかして自分が見捨てた人間が今更のように惜しいとでも思ってしまったのかな。いやぁ。そうだとしたら、あまりにも女々しいねぇ」
ルアネがおちょくるような言い回しをしつつ、間に入ってきた。
ザフールが不機嫌そうな顔を浮かべる。
「……お前もパーティーメンバーか。邪魔するな。俺たちの話だ」
「それなら遠慮なく邪魔させてもらおうか」
きっぱりと言い切るルアネ。
「なっ」
「何を驚いてるんだい。だって君とキエルの話というものは、もう終わってるじゃあないか。キエルは君の申し出を断ったんだから」
「うるせぇ、そんなはずねぇだろうが! キエルが戻らねぇなんてありえねぇんだよ」
ザフールが顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
対してルアネは、余裕の表情だ。
「ふふ。少し必死すぎじゃあないか。これじゃあどっちが捨てられたのか分からないねぇ。潔く認めたらどうだい。今さら、もう遅いってさ」
「馬鹿にしてんのか!」
「おやぁ。ようやく気がついたのかい。笑ってしまうねぇ。本当に何から何まで遅くて、涙が出そうだ」
やれやれとわざとらしく首を振る。
「ふざけんのもいい加減にしろよ!」
ついに堪忍袋の緒が切れたのか、ザフールがルアネに殴りかかる。
だがその動きはピタリと止まる。いや止められた。
気づけば首元にルアネの槍が突き付けられていた。
「ふん」
驚きで固まるザフールをつまらなそうに見ると、ルアネが槍を引く。
ザフールは腰が引けたのか、その場でしりもちをついた。流石にみっともないと思ったのか慌てて立ち上がると、どもりながらも話始める。
「お、思ったよりやるな。かなりの腕じゃないか。そうだ。折角だから、お前も、なんだったら他の奴もキエルと一緒に俺のパーティーに来ればいい。そうすれば――」
「おい。ふざけるのもいい加減にしたまえよ」
ルアネがザフールの声を遮る。
その声は氷のように冷たい。
視ればルアネ、それにクロベニとノワールからも黒い
どうやら彼女たちの機嫌を損ねるようなことを、ザフールは言ってしまったようだった。
ほとんどの
ルアネが話を続ける。
「一つ勘違いしているようだけどね。キエルのパーティーにいるのは私が決めたことなのさ。それをとやかく言われる筋合いはないね。なんていったって私は――」
そういうや否やルアネは突然俺の首元に抱き着き、
「キエルが好きなのさ。だから私は、いや、私たちはこのパーティーにいるんだよ」
そう言ってのけた。
気がつけばノワールも俺の隣に立ち、後ろにいたクロベニもキュッと俺の手を握る。どうやら二人も同じ気持ちを抱いてくれているようだ。
「誰が魅力もない君なんかと一緒にいると思うんだい? 分かったら、さっさと失せたらどうかな。目障りだよ」
流石にそこまで言われて、残り続けるほどの胆力はなかったようだ。
「ちょ、調子に乗りやがって! お前ら、後で後悔しても遅いからな!」
そう負け惜しみの声を吐くと、逃げるように立ち去る。
俺はただそれを呆然と見ていた。
◇
「後悔するわけないもんねーだ! べー!」
「こら、舌を出すなんて不衛生です。やめなさい。それとルアネ。貴女もキエルさんから離れなさい。くっつきすぎです」
ノワールがグググとルアネの首根っこを掴む。
「いたたたたた。痛いから!」
ルアネがたまらないといった様子で、俺の首から手を放す。
「やめなさいよ。怪力馬鹿! 跡になったらどうするのよ!」
「そしたら祈祷術をかけてあげます。それよりも……怪力、馬鹿?」
「ちょっと、なんで私の顔掴んでるの。あの、痛いんですけど。潰れちゃんですけど。いたたたたた! やめて! 私が悪かったからー!」
「ルアネーチャンとノワールお姉ちゃんが戦ってる! どっちも頑張れー!」
ノワールにアイアンクローを決められ、涙目になるルアネ。そしてそれを見て笑うクロベニ。もはや三人は立ち去ったザフールなどどうでも言いようだった。
「見てないで助けなさいよ。クロベニ! キエルも! ……ってキエル?」
「あ、あぁ。なんだ」
「浮かない顔してるわね。どうしたのよ」
顔に赤い手形を残しているルアネが心配そうにのぞき込んでくる。
勿論ザフールのことを考えていたからなのだが、彼女たちに言うのも違う気がした。
「いや、なんでもない」
「なんでもないわけない顔してるわよ。言ってみなさいよ」
だからはぐらかしたのだが、見破られる。
でも話したくないしな……違う話題で誤魔化すことにしよう。
「その……俺のこと好きって言ってくれただろ? あれってやっぱり……」
今度は上手くいったようだ。三人は顔を見合わせると、口をそろえて言うのだった。
「勿論魂のことだけど」
だよな。知ってた。
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