1-32 【死神の舞踏会】

「な、なぜだ!? なぜ吾輩の二階級呪術が効かない!?」


 目の前の男――カリオトさんを狙っていた呪術師だ――が動揺する。

 その手には心臓を模した明らかに禍々しい呪具が握られている。

 先ほど、その呪具から大量の黒いもやを浴びた。恐らく、呪術をかけてきたのだろう。ノワールの力のおかげで呪いが効かない身で助かった。


「わ、吾輩を倒しても、第二第三の暗殺者が!」


 最早これまでと呪術師が捨てセリフを言おうとしているが、聞く義理もない。

 短剣の柄で殴り、気絶させる。

 本当は殺したいぐらいだが、黒幕の手がかりのために生かしておかなければならない。


「ふぅ。こんなところか」


 短剣を鞘に納めながら、あたりを見回す。

 賭博場のようだが、酷いありさまだ。

 ほとんどのテーブルは半壊し、あたりには割れたグラス、あるいは瓶が散らばっていた。


 俺たちはカリオトさんを呪い殺そうとした呪術師をひっ捕らえに来ていた。

 潜伏場所を探すのに、時間がかかるかと思ったのだが……。


「ここはなにして遊ぶ場所なのー?」


 今回の立役者であるクロベニがきょろきょろとあたりを見回している。

 呪死の死神である彼女は、カリオトさんの部屋に隠してあった呪具に込められた呪いを逆に辿ることができた。

 おかげで、すぐに呪術師の居場所を突き止められたのだ。


「クロベニは知らなくてもいい場所です」


 スコーとマスクの呼吸音を響かせ、ノワールはつまらなそうに答える。

 その動きはせわしない。

 足元に転がっている人々に、祈祷術を使い治療をしているのだ。

 全員悪人だというのに、よくやる。

 ……たまに怪しげな薬を飲ませているのは眼をつぶっておこう。


 場所を突き止めた際、カリオトさんに確認したところ、この街の悪人がたむろする場所だったようだ。危険度は計り知れず、ギルドでも介入ができなかったという。


 だというのにカリオトさんは、

「といってもぉ、一人一人の力はガイルより弱いらしいのでぇ。キエルさんならぁ。倒せませんかぁ?」

 などと無茶ぶりをしてきたのだ。


 最初は断ったのだが、結局願い倒されて了承してしまった。

 ……決して、腕に抱き着かれたときの胸の感触に押し負けたとかではない。


 とはいえ万が一のこともあるので、カリオトさんの信頼のおける冒険者に外で待機してもらっていたのだが、いらぬ保険だった。


「うん。全く歯ごたえがないね。もうおしまいかい」


 残念そうにルアネがつぶやく。

 賭博場いた悪人のほとんどは俺が倒してしまった。

 勿論、数人は他の三人が倒してくれたのだが……。


「おい、ルアネ」

「ん? なんだい?」

「俺のフォローをしてくれたのはありがたいんだけどさ」

「だろう! 私の冴えわたる技! 。見習ってほし」

「いや掠めるってか、

「…………な、なんのことかわからないなぁ」


 目をそらすなよ。あからさますぎんだろ。

 俺が前衛に立ち、クロベニ、ノワールの後衛をルアネが守りつつ、可能な限り俺の支援をする。

 そういう作戦で、事実上手くいっていたのだが。


 ルアネの支援とは、俺目がけて黒槍を投げるというものだった。

 避けたり、カインの刻印の障壁で軌道がズレたりした槍が、敵に当たったから、あたかも攻撃を手伝ってくれてるように見えたけどさ。


「ルアネ。そんなことしていたのですか。呆れましたね」

「いや、ノワールも途中、俺に薬品投げてたよな」

「そうでしたかね? 戦闘の最中で、勘違いでもされたのでは?」

「ノワールお姉ちゃん、沢山なんか投げてたよねー? あれなにー?」

「……………クロベニ、黙っていなさい」


 ノワールは祈祷術が使えた。

 まぁそうだよな。俺に力を渡せるということは、力があるということなのだから。


 というわけで、彼女には祈祷術と、自身で作ったという薬による支援をお願いしていた。

 戦闘の合間、力がより入るようになったり、素早さが上がったので祈祷術の加護があったのは間違えない。

 しかし途中、薬品のような臭いがしたと思ったら、敵がバタバタ倒れたのだ。死んではないようだが、相変わらずびくびく痙攣している。


「お兄ちゃん、ノワールお姉ちゃんが冷たーい!」

「冷たいのはよくないよな。それじゃあ次からは、俺ごと氷漬けにしようとするのはやめようか」

「あれれー? なんでわかったのー?」


 隠すつもりがあったのかよ……。

 クロベニも呪術と、得意ではないようだが魔法が使えた。

 だが死神なので人を殺すことはできない。


 このままでは手持ち無沙汰というわけで、俺が危ないときは魔法を使って氷の壁などで攻撃を防いでくれとお願いしていたのだ。

 その願い通りにしてくれるのはいいのだが、俺ごと魔法で巻き込むのは違うんだよな。なんでか俺は凍ることがなかったが。


「ってか、魔法で俺が死んだら、クロベニにとってもよくないだろ」

「あれー? お兄ちゃん知らないのー? 魔法で死ぬのは呪死になるんだよー?」


 そうなのか、知らなかった。

 ということは俺に魔法が効かなかったのも、呪いを受け付けない精神のおかげか。なかなかに便利のようだ。


「でもやめような」

「はいはーい! 考えとくねー!」


 絶対やめるつもりがない返事をするのはやめてくれ。


「まぁいいじゃあないか。残念なが……げふんげふん。幸いにして、みんな無事なんだし。それを喜ぼうじゃあないか」


 コイツ! 今、明らかに残念がってなかったか。

 昨日の夜、俺が感じた喜びを返してほしい。

 相変わらずこの三人は死神だった。


「はぁ……まぁいい。とりあえず俺が見張っとくから、外で待機してる冒険者を呼んできてくれ。いつ起き上がるかわからないしな」

「あぁそれでしたら、安心してください。麻痺薬を飲ませてますので」


 治療してるときに飲ませてたのはそれか。

 手際がいいことで。


 ◇


 引き渡しが済み、宿に戻る途中に言っておかなければならないことを告げた。


「今回は問題なかったからいいけど、次からは俺を殺そうとするの禁止な」


 毎回やられては、物騒でたまらん。

 とても当たり前のことを言っているだけなのだが……。


「それは流石に……」

「えっ!」

「そんなー!」


 だというのに、三人が絶句する。


「なんでそんな嫌がるんだよ……」

「いや嫌というわけではないんだけれど……ねぇ」

「色々と溜まるのです」

「そうだよー!」

「どういうことだよ。俺の魂を取ることに特別な意味でもあるのか?」


 あまりにも文句を言ってくるので思わずそう聞くと、なぜか全員顔を赤らめる。


「キエルさん! は、破廉恥です!」

「お兄ちゃんのえっちー!」

「……キエル。みんなの前で言うのは、ちょっと良識を疑うよ」


 なんで俺が悪いみたいになってんだ。

 訳が分からねーよ。






 まぁ予想がつくとは思うが、この後の戦いでも彼女たちは俺を執拗に狙い続けた。

 そのため自然と戦い方は、前衛で戦う俺と、その後ろで支援という名の俺への攻撃をする彼女たちという形になったのだが……。


 誰かが俺たちの戦いをみて、

「自分から死ににいく様な戦い方……まるで死神と踊っているかのようだ」

 と思ったらしい。


 俺たち四人のパーティーが【死神の舞踏会】リーパーズダンスなどという不名誉な二つ名で呼ばれていることに気がついたのは、噂をもみ消すことができないほど広まった頃だった。

 活躍が評価されるのは嬉しいのだが……その二つ名はどうにかならないのだろうか。

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