1-31 追放者が手に入れたもの

「冒険者ギルドの人間が? なんだい。それじゃあ彼女は、仲間に狙われているとでも言いたいのかい?」


 明らかに嫌悪感を浮かべ、ルアネが尋ねる。

 死神にとって、仲間内で争うという考えはないのかもしれない。

 だが人にはあるのだ。


「あぁ。そうだ」


 肯定すると、ルアネは黙ってしまった。

 何か考え事でもあるのだろう。


「キエルさん、確証はあるのですか? 今の情報だけでは、必ずしもギルド内の人間と断定はできないかと思いますが」


 代わりに会話に混じってきたノワールが不可解そうに確認してくる。

 彼女の疑問ももっともだ。

 だが――。


「ギルド職員の犯行じゃないってなると、ガイルが潮臓病ちょうぞうびょうで死んだのが説明できない……と思う。あの病気って特定の魚を食べないと発症しないんだろ?」

「えぇ。そうです」


 病死の死神がそういうんだったら、例外はないのだろう。


「ならやっぱりおかしい。ギルドが運営している牢獄ろうごくにいたんだぞ。あいつだけが偶然、潮臓病ちょうぞうびょうに罹る魚を食べたとは考えられない」

「……なるほど」


 ノワールが納得する。彼女は他の二人と違い、ギルドやその他いろいろなことを知っていた。だからこそわかったのだろう。


「ギルドって今日ご飯食べたところだよねー! ご飯作ってくれること以外にもお仕事してるんだー?」

「そうだよ。クロベニはまだ勉強が足りないねぇ」


 ルアネがドヤ顔で教える。昨日俺が教えるまで、お前も知らなかったろうが……。


 ギルドは冒険者の支援以外にも、様々な仕事をこなしている。

 その中には牢獄ろうごくの運営もあるのだ。

 すべての街や国の牢獄ろうごくがそうというわけではないが、最低でもこの街はギルドが取り持っている。


 当然、そこに投獄されている囚人たちに飯を用意するのも、ギルドの仕事だ。

 まとめて作られる食事にも関わらず、ガイルだけが潮臓病ちょうぞうびょうになるようにするのははっきり言って無理だろう。……意図的に仕込まない限りは。


「で、キエル。こうして二人から聞いたわけだが……どうするんだい?」


 ルアネが試すように尋ねてくる。


「そうだな……。まずはカリオトさんに改めて伝えるべきだろうな」


 潮臓病ちょうぞうびょうや呪いでカリオトさんが狙われていることは、カリオトさんが起きた段階で話してはいる。しかしざっくりとした説明だけだ。

 連絡は密に取ったほうがいいだろう。

 だがルアネが聞きたいのは、そういうことではないようだ。


「それは当たり前のことだろう? 私が確認したいのはだね。また彼女を助けるのかい?」

「……助けよう、と思ってはいる」


 おやと、ルアネが首をかしげる。

 俺の歯切れが悪いことが気になるようだ。


「どうしたんだい。これまでのキエルと比べたら、やけに慎重じゃあないか。怖気づいたのかい?」

「別にそんなんじゃねぇよ。ただ……三人はいいのか?」

「ほえ?」

「自分たちですか?」


 クロベニとノワールが聞き返す。ルアネはぽかんとしていた。

 なんでお前も分かってないんだよ。


 “次からは事前に教えてくれよ。パーティーってそういうものなんだろう?”


 スケルトン討伐の時、そう言ったのはお前だろうが。

 まぁ本人が忘れてても、約束は守るべきか。

 話を続ける。


「そうだ。これから先は危険が増えると思う。だから、もし嫌ならこの宿で待っててもらっても構わない。お金は置いてから、勝手に使ってくれていい」


 死神が強いことはなんとなくわかる。

 人を殺すことはできないようだが、透明になれたり、色々な力が使えたり、人より優れているところも多い。

 しかしだからと言って勝手に危険な場所に連れていくべきではないだろう。


 彼女たちは俺の魂を狙う死神たちだが、カリオトさんを助けてくれるきっかけをくれた命の恩人たちでもある。

 俺の独断で、傷ついてほしくなかった。

 なので一言断ったのだが。


「なんだい。やけに優しいじゃあないか。でもいらぬ心配さ。だいたい私は戦死の死神だよ? 危険な場所を怖がるはずがないじゃあないか」


 何を今更といった雰囲気でルアネは胸を張り。


「お兄ちゃんと契約出来てあたしよかったー! ついていくよー!」

「自分も同じくです。力になりましょう」


 クロベニは楽しそうに、ノワールは淡々と、けれど力強く言ってくれた。

 どうやら俺の考えすぎだったようだ。

 少し恥ずかしさを感じる。だがそれ以上に――。


「ありがとう」


 喜びを覚えていた。

 きっとルアネにからかわれるだろう。そう思いつつ、つい感謝の言葉を口にする。


「おやおや。嬉しそうにしちゃってさ。さっきの言葉は強がりかい。ふふ。随分と寂しがり屋じゃあないか」

「そうかもしれないな。でも。本当に嬉しいんだ」


 案の定、おちょくられたが素直に受け入れる。

 思えばザフールたちにパーティーを追い出されてから、今までずっと寂しかったのかもしれない。


 独りぼっちだったわけではない。傍にはルアネやクロベニ、ノワールがいた。だが、それも流れで仕方なく一緒にいただけだ。


 だからこそ、今の言葉は。

 危険を承知でもついていくという言葉は。

 俺の心のうちにある何かを救ってくれた。

 ……例え、その言葉の裏にある「獲物は逃がさない」という考えがあったとしてもだ。


「…………いきなり何よ。調子狂うわね。……ゴホン。まぁいい。それじゃあ早速、彼女を助けようじゃあないか」


 俺が予想と違うことを言ったからだろうか。なぜかルアネは赤面しつつも、気合を入れる。

 こうしてカリオトさんを助けるために俺たちは動き始めたのだった。

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