1-30 カリオトさんと迫る危機

「いいんだぞ。俺と一緒なんかいなくても」


 本心を言えば、どこかに行ってもらったほうが嬉しいんだが。

 どこの世界に、自分の死を待ち望む死神を侍らすことに抵抗のない人間がいるってんだ。

 だが俺の望みは叶いそうにない。


「ふふん。遠慮する必要はないさ。女性の好意は素直に受け取るべきじゃあないかな」


 好意ってより、殺意だろ。


「そうですよキエルさん。自分をその気にさせておいて、サヨナラなどというのはあまりにも酷いのでは?」


 その気にさせたって、ただ単に病死させたいだけじゃねぇか。

 その気になるほうが悪いわ。


「お兄ちゃんと遊びたいんだもん! だから絶対離さないから……」


 俺を死なせないで、遊ぶこともできるんじゃないかなぁ。


「はぁ」


 どうやら彼女たちの決意は固いようだ。

 なんだかんだいって契約に同意したのは俺だし、身から出た錆ではあるのだが……。


「まぁこれも何かの縁さ。諦めたまえ。ははは」


 死なせ、死なされる縁があってたまるか。

 とはいえ、これ以上は思い悩んでもどうしようもないことだ。悔しいがルアネの言葉に従うことにしよう。


「……そうだな。わかった。その、なんていえばいいかわからないが、改めてよろしく頼む」


 すると三人は嬉しそうに顔を綻ばせ、


「こちらこそ」


 というのであった。


 ◇


「お買い上げありがとさん」


 武器屋のおやじの声を背に、店からでる。


「絶対、板金鎧プレートアーマーのほうがよかった」

「まだ言ってんのか。動きが悪くなるからなしだ」

「そうかなぁ。格好いいと思うんだけどね」

「戦いにカッコよさを求めるなよ」


 ルアネが残念そうな顔を浮かべる。

 俺とルアネの二人は、武器屋で装備を購入していた。


 クロベニとノワールはいない。別の用事をお願いしている。

 俺の魂を狙うためついてくるのであれば、働いてもらうことにした。

 飯のあと冒険者登録を行ったので、今では立派に俺たちのパーティーメンバーだ。


「格好の良さを求めてこその戦士だと思うんだけどね。その装備の何がいいんだか」


 ルアネが理解できないといったそぶりで、俺の装備を眺めた。

 俺が購入したのは、いくつもの鎖で編まれた鎖帷子チェーンメイルだ。

 細かく編まれて作られており、かなり質のいいものを買ったのだが、ルアネはお気に召さないようだ。


「いささか地味じゃあないか」


 どうやら見た目が嫌なようだ。


「仕方ないだろ。鎧は邪魔だしさ」


 俺の場合、ルアネの力で攻撃を視きれるのだから、戦闘において使わない手はない。理想は攻撃を避け続けて戦うのが一番だ。

 そうなると防御力より機動力が重要になるわけで。


「そうだとしても……もう少し装飾があってもよかったんじゃあないか。もっと腕に鎖を巻き付けるとかさ。お金もあるというのに」

「その熱意はどこからくんだよ。あのな、お金はあったとしても貯めとくもんなんだ。万が一に備えてな。それともなんだ? レモネード飲めなくなっても」

「それは駄目! 節約って大切よね!」


 食いつき気味にルアネが手のひらを反す。

 まぁレモネードが飲めなくなることなんて、今後ありえない気がするけどな。

 そう思いながら、ちらりと腰に下げた袋を確認する。中には金貨が大量に入っている。ガイルを捕まえたことで得た懸賞金だ。


 ルアネから得た力もあり、あっけなく倒せたガイルだが、かなり悪事を働いていたようで多額の懸賞金が懸けられていたようだ。

 おかげで、金銭の問題は一気に解消した。レモネードさえ飲めなかったあの頃は、すでに昔だ。

 今では元パーティーに奪われた防具の代わりを簡単に買えるぐらいの金貨がある。

 というわけでクロベニとノワールの報告を待っている間に、装備を新調していたのだ。


「ゴホン、それで装備も整えて、どうするんだい? 何かクエストでも受けに行くのかい?」

「あー、それは他の二人の結果次第だな」


 ◇


 日が暮れたころ、俺たち四人は今日の朝から昼にかけて泊っていた宿に戻ってきていた。


「検死の結果ですが、あの方の死因は潮臓病ちょうぞうびょうでした」


 ノワールがスコーと気が抜けるようなマスクの呼吸音を響かせながら、淡々と事実を述べた。


「そうか……」


 それは俺にとって悪い知らせだった。

 ノワールにはガイルの検死をお願いしていたのだ。


 今日の朝、目が覚めたカリオトさんから聞いたのは二つの話だった。

 一つはガイルの懸賞金の件、もう一つがガイルの獄中死だ。

 なんと俺が捕まえたガイルはその後、急死したのだという。


 あんなに元気だったガイルが突然死ぬ?

 ……流石にタイミングがおかしい。


 そしてその疑惑は、ノワールが教えてくれた潮臓病ちょうぞうびょうの特徴を聞いたことでより強まった。

 その特徴とは……。


「じゃあガイルもということか」

「えぇ。そう考えられます」


 昼飯の際、ノワールが注文したトマトスープに入っていた魚。

 潮臓病ちょうぞうびょうだという。

 つまりこの病最大の特徴は『』なのだ。


 とはいえ念のため、ノワールに透明になってもらい死体安置所に侵入してもらい、本当に潮臓病で死んだのかガイルの遺体を診てもらったのだが……。

 その結果は疑惑を確信へと変えるものだった。

 彼は何者かに殺されたと考えていいだろう。多分、口封じのためだ。


 っとそういえば……。


「一応確認だが、他の人はあの魚を食べてないのか?」

「というと?」

「いや、ギルドの酒場で頼んだんだろ? なら他の奴の料理にも入ってたら大変なんじゃないか」


 もしそうなら、街中を急いで回り、病人の手当てをしなければならない。

 だが杞憂のようだ。


「あぁそれなら心配ご無用です。キエルさんに食べさせたのは、自分が作ったものなので」

「……作った?」

「えぇ。自分は病を作れますからね。それで試してみたのです」

「…………試した?」

「えぇ。キエルさんが病気にならないかなぁと。結局ルアネの力のせいで罹りませんでしたが」


 ハチャメチャすぎる。

 軽い実験みたいなノリで、俺の身体を試すんじゃねぇ。


「ともかく、これで以上です。他に何か確認しておきたいことはありますか?」

「いや特にない。ありがとう。とても助かったよ」

「そうですか。それは何よりです。まぁ透明になって遺体を診るなんて大したことではありませんが」


 人間だと凄いことなんだけどな。


「それにしても、おかしいことです。普通出荷されることのない魚が出回っているなんて」


 ノワールが首をかしげ、不思議そうにする。

 病死の死神だからだろうか。意外と疎いのかもしれない、人間が持つ悪意というものに。


「それはねー。きっとあの女が狙われてるんだよー!」


 逆に呪死の死神であるクロベニは、それこそたくさん見てきたのだろう。すべてお見通しという雰囲気だ。

 彼女はニコニコしながら、ノワールの疑問に的確に答えた。


「そうなのですか?」

「そうだよー! そうじゃなきゃ、こんなに呪いを溜め込むなんてないよー!」


 ニヘヘーと笑いながら、自慢するように何かを掲げた。


「それは……」


 クロベニの手に収まっているなにかは、尋常じゃないほどの黒いもやを吐き出していた。その勢いは彼女の半身を隠してしまうほどだった。


「あー! ちょっと待ってねー! えいっ」


 クロベニがそう声をかけると、もやはサッと消える。

 すると手元には小さなハエを模ったバッジがあった。


「これはなんだ?」


 先ほどのもやの量から考えるに、良くないものだというのはわかるが


「これがねー! あの女に呪いをかけてた道具だよー! お兄ちゃんに言われた狭い部屋を探したら、隠してあったよー!」


 クロベニにもやはり透明になってもらい、副ギルド長室、つまりはカリオトさんの部屋を探してもらっていたのだ。

 その成果はあったようだ、残念なことに。


「ほほう。これが呪いの源ねぇ」


 ルアネが物珍し気に見る。


「これに呪いが送られてくるの! それで近くにいる人に呪いがかかるんだー!」


 そうこう言っているうちに、またバッジからはもやがにじみ始めた。


「じゃあまだもやが出てるってことは……」

「お兄ちゃん鋭いね! このままだと、あの女はまた呪われてるよー!」


 あっけからんとクロベニは言う。


「はぁ。なんてこった」


 思わず天を仰ぐ。

 ガイルとカリオトさんのほぼ同時期の奇病、潮臓病ちょうぞうびょうの発症。

 いまだに呪いを起こす呪具が、カリオトさんの部屋にあったという事実。

 そして口封じともいえるガイルの病死。

 ガイルの襲撃も、きっと偶然ではないのだろう。


「そういうことか。なるほどなるほど。彼女は誰かに殺されそうになっているんだねぇ」


 納得したようにルアネがつぶやく。

 そしてそんなことがカリオトさんにできるのは……。


「そうだ。しかも最悪なことにカリオトさんを殺そうとしている奴は……冒険者ギルド職員の誰かだ」

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