死神の思し召し!~役立たずだと追放された。死を視て罠を解除していたのに……。今さら戻って来いといわれても、もう遅い。可愛い死神たちに好かれてそれどころじゃねぇ!
1-28 煙燻るダンジョンにて【ザフール一行(3)】
1-28 煙燻るダンジョンにて【ザフール一行(3)】
ダンジョンを【灯の魔法】の心細い光が照らす。
そよ風が吹けば消えてしまいそうな明かりは、
彼らとは言うまでもない。ザフール一行だ。
モンスターが嫌う
あわやモンスターの群れに殺されそうだった彼らは、懸命に戦った末に命からがらこの空間へ逃げ込めたのだ。だが支払った代償は大きく、酷いありさまだった。
「…………」
魔法使いのマギシアは、ふらふらになりながらも【灯の魔法】をかけ続けている。……これが生命線だということをわかっているのだ。だが限界ももう近い。怪我はないが、血の巡りが悪いせいだろうか、顔には陰りが見えた。
そんな彼女は眼をつむったまま、微動だにしない。
少しでも魔力が回復するようにか、あるいは何かを迷っているのか険しい表情を浮かべていた。
「《寛大な大地の神よ。矮小な我らに、奇跡をくれたもう》」
僧侶のポペは、今日で何回目かになる祈祷術、
祈祷術は神へ自分の意志を届け、奇跡を請い願う簡易儀式だ。
何度も連続で使うと、魂が摩耗する。最悪の場合、精神が壊れることも考えられた。
「《寛大な大地の神よ。矮小な我らに、奇跡をくれたもう》」
だがポペは唱え続けた。それはトルエンの命を助けるためだ。
「うぅ……いてぇ。いてぇよぉ」
トルエンが左手で右肩を抑えながら、泣き言を吐く。
彼の右肩から先はなかった。
モンスターの群れから逃げる際、彼は――彼以外の誰かかもしれないが、今となってはわからない――、罠を踏んだ。
凶悪な罠だった。天井からギロチンが落ちてきたのだ。
それは容赦なく、トルエンの右腕を奪っていった。
ポペが
彼の尽力のおかげで、トルエンの傷口は塞がり、失われた血もどうにかなった。
だがそれだけだ。
いくら神の奇跡だろうが、失われた身体は取り戻せない。
それはトルエンが戦士として、二度と戦えないことを意味していた。
「すいませんこれ以上は……」
「そんな……俺の腕は…………」
「……すみません」
失意に沈む二人。その隣でじっと目をつぶったままのマギシア。
そんな彼らを見つつ、安全地帯かどうかの確認を終えたリーダーのザフールは現状を分析する。
階層は不明……モンスターの群れに襲われながら、ともかく逃げつづけたのだ。自分たちの居場所がわかるはずがなかった。……予想するなら、5階、あるいは6階ぐらいだろうか。
1階から3階までは、モンスターを根絶やしにしながら降りてきた。またモンスターが徘徊するまでには時間がかかる。
つまり2階、あるいは3階ぐらいを上がりきれば生き残れる可能性はあるのだ。
だがそれはあまりにも遠い道のりだった。
物資がない。装備がない。体力もない。
ここで休めば体力は回復するかもしれないが、今度は時間がない。
ゆっくりしすぎては、1階から3階をモンスターが徘徊し始めてしまう。
今すぐにでもここを出て、地上部分を目指す必要があるのだが……。
ザフールは計算をする、ここから無事外を出られる可能性を。
しかし何度考えても、どれだけ甘い見積もりをしても、あるいは非情な決断を下したとしても無駄だった。
けれど諦めきれず、もう一度、計算しなおそうとして……。
「キエルがいればこんなことには……」
ポペの発言で、思考がかき乱される。
普段のザフールであれば、気にしないかっただろう。
「……ポペ、お前、今なんつった」
しかし今の彼に、そんな余裕はなかった。
一瞬しまったとポペが顔をしかめる。
だがすでに出てしまった言葉が返ってくることはない。
苦虫を食い潰したような顔をしながら、話始める。
「キエルがいれば、罠なんてかからなかったでしょう」
「っつ!」
ザフールの頭の中で何かが切れた音がした。
乱暴にポペの胸ぐらをつかむ。
ポペがむせる。
「…………ポペ、お前、今、なんていった」
「な、なぁザフール、そこまでに」
「黙ってろ」
改めて、同じ質問をするザフール。
見かねてトルエンが抑えようとするが、一蹴される。
そしてそこまでされて黙っていられるほど、ポペも気弱ではなかった。
「何度だって言ってやりますよ! キエルがいれば問題なかったんですよ! 追い出したのは間違いでした!」
「なにを他人事のように! お前だって、追い出すことには賛成だったろうが!」
一度ついた口論の火はとどまることを知らない。
「ええ! そうですとも! でもそのざまがこれじゃないですか! なんです? 反省もできないんですか!? あなたは! はっ! 呆れましたね!」
「殺されたいのか!」
ザフールはポペを投げ捨てると、首元に剣を突き付ける。
それはいくら何でも過激で、言い争いの域を越してしまっていた。
何かが崩れる感覚がメンバーたちの胸にあった。
ポペが血の気を引きながらも、言い返す。その表情には
「こ、殺したければ、殺したらどうですか。どうせこのダンジョンで死ぬんだ。変わらないですよ」
「お前!」
ザフールが怒りをむき出しにし、取り返しのつかないことを起こそうとした、そのとき。
「やめなさい! 今そんなくだらない話をしている暇はないでしょ!」
それまで黙って話を聞いていただけの、マギシアが口をはさむ。
いつも以上に激しく、鬼気迫る勢いだった。
三人は押し黙る。
マギシアの言うことは正しい。
今いない人間について話す余裕などない。
だが、だからと言って、健全的な話し合いができるとも思えなかった。
ここから抜け出す方法なんて、万が一にもないのだから。
……何かイレギュラーなことが起こらない限りは。
「………………しょうがないわね」
長い沈黙の後、マギシアは覚悟を決めた表情を浮かべる。
三人にずんずんと近寄ると、彼らの手を取る。
目を閉じながら、告げる。
「貴方たちの魔力貰うわよ」
すると他の三人は、言葉にできないが
「……ほんのわずかね。まぁでもこれで、使えそうだわ」
「何をする気ですか」
「いいから黙ってなさい。それと一度、灯を消すわよ」
そういうやいなや、【灯の魔法】がフッと消え、あたり一面が薄暗闇に包まれる。
その中でマギシアは、口にしてはいけないと言われていた
「【ゴイサノ リコノビ ソコ シゲハク ルエモ】」
唱え終わった途端、周囲が明るくなる。
【灯の魔法】など比ではない、より荒々しく、力強い炎。
そんな炎球が何個もマギシアの周囲を、ぐるぐると廻っていた。
「おめぇ……」
「マギシアさん? 何をしているんですか。こんな力あるなんて聞いたことないですよ!?」
トルエンとポペが目を剥く。
彼らの驚きようから、この術が隠されていた術ということはわかった。
「そりゃあそうよ。
マギシアが汗まみれになりながら、弱弱しく笑う。
彼女の身体から膨大な魔力が、とめどなく溢れる。
これだけの凄まじい力があれば、先ほどのモンスターの群れさえ倒せるだろう。
だが、彼女の顔には死相が浮かび、肩は恐怖で震えていた。
ただ事ではない。
「マギシア……お前、何を」
「10年の魔力と、10年の寿命」
ザフールの問いをマギシアが遮る。
「
震える声で、ただし気丈にマギシアはそう言った。
それは間違えなく、禁忌の力だった。
◇
「いい? これが最後のチャンスなの。トルエンとポペは死ぬ気でついてきなさい。はぐれたら、潔く死んでもらうわ」
マギシアが念を押す。普段であれば冷酷ともいえる言葉、だが二人は素直に頷く。悠長なことを言っている暇はないのだ。
「ザフールは私のことを死んででも守りなさい。……これが私たちの最後のクエストね。今まで楽しかったわ」
「……すまん。わかった」
ザフールは一言、そう告げ、立ち上がりながら指示を出す。
「ここに置いていけるものは、置いていけ。死んだら元も子もない」
そこからの行動は早かった。
準備が整い、ザフール一行は歩を進め始める。
黙々と……ではない、ぼそりぼそりと恨みつらみを呟くものが一人。
「ぐす……なんでよぉ。なんで私がこんな目に合わなければいけないのぉ」
マギシアがさめざめと泣いていた。
10年間の魔力の枯渇と、10年の寿命。
合計20年の代償はあまりにも重い。
魔法使いとしての
それを失うのだ。どうして泣かずにいられるか。
他の三人はその怨嗟の声を聴く。あるものは自分と重ね合わせ絶望し、あるものは慰める言葉もなく絶句し、あるものは……。
だが誰も彼女を止める者はいなかった。地上の光を再び拝むために、必要な、避けられない犠牲だった。
マギシア本人もわかっている。
死んではならない、生きねばならない。
だから自身の栄光を、未来を、才能を火にくべる。
涙は止まらなかった。
それは頬を伝い、そして彼女から発せられる熱で蒸発し、煙になっていく。
ダンジョンに煙が
そんな中、彼らは地上を目指し、ただただ駆けるのだった。
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