1-27 朝日射す修道院にて【カリオト視点】

「それじゃあカリオトさん。また今度来ますね」


 立ち去るキエルをベッドの上からカリオトは見送り、しばらく放心する。

 昨日はとてもつらい一日だった。


 お昼ごろからだろうか。身体の節々に痛みと、怠さを感じたのは。

 ギルド内でに我慢して働いていたが、ついには倒れてしまった。

 だったが、今は嘘みたいになくなっている。


(これも神様のおかげでしょうかぁ。……なんて、まさかねぇ)


 冒険者だった頃から神を信じない人間だったが、そろそろ考えを改めたほうがいいかもしれない。

 そんなことを思うカリオトの元に来訪者があった。


「副ギルド長、体調がよくなったようで何よりです」


 カリオトが手塩にかけて育てたギルド職員だ。厚い信頼を置いている。


「おかげさまでぇ。よくなりましたぁ」

「……安静にする必要はありますからね」

「そんなこと言ってられないですよぉ」


 ベッドから降りようとするカリオトさんを、職員が手で制す。


「そんな無理をなさらないでください。ギルド長からも昨日の事件のことは私たちに任せて、せめて今日だけでも休まれるようにと伝言をいただいているので」

「…………そうですかぁ。ならそうしますぅ」

「ええ、それがよろしいかと。そういえば、ギルド長が滋養強壮のためにとこんなお土産を持たせてくれましたよ。海の幸、山の幸と至れり尽くせりです」


 嬉しそうに職員が手土産をカリオトに見せる。

 果物をはじめとして、乳製品や、砂糖菓子、それに魚の練り物などが籠にたんまりと盛られていた。いずれもカリオトが仕事中にも食べるような好物ばかりだった。


「うわぁ! 嬉しいですぅ!」


 カリオトは破願する。だが手に取ろうとはしない。いつもの彼女なら、すぐに身を乗り出そうなものだが……。


「食べないのですか?」


 職員も不思議に思ったようだ。いぶかしげに尋ねると、彼女は困ったような表情を浮かべる。


「そのぉ。まだ食欲がなくてですねぇ」

「ほら、やっぱりまだ安静にしていたほうがいいですって」

「むむむ……」

「とりあえず果物だけは切っときますね。皮は消化に悪いですし」


 そういいつつ、ギルド職員は果物を剥き始めた。

 シャリシャリ。

 皮を剥く音が、修道院にこだまする。


「それでぇ……ガイルの死因は判明しましたかぁ?」


 そんな中、先に仕事の話――昨日起きた大事件の件――を切りだしたのはカリオトだった。


「はぁ。せめて果物を切り終わってからにしませんか。……確定はしていません」


 職員はため息をつきつつ説得しようとするが、カリオトのまっすぐな視線を受けて諦めた。こういう目つきをしているときの彼女が、最後まで諦めないのは長い付き合いで分かっていた。


「そうですかぁ……」

「病気の可能性が高い……ぐらいですね、分かったのは。かなりの痛みがあったらしく、狂ったように叫び暴れて死んだとのことでした」


 二日前、キエルが捕らえた【堕落者】ガイルは、昨日の朝に牢の中で急死した。

 取り調べ前だったため、ギルド職員たちを狙って殺した意図は聞き出せていない。


「ふー。真相は闇の中ですかぁ……」

「ですね」


 とても残念そうに、カリオトはそうつぶやく。

 ガイルに多くの職員、しかもなんでかカリオトと仲の親しかった者ばかりが殺されたのだ。落ち込まないはずがない。

 暗い雰囲気が流れる。話題を変えたほうがいいと思ったのか、職員が話を振る。


「そういえば、ガイルの賞金の件はキエルさんには伝えたのですか?」

「えぇ。かなり驚いてましたぁ。絵にしたいぐらいでしたよぉ」


 途端にカリオトはニコニコしながら、話に食いつく。


 ガイルはこれまでにも多くの犯罪を起こしており、その度に懸賞金が跳ね上がっていた。

 そんな彼をキエルが捕まえたのだから、その賞金が渡されるのは当然のことだ。

 ただ本人は全く思いもしていなかったのだろう。驚きで、眼が飛び出そうな顔をしていた。

 いまだに思い出して面白いのだろう。カリオトの口元からくすくすと笑い声が漏れる。


「副ギルド長がそこまで笑うなら、僕も見たかったなぁ。……でもそりゃああんな大金が舞い込んできたら、驚きますよね。1年ぐらいは遊んで暮らせますもんね」


 かなりの大金が懸けられていたのだ、ガイルには。


「それにしてもキエルさんって、そこまで強かったでしたっけ? いや確かにAランクの冒険者でしたけど……。だってガイルって確か、元ソロ専門のBランク冒険者でしたよね?」


 不思議そうな顔を浮かべる職員。だが彼の疑問は当然だった。


 ソロ専門の冒険者は、パーティーの冒険者と比べて一つ低いランクを設定される。それは協調性の問題、あるいは単独で行動することの危険性を喚起する意図があった。

 冒険者は基本的にはパーティーを組むため、知ることのないギルドのルールだ。

 つまりガイルはBランクとは言われているものの、実質的な力はAランク相応ということになる。

 無論、キエルもAランク冒険者、ランクとしては同じ……だが。


「半面、キエルさんはAランクといっても、サポート職じゃないですか。本人も戦闘はからきしと言っていましたし」


 そうキエルはサポート職のはず。いくらAランクといえど、戦闘力はないに等しい。

 そんな彼がガイルを倒し、捕まえることができたのは確かにおかしいことだった。普通であれば、色々と勘繰ってしまうところだろう。


「まぁでもキエルさんですからぁ」

「それは……そうですね」


 けれど、カリオトと職員はその言葉だけで納得する。

 それはこれまでのキエルの貢献ぶりを知っているからだ。


 キエル本人は知らないことだが、ギルド内における彼の評価はとても高い。それは彼が冒険者としての仕事だけでなく、幾度いくどもギルドへの助力をしてくれているからだ。


 例えば冒険者が持ち帰ったはいいものの、開けられなかった宝箱。

 ギルドとしては買い取るが、そんなものギルド職員が開けられるわけがない。

 冒険者に頼めば開けられるのかもしれないが、彼らには開けるメリットがない、宝箱の中身はギルドの物になるのだから。

 だがキエルは暇があれば、いつでも必ず開けてくれた。しかも無償でだ。


 他にも新人の冒険者に研修をしてくれることもあったし、新人が通いつめるダンジョンに罠がないか確認してくれることもあった。

 ここだけの話、キエルの活躍があったから、カリオトの冒険者への防具貸し出しサービスなどは立ち上げることができたのだ。


 ダンジョンの罠の解除だってほとんど失敗したことがない。そしてそのうえで普通は壊れてしまう罠のパーツを持ち帰ってくれるのだ。並外れた技量があるからできることなのは明らかだった。


 本人はいつも「大したことじゃない」などと謙遜けんそんするが、そんなことは決してない。彼のありがたさを、戦闘能力では測れない力量を、ギルドの職員のほとんどが知っていた。


 そしてそんなキエルだから、カリオトはあの夜の護衛の申し出を受け入れたのだ。


 確かに怪力はなく、随一ずいいちの冒険者ではない。

 確かに魔法は使えず、至高しこうの冒険者ではない。

 確かに祈祷術は願えず、珠玉しゅぎょくの冒険者ではない。

 だがの冒険者は間違えなくキエルなのだ、少なくともカリオトの中では。


 そして彼は、見事なまでにガイルからカリオトを守りきってくれたのだ。

 聞けば、すでにパーティーも自分で立ち上げたらしい。これからの活躍に期待ができる。

 もっとも、その事実はカリオトとしては面白くないのだが。


(こんなに早くパーティーが見つかるなんてぇ……。後回しにせず、さっさとスカウトすればよかったですぅ)


 パーティーから追い出されたと聞いた時、カリオトは彼をギルドの実働部隊にスカウトしようと思ったのだ。

 ガイルの件が落ち着いてから、そう思ったのが裏目に出てしまった。


(まぁいいですぅ。またの機会にすることにしますぅ。今後は会える回数も多くなりそうですしぃ)


 カリオトはニマニマする。

 これまでと違いキエルがリーダーなら、彼女と会う日にちも調整してくれるだろうと考えていた。

 会えれば、いつかはよいタイミングもあるだろう。


 何だったら、この無駄についた胸でも使って誘惑してみようか。

 自分の乳が、それなりに、いやかなり大きいことは自覚している。

 男のやましい視線など、これまで何度感じてきたことか。

 カリオトだって馬鹿ではない。気がつかないわけではなかった。

 気にしないタイプではあるが、かといって別に見られたいわけではない。

 ないのだが――。


「でも、キエルさんになら見てもらっていいかもぉ……なんてぇ」

「何か言いました副ギルド長?」


 えへへと笑うカリオトに、幸いにして聞きそびれたのか職員が聞き返してくる。


「な、なんでもないですぅ!」


 カリオトは顔を真っ赤にさせ、ごまかすのだった。

 修道院に優しい光が差し込む。

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