1-19 ノワールとクロベニ
「驚きました。まさか自分たちを視られる方がいらっしゃるとは」
「ねー、びっくりだー。しかも動揺もないなんて!」
マスクの女性の冷静な声と、女の子の明るい声が、夜の修道院にこだまする。
だが誰にもその声を聴かれることはない。
なぜなら彼女たちは死神だからだ。
「ふふ、それはだね。私がいるからさ!」
女の子の疑問に、ルアネが答える。
なぜかドヤ顔だ。
確かに
「貴女も視られる……いえ、違いますね。同じ死神の方ですか」
「ホントだー! 死神なのに、人のふりしてるー。変なのー」
「ふふん、そうだろう。そうだろう。どれ、私も久々にいつもの状態に戻るか」
どうやら人に成りすましていても、他の死神にはバレるようだ。
ルアネの存在が一瞬揺らぐ、俺にしか視えない状態になったのだろう。
ちなみにルアネよ。変だと言われるのは、決して誉め言葉ではないぞ。
……なんだか、心なしかいつもよりテンションが高いような?
「ふふ、君たち。光栄に思いたまえ! 私の名を聞けるのだからね!」
あー、そういうこと。
なんとなく察する。
ルアネがいる一族は、死神の世界ではそれなりに高位だったはずだ。
つまりこいつ、自分の家の名前を出して、この二人に敬われたいらしい。
何というか……うん。
自信満々にルアネは自分の名前を告げる。
「私の名はルアネ・シュバルツ! 栄光あるシュバルツ家の一人さ!」
ほら、平伏しろ。
そんな言葉が聞こえてきそうなくらいの勢いがあった。
だが――。
「…………さようですか」
「へぇー。初めて聞いたー! 家名があるのー? 凄いね!」
なんか二人のリアクションが薄い。
大したことないな。やっぱり没落貴族なのか。
だがルアネの様子を見る限り違うらしい。
彼女はプルプルと肩を震わせていた。
「な、な、なんて失礼な奴らだ! シュバルツ家だぞ! そんな平然としていられるのが理解できない!」
さっきまでの余裕はどこへやら。
ルアネは家の凄さを主張し始めた。
うわぁ。大人げない。
さっきから抱いていた思いが、より増す。
「疑わしいのですが……まぁシュバルツ家を騙る輩などおりませんか」
ぼそぼそとマスクの女性がつぶやくと、かしずく。
「名乗りが遅れまして、大変申し訳ございません。自分はノワールと申します。以後お見知りおきを」
ノワールが礼節のある自己紹介をする。不気味なマスクを着けたままなものだから、ちぐはぐ感が凄い。
「あ、じゃああたしも! あたしはクロベニ。シュバルツ家とか聞いたことなかったから、さっきはごめんねー。よろしくね!」
ノワールに続いて、クロベニは元気いっぱいに自己紹介をしてくれた。
というかシュバルツ家を知らないようだ。
大したことがない一族なのか、あるいはクロベニが見た目相応に幼く、知識が少ないのかもしれない。
まぁ後で聞いてみるか。
流れ的に、次は俺だ。
「俺の名前はキエルだ。この街で冒険者をしてる」
「へぇ! お兄ちゃんは冒険者なんだねー。その眼はマジックアイテムなのー?」
クロベニがぐいぐい近寄りながら、質問してくる。
死神と知らなければ、まさしく幼女そのものの動きだな。
「いや、生まれつきだ。こう……死に関するものが目に視えるんだ」
「それはなんとも珍しい体質ですね」
半面、ノワールのほうは淡々としている。
見た目のインパクトが強いせいで勘違いをしていたようだ。
思っているよりもまともかもしれない。
「ぜひ、眼を摘出しましょう」
「……は?」
ん?
なんか理解しがたいことを言われた気がする。
ノワールなりの冗談なのだろうか。
だが本気らしい。
気がつくと俺の眼の前にいた彼女が、パシっと手を握ってくる。
ひょろりとしたその身体のどこから、力が出ているのだろうか。
全く振りほどけない。
ノワールはスコスコとマスクの呼吸音を鳴らしながら、話始める。
「キエルさん。貴方は貴重なサンプルなのです。そのメカニズムは解明する必要があるでしょう。貴方もそう思いますよね。えぇえぇ、回答はいりませんとも。冒険者でしたよね。それなら未知の探求を信条とされていらっしゃるのでしょう。でしたら、医学の世界に新たな光をもたらしていただけますよね。さぁ!」
やべぇ奴だった。
ハチャメチャな内容を、べらべらと話してくるんだが。
マスクを近寄らせるな。普通に怖いわ。
だが手はギュッと握られたままだ。振りほどける気配はしない。
どうすればいいんだよ……。
「ノワールお姉ちゃんうるさい! 静かにしてよー!」
困った俺を助けてくれたのは、意外にもクロベニだった。
パシっとノワールの頭を叩く。
「キャン! ……失礼いたしました。人体のことになるとどうしても、興奮してしまいまして」
どうやらノワールは正気に戻ったようだ。手も放してくれる。
理由はともあれクロベニには感謝しなくちゃな。
というか…………。
「なんでルアネはそっぽ向いてるんだ」
俺が追い詰められていたというのに、ルアネは何してんだ。
助けろよ。一応パーティー仲間じゃねぇか。
当の本人はそっぽを向いて、ぶつくさと小声で何か言っている。
「……んで」
「あ?」
「なんでキエルなんかが、私より注目されてるのよー!」
「えぇ……」
こいつ……。
二人の死神から尊敬されることもなく、むしろ俺に興味が移っているのが面白くないらしい。
端的にいうと拗ねていた。
「ねぇノワールお姉ちゃん。なんであの人は怒ってるのー?」
「クロベニ。ああいう人は見てはなりませんよ」
完全に不審者を前にした時の反応じゃねぇか。
「あの人じゃない。ルアネと呼びたまえ!」
「落ち着けって。なぁそれはそうと、二人がここにいる理由は、そこの女性の魂を回収するためなのか?」
なだめながらも、本題に入る。
俺がカリオトさんを指さしながら尋ねると、二人ともびっくりしたような顔を浮かべる。どうやら当たりらしい。
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