1-18 祈りの果てに、来たりし者は

「どうなんですか」

「それが全く、原因がわからずでして……」

「そんな……」


 あの後すぐにギルド職員を呼び出し、カリオトさんを病人受け入れをしてくれる修道院まで運んだのだ。

 この街で一番医学に詳しいという修道士に診てもらったのだが、結果は芳しくなかった。


「祈祷術じゃ治らないんですか?」

「原因がわからないことには、祈祷術で回復をかけようにも……」


 一緒についてきてもらったギルド職員の問いに、修道士が申し訳なさそうに答える。

 僧侶や、神官が扱う祈祷術による癒しの奇跡は、外傷には凄まじく効く。

 だが病気には効果が薄く。そればかりか、悪化することもあった。


「まぁそんなに気を詰めすぎないで。ただ熱が出ているだけです。聞いた話だと、この頃不眠不休で働かれていたとか。恐らく過労の疲れかと思われますので、寝てれば治りますよ」


 慰めてくれる修道士に対しては申し訳ないが、その考えは間違っていると思う。

 ただ疲れで倒れただけの人がこんなに黒いもやをまとうわけがない。

 だがそれを説明する方法がわからない。


「……はい」


 仕方がないので、そう返事をするしかない。


「何度も言いますが、落ち込まないで。大丈夫です。きっと治ります。さぁ神に祈りましょう。祈りが通ずれば、きっとよくなります」


 そういいつつ、修道士が偶像に祈りを捧げる。


「ふむ……そうなのか」


 付き添いできたルアネが、素直に祈り始める。

 馬鹿やめろ。お前が祈るとかシャレにならん。

 死神だろうが。


 ◇


 その後、ギルド職員たちは業務に戻らなければならないということで、立ち去って行った。

 俺ももう帰っていいと言われたのだが断り、付きっ切りで看病をしていた。

 もっとも、できることなど何もないのだが。

 気がつけば夜になっていた。


「……なぁ。昨日カリオトさんが死ぬ運命はなくなったって言ってたよな」


 周囲に聞いてる人間がいないことを確認してから、話を始める。


「そうだね」

「ならなんで、死にかけてんだ」


 何かが起きているのだ。

 だがルアネの答えは要領を得ない。


「さぁ」

「さぁ……って」

「分からないものは仕方がないだろう」

「少しでも何かわかることはないのか」


 しつこく聞いてしまう。

 ルアネだけが唯一の頼み綱なのだ。


「ないものはないんだ。……その、なんだ。…………力になれなくて、ごめんなさい」


 だが本当に何も知らないようだ。

 か細い声でルアネが謝ってくる。


「……そうか。いいんだ。俺こそ何度も聞いて悪かった」


 何度もわからないことを聞かれるのは決していい気分ではないだろう。

 焦ってたにしても、良くない尋ね方だった。

 謝る。

 その後、話が続くわけもなく修道院はシンと静かになる。


「ゲホ……」


 そんな中、弱弱しい咳が響く。


「カリオトさん!」


 カリオトさんが目を覚ましたようだ。

 近くに寄る。


「キエル……さん?」

「大丈夫ですか?」

「あぁ……倒れちゃったんですねぇ。申し訳ないですぅ」


 身体を起こそうとしたので、慌てて止める。

 何をしてるんだ、この人は!


「無理しないでください!」


 思わず怒鳴ってしまった。

 なのに、カリオトさんはにっこりと微笑み。


「ふふ、キエルさんは優しいですねぇ」


 そんなことを言う。

 これじゃあどっちが付き添っているかわからない。


「おや、貴方は?」


 俺の後ろに立っているルアネに気がついたようだ。


「私はルアネ・シュバルツというものさ。今はキエルと一緒に冒険者をしている」


 ルアネが自己紹介をする。

 流石に、空気を読んだのか。死神ということはなかった。


「まぁ、そうなんですね」


 カリオトさんがまるで自分のことのように、嬉しそうに笑顔をほころばせる。


「キエルさん、良かったです。パーティー仲間が見つけられて。昨日はあまり言えなかったんですけど、心配だったんです」

「……お人よしですね」


 他人のことなんて構っていられる状況じゃないのに、そんなこと言わないでくださいよ。

 それじゃまるで、これから死んじゃう人のようじゃないですか。

 そんな最悪の想像ばかりしてしまう。勿論言えるわけがない。

 言ってしまったら、取り返しのつかないことが起きそうだった。

 これ以上話すのは怖かった。やめたかった。

 だというのに、カリオトさんは話を続ける。


「約束しましたもんね。


 昨日の落ち込んでいた俺を励ましてくれた時の約束だ。

 勿論、覚えている。

 あれが俺を立ち直らせる言葉だったのだから。


「そうですよ。だから、守ってくださいね。大丈夫ですよ。きっと元気になりますって」


 わざと明るく答える。

 そうしないといけない気がした。

 思いのほか元気な返事に驚いたのだろうか。カリオトさんは目を見張ると、再度微笑み。


「ふふ、そうですね。……ね」


 そういいつつ、眠りについた。

 さっきよりは若干穏やかそうに寝ているようだ。

 だが、依然として黒いもやは身体からにじみ出ている。


「その……キエル…………」


 珍しく、ルアネが言いあぐねている。

 落ち込んだ俺を慰めたいが、うまくいかない様子だった


「悪い……少し静かにしてくれないか」


 その気遣いはありがたかったが、胸がいっぱいで相手をする余裕はなかった。


 くそぉ。

 俺は悔しかった。

 何が強い身体だ。

 戦士になれる身体だ。

 少しでもいい気になっていた自分が情けない。

 何もできないじゃないか。

 助けたい人も救えない。

 俺は……無力だ。


 目頭が熱くなる。

 涙がこぼれないように無理やり上を向くと、たまたま神像が目に入る。

 無力に打ちひしがれながら、像の前にひざまずく。


「神様……どうか。カリオトさんを。彼女を助けてください」


 みっともない神頼み、そんなのは知っている。

 でももうそれぐらいしかできることがなかった。

 少しでも良くなるように一生懸命祈る。


「ねぇ、キエル?」


 なぜかルアネが耳元でささやく。

 今は祈祷中だ。

 少しかわいそうだが、無視する。


「なんで無視するの? ねぇってば」


 だがルアネはしつこく、声をかけてくる。

 俺はカリオトさんの回復を願って祈っているのだ。

 邪魔するなよ。


「怒ったの? 私のせいなの? だから……ぐすん…………なんで、相手にしてくれないのぉ……ひっぐ」

「だああああああ、泣くな! なんだよ」


 流石に泣かれちゃたまらない。豆腐メンタルがよ。

 いきなり騒いだことに驚いたのか、涙を引っ込めながらルアネがカリオトさんのベッドを指さす。


「その、


 その先には、異質な二人がカリオトさんを覗き込んでいた。

 片方は白衣を着たひょろりとした長身の女性だ。髪も白く、腰まで垂れていた。

 だが何よりも気になるのは顔だ。まるで鳥のくちばしを模したようなマスクをつけていた。そのため表情はうかがうことができない。スコー、スコーと呼吸音が鳴り響く。ひどく不気味だ。


 もう一人は、幼い女の子だ。こちらも目立つ。

 まず髪だがマスクの女性とは反するかのような黒だ。そして服装は東の国出身者が着る民族衣装。小柄なのも相まってまるで人形のようだ。


 街中で会ったならば、曲芸団と思うような出で立ちの二人。

 つまりそれは、病人が寝るこの場所にはひどく不釣り合いだった。


「お、お前ら何者だ!」


 上ずりながらも、声をかける。

 すると彼女たちはビクッとして、こちらを向く。

 なんでかわからないが、困惑している様子だ。


「……」

「…………」

「………………」

「……………………」


 しばらくの沈黙。

 とても気まずい……って


「もしかしてですが、貴方は自分たちのことが視えているのでしょうか?」

「あ、あぁ」


 鳥のマスクをつけた女性が、やけに丁寧な言葉遣いで尋ねてくる。

 無視するのも変だし、頷く。

 あれ? 


「すごーい! お兄ちゃん、どうして視えるのー?」


 ワイワイと騒ぐ女の子。

 こんな大声が聞こえたら、普通起きそうなものものだが、カリオトさんを始め周囲の病人は誰一人起きる気配がない。まるで聞こえていないかのよう……。

 もしかして……。


「そ、その、君たちは……死神なのか?」

「そうだよー! にへへー」

「さようでございます」


 俺の予想は当たっていた。悪い意味でだ。

 まじか。

 神頼みしたら、死神が来たんだが。

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