1-17 新たなる黒い靄

「クエストお疲れ様でした。こちら達成報酬になります。ご確認のほどよろしくお願いいたします。」

「ん、どうも」


 ギルド職員から、スケルトン討伐にしては少し多めの金を受け取る。

 ざっと中身を確認する、間違えはなさそうだ。

 とりあえず今日の寝床や、食事のための金はどうにかなるな。

 後はカリオトさんの無事さえ確認できればいいのだが……。


「知らなければいいんだが、カリオトさんが今何してるかわかるか?」

「あー、ちょうど今会議が終わって、少しだけ休まれていますよ」

「そうか」


 俺たちがクエストをこなしている間に、カリオトさんはめちゃくちゃ仕事に励んでいたようだ。

 夜までぎっちり予定があるという話だったのに、休憩する時間さえ作れるとは。


「でもこの後すぐ会議になるので、会うなら早めがよろしいかと」

「分かった。どこにいる」


 一目会うことができれば、問題ない。

 一瞬だけ巨にゅ……顔を見て、帰ることにしよう。


「最後に見たのは、副ギルド長の部屋ですね。場所はお分かりですか?」

「あぁ、何度か行ったことあるからな」

「さようでございますか。それでしたら、どうぞ」


 こういう時、変に怪しまれないのがAランク冒険者のいいところだ。

 礼を言い、まずはルアネの元に戻る。


「おかえり、いくら貰えたんだい。まぁたかがスケルトンだ。大した金じゃあないとは思うんだがね」


 そんなことを言ってはいるものの、目線は報酬の入った袋にくぎ付けだ。

 ホントにこいつ高位の一族なのか?

 それにしてはお金にがめつい気がするが……。

 会った時から無一文だったし。

 でも綺麗な字を書けたり、よく手入れされている金髪とかを考えると上流階級ではあるのか。

 実は没落貴族とかなのかもしれない。

 流石に聞くのは失礼だから、触れないでおくが。


「ほら、今日の俺たちの報酬だ」


 まぁそんなつまらない憶測よりも、今は報酬の山分けだ。冒険者なら誰しもが好きな瞬間。

 机に金をジャラジャラと出す。


「おぉ~」


 ルアネがにんまりと笑う。

 興奮しているのだろうか。

 ほんのわずかだが、黒いもやが漏れ出してる。

 害はなさそうだが、俺の視界が悪くなるから、控えてほしいところだ。


「おい、もやが出てるぞ」


 小声で注意すると、オッといけないといった様子でルアネが深呼吸をする。途端にもやが消えていく。

 一度冷静になったからだろうか、予想よりも金が多いことに気がついたようだ。


「その、気のせいだったらいいんだが、スケルトンの報酬にしては少しばかり金が多くはないかい? スケルトンというのは狩る価値のあるモンスターなのかい?」


 勿論そんなことはない。

 Eランクモンスターなのだ。大量に狩っても、報酬などたかが知れている。


「それな。罠外した時のフタを持ち帰った分の報酬も入ってるんだ」


 報酬が多いカラクリは、持ち帰った罠――フタの役割だった水晶もどき――をギルドに売り払ったからだ。


「あぁそういえば、バックに入れていたね。へぇ、罠を外しただけで、こんなにもらえるのかい」


 ルアネも思い出したようだ。感心したようにつぶやいた。


「あー、研究機関が買い取るとかでな。小銭稼ぎになるんだ」

「酔狂なことをする輩もいるもんだねえ」


 前のパーティーでも可能な限りは持ち帰って、資金のあてにしてたな。勿論、秘密でやってたけど。マギシアとかに貧乏くさいとか言われそうだったし。

 それにしても追い出されてからまだ二日しか経ってないのか。

 たった二日のはずなのに、すでに懐かしい。

 今の俺ならパーティーに戻してくれたりしないだろうか。

 会ってみたらお願いしてみようか。


 …………いや、よそう。

 あいつらプライド高いからなぁ。

 もう遅い。お前の追放は済んだことだ。とか言ってきそうだ。

 余計なことを考えてしまったからだろうか。

 追い出されたあの日のことを思い出し、少し気分が沈む。


「小銭稼ぎとは素晴らしい!」


 俺の気持ちとは裏腹に、ルアネの気分は上々のようだ。

 楽しそうに笑う。


「キエル。これなら二杯と言わず、何杯でもレモネードは飲めそうじゃあないか」

「……はは」

「む。何がおかしいんだい」

「いやなんでもない」


 それなりの金があるのに、レモネードにこだわり続けるルアネを見て、暗い気持ちは霧散した。

 くよくよしてても意味がないな。

 こいつみたいにある程度単純に生きたほうがよさそうだ。

 前のパーティーのことは終わった話。

 引きずらないほうがきっといい。


「急に笑って変な奴だね……まあいいさ。それよりも早く、レモネードを持ってきたまえよ」

「あー、それなんだが。先にカリオトさんとの用事を済ませていいか」

「え~」

「すぐ終わるから。なぁ頼むよ。この通り」


 ルアネが駄々をこねそうだったので、急いで頭を下げる。


「仕方がないなぁキエル君は」


 うん、ちょろいな!


 ◇


 がやがやとにぎわう一階を横切り、そのまま二階へと向かう。

 二階はギルド長室や、会議室ばかりで、冒険者にとって基本的には用がない部屋ばかりになっている。


 俺も二階に来るのはカリオトさんに用事がある際に訪れる副ギルド長室と、前のパーティーでギルド長から直接の依頼を受けた際に入ったギルド長室ぐらいだ。

 ギルド長室は凄かったな。色々なマジックアイテムが並べてあって、みんなしてうらやましいとか騒いでたっけか。


 そんなことを思いながら歩いていると、副ギルド長の部屋としては、やや……というよりかなり小さい部屋についた。

 一見すると物置かと思うぐらいの部屋だが、ここがカリオトさんの部屋なのだ。

 もう少し広くてもいいんじゃないかと思うが、まぁ本人がいいって言ってるし俺たちがとやかく言うのも野暮か。

 ドアをノックする。


「おかしいな。いつもなら、返事をしてくれるんだけどな」


 休憩中ということもあって、仮眠中なのだろうか。この頃寝てないとも言っていたし……。

 ドアノブに手をかけると、抵抗なく開く。

 カギはかかっていないようだ。


「まぁ様子だけ見るか」


 別にカリオトさんと話があるわけでもない。

 無事が確認できればいいのだ。

 寝顔を見るのは失礼かもしれないが、こっそり入って確認することにしよう。

 断じて乳や、あられもない姿が見られるかもしれないと期待しているわけではないからな。


「カリオトさん。入りま……」


 罪悪感をごまかすための断りの挨拶は、最後まで続かなかった。

 絶句してしまったからだ。


 部屋の真ん中で、カリオトさんが倒れていた。


「カリオトさん!」


 慌てて近づく。

 抱きかかえて、呼吸を確認する。


「ゼェ……ゴホッ…………」


 苦しそうではあるものの、息はしていた。

 死んではいないようだ。

 だが全く安心できない。

 なぜなら――。


「おやぁ。どうしてだろうね。


 後から部屋に入ってきたルアネが、理解ができない様子でつぶやく。

 そう、カリオトさんの身体には、黒いもやがまとわりついていた。

 ガイルに襲われて死ぬと予言された日と同じように。

 それが意味するところはただ一つ。

 カリオトさんは

 しかも黒いもやは昨日よりもより濃くなっていた。

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