第15話 荒ぶる霊たる汝を倒す

後に残ったのは、巨人のスプーンで抉り取られたかのように丸く空いた穴。

 何かが通り過ぎたような穴の空いた建物たちの向こう側で、竜狩りの矢を四指の先から放つ光線で受け止めながら、薬指だけをこちらに向ける竜の腕の姿だ。


 竜の指に光の粒が集まっていく。


「クリフ、捕まってろ!」


 放たれた第二射を、死に物狂いで躱す。


 剣を持った腕と腹の間を掠めるように飛んでいった赤黒い光線のような何か。

 それは俺の背後に着弾して膨張し、大爆発を引き起こした。


「ありゃやべーぞ、アーク!」


「分かってる!」


 威力もスピードも、命中精度もさっきまでとは桁違いだ。


「物体を消滅させるには、破壊とは比べ物にならないエネルギーがいる! あれをまともに食らったら、いくらお前でもおしまいだぞ!」


「対抗策は!」


「ともかく当たるんじゃねえ! 走り続けて狙いを定まらせるな! その間に、オレが奴の攻撃の正体を掴む! そうしなきゃ勝ち目はねぇ!」


「分かった!」


 必死にしがみつくクリフの話を聞いていたのか、いないのか。

 進路を塞ぐように、横から敵の砲撃魔法が複数飛んできた。細かい射撃も無数に飛んできて、放物線を描きながら俺たちの進路に着弾していく。


「また来たぞ!」


 空を裂くように飛んで来た光線を、スライディングで躱す。

 雪上を滑る身体の上ギリギリを飛んでいった狙いの正確さに鳥肌が立つが、次の瞬間血の気が引いた。


「きゃあっ!?」


 俺たちが最初にこの村に来た時、狙撃に使った岬。


 その先端が消滅し、スクルドとエメットが派手に吹き飛んだ。


「あの野郎! オレたちが一直線になる瞬間を狙ってやがったな!」


 クリフが怒号を上げる。


(やられた!)


 奴の狙いは最初から俺たちじゃない。竜狩りの弓を持つスクルドだ!


「アーク!」


 言われるまでもない。


 俺は剣を地面に突き刺した。


 剣を中心にぐりんと回転して、前へ進む力を遠心力へと反転させる。


 爪先の紙一重先を敵の光線が掠めていくのを感じながら、遠心力を活かして上へと跳躍。


 剣を引き抜きながら空中で回転して態勢を整え、屋根のへりを蹴り壊して加速し、最短最速でスクルドの元へ。


 背後でさっき蹴った家が光線に消されるのを感じながら、なりふり構わぬ全速力で空を駆ける。


 ーーガリア流奥義 月影


 蒼と灰色に染まった視界の中で、奴の光線が正確に追ってくる。


(追尾機能、いや違う。恐ろしく正確な偏差射撃!)


 俺の動きが読まれている。


 俺がスクルドの元へと走ることを本能で察して、俺とスクルドのどちらにも当たる軌道で光線を放ったのだ。


(くそっ、落ち着け。躱す……いや、逸らせるか?)


 回避は無理だ。


 全力で走っているのに、引き剥がせない。むしろ距離を詰められている。


 さらに、奴の光線は腕ほどの太さだが、着弾地点で大きく膨らんで爆発する。爆発の中にいたものは消滅し、範囲外にいたものも大ダメージを負うようだ。


 現に身体が残っている以上は直撃しなかったはずのスクルドたちも、大きなダメージを負っている。もう一発食らうのはまずい。


 俺の月影は直線移動しか出来ないから、自由落下するスクルドたちを捕まえるタイミングは自ずと限られてくる。


 この奥義を出すのは二度目とはいえ、それを完全に見抜かれていた。


 かといってスクルドを通り過ぎては、彼女は光線に飲まれて消滅する運命だ。


 自力で回避しようにも、彼女は既に重傷を負い、意識を失っている。


(俺が矢面に立つしかない。月影の全威力を使ってなんとか光線を逸らすしか……)


 必死に思考する間も無情にも時は流れる。


 みるみるうちに俺たちはスクルドに追いつき、それを追う死の光線も迫ってきていた。


 気を失った彼女の端正な顔が写る。


 大人びた風貌に反して、意外なほどあどけない顔で眠るように目を閉じる彼女を見て、迷いは完全に消え去った。


 かわりに覚悟が決まる。


 ーーグッッ!


 スクルドの目前まで一気に踏み込んだ利き足、それを軸足にして反転ターン。


(スクルドは任せるぞ、クリフ)


 作戦を伝えてる暇はないが、彼ならやってくれると信じ、俺は俺の仕事をする。


 ここまで走った距離を、回転によって斬撃の助走へと変える。


 斬撃だろうと銃撃だろうと、その威力は概ね質量×速度で決まる。

 つまり、出来るだけ重いものを、出来るだけ速くぶつければいい。

 遠心力や重力などの自然の力を味方につけて、威力が分散しないようにピンポイントでぶつければ、なおよしだ。


 そうすれば赤子の手に乗るような軽い豆だって、重たい櫓を木っ端微塵に破壊できる。


 なら、この世で最も速い物質である光の速度に近づいた状態で、見た目よりずっと重い大剣を振り回せば、俺にだって切れるはずだ。


 ドラゴンの一撃を!


「ダァッッ!」


 ーーガインッッ!!

 鉄を殴ったようなあり得ない異音が響いた。


 ギリギリと腕が鳴る。

 全身の筋肉と骨が悲鳴を上げ、血管が締め上げられて、血液が沸騰する。


 最適な角度、最高の速度、理想的な軌道での斬撃だった。

 これまでの人生で一番上手く剣を振れたかもしれない。

 なのに、光線とぶつかり合う剣が端から少しづつ砕けていく。


 俺が今まともに使える最強の奥義を使っても、斬るどころか、弾けもしない。


 これが竜の力。


 各地で知勇を誇った英雄豪傑を、人々の希望を虫からのように踏み潰してきた者の残滓。衰えてなお、他を圧する力。


 今の俺では拮抗が精一杯だ。それももうすぐ終わる。


(斬るのも弾くのも無理か……! だが、このまま逸らすくらいはやってやる……!)


 歯を食いしばる俺の前でみるみるうちに力を注がれ、膨張していく死の光線。近くで見ると、赤紫色の小さな粒が球体の中を群れをなして泳いでいるのが見えた。


「祖霊よ、我らに風の加護を!」


「アーク、ぶっ放すぞ! 力抜け!」


 だが、それらが俺たちを飲み込むよりずっと早く、俺のマントから頼もしい声がした。


(信じてたぞ、二人とも!)


 こいつらはこんなもんじゃない。何かやってくれると信じていた。


 咄嗟にそれに乗ると、強烈な爆風が俺たちの体を横へと吹き飛ばす。


 クリフが撃った空砲の反動と、スクルドに加護を与える存在が作り出した風のハンマーで殴られたのだと、飛ばされながら気付いた。


「すまん、助かった!」


「それはこっちの台詞だぜ、アーク!」


「以下右に同じ、ってね。こっちこそ、お礼を言わなきゃだわ」


 額から流した血で目を真っ赤にしながら凄絶に微笑むスクルドと、二本の指で小洒落た敬礼をするクリフ。

 クリフはともかく、スクルドの方は見た目が強すぎてあんまりお礼されている感じがしないな。


 さっきまで俺たちがいた空間が綺麗さっぱり何もなくなっていくのを見ながら、俺たちは風に乗って吹き飛ばされていく。

 竜の腕も光線に力を送るのをやめたばかりで、第二射をうつことはなく、一瞬の平和が戦場に訪れた。


 その隙を縫うように、スクルドは手袋で血を拭い、氷の中に小さな花が咲いたような笑みを浮かべた。


「ありがとう、アーク。おかげで助かったわ」


「どういたしまして、だ。しかし、あそこで俺たちをまとめて弾き飛ばすのは、並の奴には出来ない判断だった。感謝するのは俺だろう」


『鉄には鋼を、真心には真心を』


 それが俺たちの流儀だ。


 俺たちが死ぬかもしれないことは構わない。戦士はいつか死ぬものだ。


 無論、諦めるつもりはない。死ぬまで足掻き続ける。

 だが、真心込めて言ってくれた奴にはこちらも誠意を見せるべきだ。


 俺は胸の中の言葉をそのまま口に出した。


「天才と凡人を分けるのは、閃きだと聞く。この土壇場でやれるお前らは、やはり凄い奴だ。誇っていい」


 現に俺は気づかなかった。


 剣の世界は、いや、身体を使って戦う武術や競技の世界は全て、残酷なまでに運と才能の世界だ。


 並の者が一歩進むための時間で、才ある者は百も二百も進む。運良く指導者や戦場に恵まれれば、千も万も進む者もいるだろう。その者とて運が悪ければ、ラッキーショット一発で死ぬ。


 凡才の俺だって槍や馬術は一つ覚えるために剣の百倍はかかったし、魔術にいたってはまともに使うことを諦めるほどだ。


 一つの訓練、一つの実戦で、気付くことの質や量が全く違うのだ。

 一の努力で一進む者が、一の時間で万進む者を倒すには成長する前に倒すぐらいしかなく、それとて本物には通じない。今、俺たちが竜の腕を倒せないように。


 それが少し悔しいが、俺は不思議と晴れ晴れしていた。


 むしろ、これほど才ある仲間たちと共に戦えたことに、そしてそれでも倒せぬ強敵に感謝と敬意、誇りが湧いてくる。


 強大な神霊の宿った弓を使いながら、それに驕らず、剣士としても、とっさの判断力にも優れているスクルド。


 魔法使いと鍛治職人と狙撃手に参謀と、何でもござれの多才さを持ちながら、俺のサポートに徹してくれるクリフ。


 そしてそこらの農夫に腕だけ宿るという不完全すぎる身でありながら、こっちが弱点をこれでもかと突いているのに、まるで倒れる気配もなく、逆に俺たちを殺しきろうとする水竜。


「改めて思ったよ。俺は運が良い。師に恵まれ、家族に恵まれ、仲間に恵まれ、敵にまで恵まれている」


 俺はこんな凄い奴らに囲まれている。


 これで成長しなきゃ、嘘ってもんだ。


 今回は出来なかったが、必ず竜の技を破り、首を取って見せる。


 そしてあの竜はともかく、後の二人は何故か自己評価が低いので、これを機会にどんどん褒めていこう。俺が凄いと思った奴らが貶されるのは、たとえ本人であったも許さない。


 俺がそんな決意をしていると、仲間たちは意外なリアクションをした。

 腰に手を当て自分の手柄を誇って然るべき二人が、困ったような顔をして笑ったのである。


「馬鹿ね。あなたが来てくれて、時間を稼いでくれたから、わたしは生きてるのよ? むしろ誇るべきはあなただわ」


「スクルドの言う通りだぜ。天才の名は、お前とスクルドのもんだ」


「いらないわよ、そんな称号。それとも、殆どフリーだったのに攻撃を失敗した嫌味?」


「んなわけあるかよ、純粋な褒め言葉だよ」


「そうだぞ、俺もクリフもあんたに感謝することはあっても、貶すことはない」


 クリフは師匠であるアシッドに似て皮肉屋なこともあったり、他人への警戒心が強いから素で話すと誤解されやすい。

 その誤解をそのままにしたくなかった俺は、口を挟んだ。


「突然あんな攻撃をしてくるなんて、予想がつくはずもない。むしろ、あの状況で直撃を躱して見せたあんたの馬術に、俺もクリフもびっくりしているところだ」


 指からビームを出す竜なんて、聞いたこともない。


 神霊を降ろす電磁鉄弓ほどの奥義を使うには、絶大な集中力や消耗が不可欠だろうに、あの奇襲攻撃を咄嗟に躱して見せた。自分だけでなく、乗っていた鹿のエメットまで。


 馬に乗っているのが俺だったら、まず確実に馬が消し飛んでいただろう。


 真摯な心を込めて彼女の目を見る俺と、うんうん、と頷くクリフを見て、彼女はくすぐったそうに身を捩った。


「わ、わかった……わかったから、そんなに真顔で褒めないで。わたし褒められるの苦手なの……」


 どうやらこの天才剣士さまは、手放しで褒められるのが本気で苦手らしい。


 顔を赤くしてそっぽを向く彼女と、ニヤリっと悪戯を思いついた顔のクリフを見ながら、俺はこの戦いの後、彼女が悪戯小僧とその子分たちに玩具にされないことを祈った。


「やるぞ、奴を倒す!」


「ええ!」

「おう!」


 緩んだ心を締め直す。さあ、いくぞ!

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