第10話 オレの左腕を知ってるぜ?

「アーク! 敵の正体はドラゴンズハンドだ!」


 本日何度目かの鍔迫り合いを跳ね返し、体ごと蹴り上げて俺は笑った。


 額の汗が伝って、額に巻いた鉢巻きに染み込んでいくのを感じる。


「遅いぞ、相棒」


「うるへぇ! これでも精一杯急いだんだ」


 黒い狩人帽子にコートを来たクリフが、ひょいっと屋根伝いにやってきた。


 刃こぼれし、壊れてかけた剣を横へと流す。すると何も言わずに樫の木の壺が飛んでくる。


 壺に入った魔法の花粉が黄金の光を纏って剣を癒し、鉄粉は火花を散らしながら雷へと変わっていく。


「たしか樫の木、雷神の宿り木の中で、この剣を打った時に出た火花を加工したもの……だったか?」


 黄金の雷からソフィの、武器の時を巻き戻す花粉からはミディの魔力を感じて、俺は冷めた心がほんの少し暖かくなったのを感じた。


 ソフィとミディ、俺とクリフの4人で樫の木のウロの中で作ったのを思い出す。


「せえかーい。花丸上げちゃう」


「声、震えてるぞ?」


「しゃあねえだろ! 相手は腕だけとは言え、ドラゴンだぞドラゴン! 兎がこの世で一番会いたくねえ存在だ!」


「そりゃ人間の俺でも同感だ」


 それでもここに立つこいつを俺は尊敬しているし、頼もしく思っている。


 この世で一番強いヤツを上げろと言われたら、多くの人は神かドラゴンの名を上げるのではないだろうか。


 深い知恵と知識を持ち、人間より遥かに巨大でありながら、光より速く飛ぶことも出来る伝説の存在。


 星星の浮かぶ空よりも広いと言われるこの大陸を縦横無尽に飛び回る不朽の神話生物だ。


 詳しいことは本にすら乗ってないが、少なくとも昨日今日見習いを卒業したばかりの俺たちが、まともに戦えるようなヤツじゃない。


 たとえヤツが腕だけでもな。


 それでも逃げない俺とこいつは……まあ、馬鹿ってやつだ。それもとびきりの。


「何はともあれ、正体を暴いてくれて助かった。武器の修理も含め、礼を言う」


「へっ、よせやい礼なんて。寒気がすらぁ」


 新品同然、とまではいかないが、手入れのされた中古品くらいには回復した剣を手にまた、前へ出る。


 俺の役割は前衛だ。


 ある時は敵の突破を破り、またある時は後衛を守り通す。


 今もその時だ。


 この後ろにいる、ブーツよりも小さな、頼もしき友人を守り通すこと。


 それこそが、勝利の鍵だ。


「いくぞ!」


「おう!」


 俺たちは駆け出した。





「バードショット!」


 初手はクリフの鳥撃ち用散弾から始まった。


 炎と雷を纏った縁銅豆の鞘が飛び出し、空中で弾けて数百の弾丸を撒き散らす。


 それらは手の平を広げて突進する銀の手に細かい傷をつけながら、隙間を貫通していく。


 予想外の攻撃を食らったかのように、ヤツの動きが一瞬止まった。


「竜は兎を省みない。仇になったな!」


 不意打ちに成功したクリフが得意げに笑う。


 生命力も魔力もさほど高くないクリフから、強力な雷魔法と物理の混合攻撃を多数喰らったのだ。


 目を持たず、感知能力だけで敵を見ている奴からすれば、まさに寝耳に水。


 次弾を警戒して、とっさに下手人を探してしまっても無理はない。


 だが実態は魔力の薄いクリフがソフィの大魔力を使って銅の弾丸を撃ち出しているだけだから、村人に紛れてしまって見つからない。


 魔法の痕跡を辿っても、魔法を放ったクズ魔石は火力に耐えられずとっくの昔に自壊、消滅済みだ。


 他の雷管も魔力探知を阻む専用の布でくるんである。


 つまり、敵は一手、無駄にした。


 ーージャリ……!


 稀に見る好機。俺は全力で加速した。


 駆ける。


 黄金の雷を纏った剣を限界まで引き絞り、一撃の威力に全てを賭ける。


 伝承によれば、水と大地の化身である竜の弱点は雷と鋼鉄の武器だ。


 雷は水や大地に生き物を生じさせ、鉄はそれらを刈り取るからだろう。


 だが如何に弱点であろうと、竜に何度も同じ攻撃が通るとも思えない。


 初見殺しだろうがなんだろうが、今ここで確実に倒す。


 敵までほぼ一直線。


 これなら今俺が使える最強の切り札を切れる。


 否、そうしなくては強靭さと再生力を合わせ持つ竜の腕など斬れはしない!


 ーーガリア流奥義 月影つきかげ


 今の俺が制御出来るギリギリの猛加速。


 それによって俺の視界が蒼く染まり、雷の剣は逆に色を失って白に戻っていく。


(また、この蒼い世界……)


 これは俺に限った話ではないのだが、光の速さに近づくと、世界は蒼く、まるで水の中で月が光っているかのように青白く染まる。


 あらゆる音を追い越すが故に酷く静かで、周囲の空気は俺を押し潰さんばかりに重くなる。


 まるで本当に、水底を走っているかのように錯覚してしまいそうになる。そんな光景だ。


 この中では俺も、あれほど素早かった銀の腕も酷くゆっくりで……当てることなど造作もないように思えた。


「ぬぅん!」


 水平に叩き斬った。


 爆発的加速により生じる反動や衝撃波を全て肉体から剣へと吸い込み、収束して、一撃の威力と為す。


 俺の周囲で起こる無数の核分裂、核融合などの高エネルギーも、全てだ。


 剣から雷光が迸り、竜の腕からは緑白に光る血液が飛び散った。


 雪が溶かされてもうもうと蒸気が上がる。


『Aaaaaaaaaaaaaa!!』


「やったーぃ!」


「おおっ! やった! 倒した! 倒したぞ!」


 竜の腕を切り離された男が人ならぬ絶叫を上げて膝をつき、それを見てクリフや村人たちが歓声を上げる。


「……なんだ? いくら弱点を突いたとは言え、あっさり過ぎる……」


 どさり、と重い音を立てて少し離れた雪の中に落ちた銀の腕を、俺は訝しんだ。


 たしかに竜の弱点は雷と鋼だ。


 中にはそうじゃない竜もいるだろうが、そういう例外を除けば、概ね竜の弱点は鋼の武器や雷の魔法なのだ。


 だがそれは、他の全ての攻撃が弾かれるかすり抜けるかする中で、辛うじて鋼や雷は効くことがある、という程度に過ぎない。


 それぐらい竜というのは規格外の存在なのだ。


 神ならぬ人に容易く討伐出来るようなものではない。


 そう、親父は語っていた。


 そして親父は脅しすかしをするような男ではない。


 さらに言えば、俺は凡くらだ。


 クリフたちはよく褒めてくれるが、人類の域を超えた強さなんて持ってない。


 俺の強さは俺と同じだけの時間、同じ訓練をすれば身につくだけのものでしかない。


 その俺が、あっさりと竜を倒す?


 負担が大きすぎて日に三度も使えない切り札を切ったとはいえ、俺の使える奥義など、親父の半分にも満たないのだ。


 奥義の完成度もそうだし、手数でも俺は親父に全く及んでいない。


 そんな俺が、死ぬような大怪我もせず、竜の腕を斬れる、だと? 


 ありえない。


 何より、魂を蝕むような竜の強大な気配は、まったく消えていない!


「う、ぅぅ……」


「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!」


「うぐ……ぅだ、だれ、だ?」


「救助に来た傭兵だ。傷を縛るから、動くなよ。クリフ、魔法薬は」


「バッチリ持ってきてるぜ。こいつには上等すぎるくらい強力なのをな」


「よし」


 不穏な空気が漂っているが、俺たちの任務は村人の保護だ。


 こんな道端で隕石に当たるより稀な事故で、殺させるわけにはいかない。


 クリフと二人で男の応急処置を進めていく。


「迷惑をかけて……すまない……」


「かまわない。だが、なぜ盗みなんてしようとした」


 意識を失われるとまずいので、何でも良いから喋らせ続ける。


 ミディたちが調合した魔法薬で傷は治るが、本人に生きる意思がなければどうしようもない。


 それに、この男は俺の脅しとも取れる忠告にはっきりと怯えていた。


 人の話を聞かない馬鹿ではないのだ。


 だから意外だった。こいつが盗みの犯人だと聞いて。


「家族の……役に、立ちたかったんだ……俺は凡くらで……みんなの役には……」


「……そうか」


 悔し涙を流しながら、俺より十は年嵩の男は語った。


「申し訳、ない……殺ってくれ……」


「…………」


 家族の役に立ちたい、凡くら……か。


 なんだか似たようなことを言ってる奴が、ここに二人もいたな。


「調合、間違えるなよクリフ」


「わーってるよ。濃すぎるとボンってしちまうからな」


 俺が患者の面倒を見ている間に、クリフは調薬を進めていた。


 生命力と魔力の濃厚スープと言うべきものが入った小瓶から、慎重に一滴だけ水の入った別の小瓶へ移す。


 あっという間に無色透明から濃い乳白色に変色した水を患者にかけようとしたところで、ぐらり、と地面が大きく揺れた。


「ーーッ!」


 案の定、と言うべきか。


 蒸気の中から銀の槍が伸びてきた。


 下から救い上げるような鋭い刺突、狙いは俺の心臓……いや、左肩だ。


「はっ!」


 弾く。


 ただ防ぐのではなく、敵の攻撃の上下や側面を攻撃して、着弾地点をずらし、体勢を崩させる。


 傭兵の基本動作だ。


 だが、基本こそ奥義という言葉もある。


 必要だからこそ基本として教わるのだ。


 その言葉の意味を俺は噛み締めていた。


「なんてやつだ……指一本で動きやがった」


 銀の槍、そう思っていたのは竜の人差し指であった。


 指一本でも重騎兵用の突撃槍のように太くて長い。


 なんだったら、爪だけでも俺の上半身くらいあるかもしれない。


 咄嗟に弾けたのは、親父やホルストの槍を弾き続けたからこそ、だろう。


 また動かれては堪らないので、返す刀ですぐさま傷口を斬り裂く。


 すると、指が霧になって溶けてしまった。


「なんだ? ……最期の悪足掻きか?」


「いや、来るぞ! みんな逃げろ!」


 情報を集めようと恐る恐る覗き込んだクリフの首根っこを引っ掴み、急いで距離を取った。


 見れば周囲の霧が集まり、竜の腕を形作っていく。


 瞬きの間に全ての指が揃い、竜は確かめるように何度か拳を握った。


「……どうやら簡単には勝たせてくれないか」


「……らしいな」


 俺たちが武器を構えた先、そこには肩に奇妙な紋様を光らせた竜の腕の男が立っていた。

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