第9話 俺の右腕を知らないか?

「大丈夫ですか!?」


「ジャ……ジャッシュの、う、腕が……!」


 準備を終えたオレが戦場に辿り着くと、そこには混沌が広がっていた。


「うわああああああ、止めて! 止めてくれえぇ!!」


「こ、来ないで、来ないでえええ!!」


 腕だ。


 家の屋根に手が届きそうなほどデカい腕がいる。


「なんだこら……」


 村人たちが逃げ惑う中、片腕を白銀の巨大な腕と化した男が暴れまわっている。


 いや、男が暴れているというより、暴れ回る銀の腕に男が振り回されていると言った方が正確か。


 爪の着いた五本の指で虫のように這い回り、手と腕の筋力で魚のように跳ね回る銀の腕に引きずられ、男は既にボロボロだ。意識もないだろう。


「きゃああああ!」


 逃げ遅れた女の悲鳴が木霊する。


 そこへ無慈悲に振り下ろされる銀の指。先端の鋭い爪は、女の体などやすりのように引き裂くだろう。


 ガキンーーッッ。


 激しい金属音が鳴り、振り下ろされた銀腕をアークが跳ね上げた。


「早く逃げろ!」


「は、はい!」


 呆然とそれを見上げていた若い女が、アークに喝を入れられて逃げていく。


 対するアークも必死の表情だ。


 瞬きする時間すら惜しいと眉間に皺をよせ、歯を食い縛っている。


 オレとおやじが打ったとはいえ、あんな化け物相手に剣一本で戦っているのだ。


 普通なら剣なんてまち針みたいに折られて、ミンチ確定だ。奴はそこを技術と根性でカバーしてる。


 オレには逆立ちしたって出来ねえ真似をする野郎から、どうにか視線を外して、そこに転がってる太っちょの男に尋ねた。


 そいつからあの銀腕の持ち主と同じ匂いがしたからだ。


「おい、酷え有り様だな。何があった?」


「じゃ、ジャッシュが……ジャッシュが……俺は俺はやめろって言ったんだ。でもあいつが……」


 この非常時にどうでもいいことを、ごちゃごちゃと言ってやがるこのアホのドタマをかち割ってやりたい気分になるが、グッと堪えて話を聞く。


 オレたちラビッツは小器用な種族だ。


 なんでも出来るが、なんにも極められないと言われる人間種族の最たるもの。


 逃げ足と繁殖力ばかり高いと、長命な種族に笑われることもあった。


 実際、それは正しい。


 オレは皆とともに修行はしたものの、魔力も身体能力も二流以下だ。


 火の玉一つまともに飛ばせないし、アークみたいに雷より速く剣を振るなんて全く出来ない。


 攻撃も防御もアイテム頼りだ。


 悩んだことがないと言えば、嘘になる。どうしてオイラだけ、と運命を恨んだこともある。


 しかし、何もかもが中途半端なオイラでも、いやそんなオレだからこそ、出来ることがある。


 オレはそれをアークに、傭兵団の皆に教わった。


 オレは近接戦闘の専門家アークの相棒。


 なんでも出来ることの専門家クリフだ。


 今のオレの役割は謎解き役。


 アークが村のみんなを守っている間に、この騒動の原因を解き明かす。


 オレたちの初仕事をこんなことで潰すわけにはいかねえ。


 必ず対抗策を編み出してやる。


「何があった。山賊のものに触ったんだろう?」


「ーー!?」


「この状況で他にどんな説明が出来んだよ。御託や言い訳は良いから、さっさと言え」


 ぐだくだ言い訳を続けていた相手の胸を突く。


 相手は素人だ。脅かしすぎて気絶でもされちゃあたまんねえ。


 オレは逃げられねえように胸を踏んづけて、手持ちの銃を額に突きつけるに留めた。


「ひぃっ!? 分かった! 話す! 話すよ! だから……!」


「じゃあ言え。お前らは何に触った」


 努めて焦りを追い出す。


 アークだって無敵じゃない。


 あんな化け物から全員を護り続けるなんて無茶も良いところだ。


 今や家よりデケェんだぞ。


 それでもやってんのは、それが仕事だから。


 そしてアーク自身が無実の人間が無意味に死ぬのを許せない性質だからだ。


 傭兵やるにゃあ甘い奴だ。


 だが、昔のオイラはそいつに救われた。


 だから、オレは奴の道を護りたい。


 あいつが行きたい道を応援したいんだ。


 奴が描く世界ってもんを見てみてえんだよ。


 それにオレも見たくねえしな、無意味に人が死ぬ光景なんか。


(敵の候補はアンデット、ミイラ、デーモン、痴の指輪、猿の腕、ドラゴンズハンド、ゴーレム……)


 頭の中で奴の正体についての仮説と反証、疑問が溢れ、埋め尽くされていく。


 心の中の書物を紐解き、座学で学んだ知識をひっくり返していく。


 見た目は磨き上げた銀や鋼鉄の腕輪が無数に繋がったみたいな巨腕。


 この時点で人間の腕とは思えないが、形そのものは人に近く、指も五本だ。


 これは寄生されているあの男の特徴を引き継いだだけか? 


 それとも寄生している奴の特徴か?


 情報だ、情報が足りない。情報をよこせ!


「おらっ、さっさと口を開くんだよ! アークが死んだらどうすんだ!」


「さ、財布だ! あの山賊の持ってた銭袋を頂こうとしたんだ! そしたら、急に苦しみ出して……」


(防犯用の呪いにでも引っかかったのか? いや、だとしても腕を化け物に変える必要がねえ。あんなのが拠点や街中で発動したら大騒ぎだ。となると、偶発的な呪いの成立か……?)


「それで? 他に変わったものは見なかったか?」


「いや……」


 男は言葉に詰まっている。言いたくないわけではなく、思いつかない、といった風な顔だろう。たぶん。


「なんか見なかったか。魚の鱗とかぼろい包帯とか人形の腕みたいな奴とか……」


「う、うーん……そういや、萎びた棒みたいな奴が入ってたような……」


「萎びた棒だと!? 何色だった!? 質感は!? 大きさは?」


「……し、質感!? 分かんねえよ! 触った途端にアイツは化け物になっちまったし!」


「じゃあ大きさと色は!?」


「お、大きさは、小指ぐらい。色は、濃い茶色……だったような?」


(包帯の取れたミイラの指……つまりマミーヘッドか? たしかにあの腕は包帯を巻いた腕だと強弁出来ないことはない。たぶんに金属めいてはいるが、色も白っぽいし……)


 何かが違う気がした。


 そうだ、日の光だ。ミイラなら日の光に弱いはずだ。


 今は真昼、太陽が一番強い時に、あんなに元気なはずがない。


「なら毛は!? 猿みたいな毛は生えていたか!」


「ひぃっ!? は、生えてないです!」


(猿の腕でもない。いや、そもそもアレは使用者の願いを歪んだ形で叶えるもの。対象を徐々に侵食するタイプの化け物だ。ノータイムで暴れたりはしないはず。となると、つまり……)


「ドラゴンズハンドか……こりゃまた珍しいものを……」


 オレはため息をついた。そりゃもう深々と。


「なんでこんなもんを引くんだよ、ありえねぇだろ……こんなもんをつかませるオレたちの運命に乾杯したいね、まったく」


 あーあ、この台詞も決まんねぇや。


 やっぱり早くこういう台詞がビシッと決まる、カッコいい兎になりたいぜ。


「ど、ドラゴンズハンドって、なんです?」


 男の震え声が俺を現実逃避から引き戻した。俺は彼の胸から足を退けて、グイッと助け起こす。


「平たく言えば竜の腕の干物、ミイラってやつだな。世界の始まりからいらっしゃる不死なる古竜さまが、持ち主から生命力を吸って復活しようって寸法さ」


「た、大変じゃねえすか!」


「ああ、だからお前さんはさっさと逃げな」


「へ?」


 なんだよ、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して。


「悪かったな、手荒く扱って。ほら、もう行けよ。みんなを連れて少しでもこの村から離れるんだ。運良く生きてたら、呼びに行ってやる」


「で、でも、そしたらあんたらは……人間がドラゴンに勝てるはずがない……」


「んだよ、心配してくれんのか? 意外と良いやつだな。もう盗みなんかするんじゃねえぞ」


 オレは後ろ手にそいつの肩を押すと、男は戸惑いがちに走り出した。


 だんだんと早くなる足音を聞きながら、オレも覚悟を決める。


「あの! 助けてくれてありがとうございました!」


 へっ。


「アーク! 敵の正体はドラゴンズハンドだ!」


 オレは救援要請の赤の玉を装填して、空に打ち上げながら叫んだ。

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