第8話 復興はりんご酒と共に

 

 ーートンテンカン、トンテンカン……


「おーい、こっちだ。こっちにおろせー」


「そこを釘で止めりゃあいいのか?」


「いや、ここは嵌め木造りにしねえとダメっすよ。千年杉なんで、釘なんかすぐに潰しちまいます」


「おー、そかそか。じゃ、大蛇おろちヤスリを持ってきてくれや」


「うっす」


「ヤスリでチンタラ削るより、傭兵の兄ちゃんに頼んだ方が早いっすよ?」


「そんなにか?」


「ナイフと木槌で一発っす!」


「そいつは凄えな……よし、ちょっくら頼んでくらあ!」


 復興作業は思ったより順調に進んでいた。


 村人たちは男も女もよく働き、城門の修復や飯の準備など各々がそれぞれの仕事をこなしていた。


「おおーっ、このスープ、うめぇなあ〜」


「そいつはよかった。はい、次の人ー」


「同じ村で育ったのに、なんでうちの母ちゃんとこんなに味が違うんかねぇー」


「わかったから、ほら! そこをどきな! 後の者がつっかえてんだよ!」


「ひぃっ!?」


「ははっ、迫力だけは変わんねえな!」


「むはは、違えねえ!」


「クリフくん……ど、どうぞ!」


「ありがとうございます。大切にいただきますね」


「はい!」


 なんだか活気があって、祭りのような雰囲気である。


 戦というのは往々にして、終わった後の方が大変だったりするものだが、今回は比較的シンプルだった。


 村を襲った連中はむやみやたらと人を殺す類ではなかったらしい。


 怪我人はいても、犠牲者は常駐していた領主の兵士数人だけだった。


 百人近い規模の村であることを考えると、犠牲は最小のものだったと言えるだろう。


 その怪我人たちも俺たちが持ち込んだ薬によって、殆ど完治しており、それもあって村人たちと随分打ち解けることが出来ていた。


「不思議だよな」


「何がだ」


 親父に斬り倒された最後の一本を担いで元の場所へと戻していると、塀の上でリンゴ酒と銃を片手に見張りをしていたクリフに話しかけられた。


「女衆に貰ったんだ。ほれ、お前の分」


「ありがとう」


 毒が入っている匂いもしないので、ありがたく頂く。りんごの甘酸っぱさと炭酸が効いていて結構美味しい。

 酒精も保存のために入れているだけのようで、殆ど感じなかった。


 たぶん、村人たちは線の細い少年のクリフを気遣ったのだろう。実際はべらんめぇ兎なわけだが。


「オレさ、山賊ならもっと滅茶苦茶するかと思って内心覚悟してたんだ。でも、蓋を開けてみたら、案外静かというか大人しいというか……」


「俺も思ってた。考えられる理由は二つだな」


「ふたつ?」


 薄く切ったチーズを挟んだパンを齧る。美味いが肉と野菜が欲しいな。ベーコンとか、ソーセージとか、タマネギとか。


「連中が物資を生産する村人を殺すほど、馬鹿じゃなかったっていうのが一番の理由だろうが……」


 賊や軍隊がわざわざ危険を犯して村を占領するのは補給を得るためだ。


 美味い食料、安全な水、快適な寝床、従順な奴隷……森や荒野にいては手に入らないものを手に入れる為に奴らは凶行に走る。


 そのくせ、村を壊ししたり、村人を虐殺したりする奴がいるのは、単なる馬鹿だったり、血に酔ってたりってのが定番だが、暴力を見せつけることで村人を恐怖で縛り付けようっていう本能的な側面がある。


 力を見せつけて恐怖で他人を従えようってのは、嫌な話だが、人類にとって割とポピュラーな発想だ。


 領主だって軍を握っているし、反抗すれば容赦なく叩き潰すだろう。


「だろうが、なんだよ?」


「山賊側の戦力が圧倒的だったからだろう。大人と子供は戦わない。あしらうだけだ」


「あー、なるほどな」


 今回の山賊は元傭兵だ。


 全部が全部そうだったのかは分からないが、少なくとも傭兵として訓練を受けた者が3人もいたのは事実。


 一足で雷を飛び越えうる戦士が一人でもいるなら、そうでない者を多数相手にしても、無傷で圧倒することが出来る。


 力も速さも頑健さも何もかも違い過ぎるからだ。


 そして彼らの領地はこの村一つ。


 領主と違って、見せしめに一つ潰してしまえるほど潤沢ではない。


「奴らは例えるなら一度に何回でも行動出来る駒だ。普通の村人が何か一つの動作を終えるまでに、その何万倍の回数行動出来る」


 将軍棋というゲームがある。


 将軍になったつもりで騎兵や僧侶などの駒を、マス目の書かれた木の板の上でぶつけ合うボードゲームだ。


 交互に一駒ずつ動かしていくのだが、もしその中の駒が一ターンに何回でも動かせたら、そのゲーム性は破壊されてしまうだろう。


 このゲームはあくまで「対等な速度と実力を持った戦力を持っていること」を前提にしたゲームだからだ。


「酷えゲームだな、そりゃ」


「ああ。だが、おかげで村人の多くは助かった」


 りんご酒をすすり、千年杉同士を組み合わせて木槌で留めていく。これならお互いが成長を邪魔し合うので、釘よりも長い間固定できる。


 占拠された村の定番といえば、生活必需品の略奪や、娯楽と見せしめのための暴行や殺害だ。


 だが、略奪はともかく、他はあくまで占領した側と村人の戦力がある程度拮抗したものでなくては成立しない。

 片方が弱すぎれば遊びにもならないからだ。


「あいつらが理性的で助かったぜ。下品な話だが、欲に目が眩んだアイツらが突っ込んだら、お相手がミンチどころかハンバーグになるだろうからなぁ」


「まあ、そうなるだろうな……」


 かみなりの試練をこえ、投擲で千年杉を両断出来る身体能力の持ち主だ。


 想像したくないが、少しでも加減なしに動いたら、相手の体に穴が空くどころか、摩擦熱で焼き挽肉になるだろう。


 制御されていない傭兵の肉体は凶器そのものなのだ。


「お前も気を付けてくれよ。前にタンスの角に足をぶつけて、タンスを削ってたろ」


「ああ、あれは不覚だった……もう二度とせん」


 はじめて奥義に成功した日の翌日。


 泥のように眠ったのに疲れが取りきれず、寝ぼけ眼で歩いていたら、タンスの角に小指をぶつけてしまったのだ。


 我ながらドジとしか言いようがない。


「血の気が引いたよ。あれがタンスだったから良かったようなもんだ」


「だな。オレやミディなら死んでたぜ」


「親父にもガンガン怒られた。傭兵が自制心を失うとは何ごとだ、って」


 日常の何げない動きというのは意外と馬鹿にならない力がかかっている。


 歩くという行為、物を手に取る行為、どれも赤ん坊の頃からやっている練度の高い行為。間違えようのない自然な行為。


 だからこそ、間違えた時に惨事を生む。


 リラックスした状態で繰り出される最高のパフォーマンスをもし、誤爆したら?


 普通の人や魔導師なら痛みで転げ回るくらいで済むが、肉体を凶器にしてしまった俺たちの間違いは洒落にならん。


 下手したら周りを巻き込んで大爆発だ。


 ゆえに、俺たちは肉体と同時に、心と魂を徹底的に鍛え上げるのだ。


「己の危うさを知ることが、己を強くする第一歩だ」


「親父さんか?」


「ああ。あとホルストにも同じことを言われたよ」


「あー、うちのおやじも説教くさいところがあるからなぁ」


 気まずそうに右頬を搔くクリフ。


「いや、あれは俺が悪い。ホルストには感謝してる。もちろん、お前にもな」


 俺がこうしてやってられるのは、親父たちやクリフのサポートがあってこそだ。今回もこうして、気遣われている。


「お、おう。お前そういうことを真顔で言うなよな……反応に困るぜ……」


 クリフは照れたように鼻の上を擦った。


 血の繋がりどころか、種族すら違う親子なのに、さっきから反応や仕草がまったく一緒で、俺は吹き出しそうになった。


「そういえば、『猫は魚で遊ぶが、竜は蟻で遊ばない』ってことわざもあったな」


「弱者をいたぶらない竜の方が上等ってか?」


「そうじゃない。どうやっても生存が脅かされないほど戦力が傾き過ぎると、生き物はそいつに興味を失ってしまうって話だ」


「お前、ホルストの授業を聞き流してたな?」と俺が見やると、クリフはそっぽを向いて音の出ない口笛を吹き出した。


 魚は逃げ続けることで猫を飢えさせ生存を脅かせる。

 だが、普通の蟻はどうやったって竜を殺し得ないし、餌にもならない。


 だから、竜は蟻が何匹いようと気にも留めないし、踏み潰したことにも気付かない。


「あの元傭兵も、人の中の竜になってしまったんだろうな」


 自分は無敵だと錯覚し、その結果、村人たちに出し抜かれて俺たちを雇われた。


「そして他の傭兵を雇われて、討伐か……今回は助かったが、どっちにしろ兎のオイラには嫌な話だぜ」


「俺もだ。死ぬにしても、せめて気には留めてもらいたいもんだな」


 俺も人間だ。上には上がいくらでもいる。いつかどこかで死ぬだろう。


 いつか竜のように圧倒的な強者にプチっと踏み潰されるとしても、出来る限り足掻いてやろうと心に決める。


 俺は負けず嫌いなのだ。


「……それにしてもおやじたち遅えな。アシッドさんもいるから、女子供ぐらいすぐに見つかると思ったが」


「そうだな。そろそろ帰ってきても良さそうな……」


「きゃああああああああ!!!?」


 村の西から聞こえてきた声に、俺たちは顔を見合わせた。


「悲鳴だ」


「どうする? 乗ってくか?」


「先行けよ。準備してから行くから」


「分かった」


 よっこらしょ、と立ち上がって、俺は悲鳴の元へと駆け出した。

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