第7話 千年杉と老人

「これでよし、と」


 俺は肩に担いだ千年杉を地面に突き立て、汗を拭いながら呟いた。


 親父たちは村の千年杉をぶっ飛ばしはしたが、加減はしていた。


 木っ端微塵にするのではなく、原型を残したまま斬り飛ばしてくれていたのだ。


 その方が村を取り戻した後で再建がしやすいからだろう。


 生命力の強い千年杉は多少斬られたり、壊れたりしたくらいなら再生する。


 あとはその再生する場所が、家の中や村の外ではなく、塀となる場所にしてやれば良い。


「相変わらず、こいつは凄い生命力じゃのう」

「そうだな……」


 どこからか持ち出した椅子に腰掛けた爺さんが、千年杉の壁を見上げながら言った。


 急に山賊が来て、急に去っていったからか、どこか途方に暮れているようにも見える。


 あるいは本当に千年杉に呆れているのかもしれない。


 千年杉は根から切り離れているのなら、村の男でも十人くらいいれば運べる。


 樹皮から多少生命力を吸われるかもしれないが、植物ゆえに吸う速度はゆっくりだし、人数が多い分負担も少なくて済む。


 なので、ある程度安全を確保した村の中はクリフと村人に任せ、俺は危険な村の外を走り回って飛び散った千年杉を元の場所に戻していた


 だが、二本目を持ち帰ってくる頃には一本目の再生がほぼ終わりかけていたのである。


 大した時間はかけてないし、つっかえ棒を立てる時間も惜しかったので、鏡のような断面の切り株に杭のように打ち込んでいた。


 にもかかわらず、ほぼ元通りに戻っている。呆れた再生力だ。


「これじゃ毎年の枝落としは大変そうだな」


「ほんとになぁ。大きな獣や賊にも負けんようにと思って、ご先祖様がお建てになられたのじゃが……」


 千年杉を使った建築物は木造建築としては破格の頑丈さを誇るが、メンテナンスが非常に面倒臭いという欠点がある。


 根も葉も取り除き、薬剤を塗って丸太にしたとしても、放っておくと一月もしないうちに枝葉が生えて自然に帰ってしまうそうだ。


 ちなみにクリフの銃は刻印した魔法で千年杉の再生力を調節しているらしく、普段は取っておいて、銃を撃った後などの必要な時に使っているらしい。


「おかげで冬でも薪にだけは困らんのじゃが、それでも毎日毎日千年杉の新芽を落とすのは大変でのぉ……力持ちのガレットさんもいなくなっちまったし、どうしたもんか」


 千年杉は定期的に枝や根を払う作業が必要なのだが、ただでさえ頑強な上に再生能力が高いため新芽の内に駆除しないと大変なことになる。


 城壁代わりにしてるくらいなら枝葉が茂るくらいで済むが、家の柱にしてしまった場合は最悪だ。四方八方に枝を伸ばされ、家が壊れてしまう。


「これは純粋に疑問なんだが、なんで家まで千年杉にしたんだ? 盗賊や獣対策にしても過剰だろう」


 人手がある城や砦ならともかく、ただの民家を千年杉で作る必要は正直全くない。


 千年杉はたしかに丈夫だし、災害にも強いが、個々の家を要塞にするのは、過剰防衛も良いところだ。


 やるなら外の柵といざって時に逃げ込める領主館だけで十分だろう。


「分からん。ご先祖様にもなんか考えがあったんじゃろうが、何分昔のことじゃからのう」


 老人は疲れたように首を振ると、ゆるゆるとため息を吐いた。


「この村にもお前さんたちのような若いもんがいりゃあ良かったんじゃがな……」


「……? 若い奴らならいるだろう。今も作業を手伝ってくれている」


 俺の疑問に老人はまた首を横に振った。


「今村にいる奴は、親元を出る気概もなく腐っとる腑抜けと、事情があって村を出れない者ばかりじゃよ。心意気のある奴はみんな、この村を出て行き、死んだ」


「……なんでだ? 土地は余ってるようだし、畑でも耕すか、森で狩りでもすれば良いだろう」


 俺は空き地になってしまっている畑を見ながら訪ねた。


 今回は不幸に遭ってしまったが、面倒な手間隙をかけているお陰もあって、ここの守りは農村としては鉄壁に近い。


 野盗や野生の狼くらいならびくともしないだろう。


 逆に言えばそれ以上だと破られるということではあるが、騎士や傭兵による攻撃など、大きい街だって滅びかねないのだ。


 半端なところに行くならここにいた方がずっとマシだと言える。


「簡単じゃよ。ここには『夢』がない」


「夢?」


「お主にも分かるじゃろう? 自分の目標、憧れ、いつか手にしたいと想い描くもの。それが、ここにはない。あるのはただただ寒村の因習と現実だけじゃ」


「…………」


 一瞬、俺の脳裏をマント姿の剣士が横切った。


 壮年の剣士は片手に大きな剣を持ち、それ以上に、何者にも負けないと確信させる背中を持っていた。


「ふぅ……つまらん話を聞かせたな。団長さんと、ホルストにもよろしくのう」


 そう言って老人は去っていった。後には壊れかけの小さな踏み台だけが家の前の雪道に、ポツンと残っている。


「……そう言えば、ホルストはここの出身だったな。ホルストの知り合いだったのか」


『今村にいる奴は、親元を出る気概もない腑抜けと、事情があって村を出れない者ばかりじゃよ。心意気のある奴はみんな、この村を出て行った』


 さっきの言葉は自嘲か、それとも羨望か、諦めか。あるいは人生経験の浅い俺では分からん他の感情なのか。


「……作業を続けるか」

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