第6話 不穏な朝
朝。
まだ風は冷たいが、日差しによって少しずつ雪も溶け出している。
「……というわけで、村の防衛は我々が残って行いますので、心配はいりませんよ」
村の守りが薄くなったことを心配する村人の親子に、少年はにっこりと笑いかけた。
「へえ、ありがたいこったねぇ」
「ありがとうございます。騎士さま」
「いえいえ、これも仕事ですから。あと、僕は傭兵です」
「まあ、そうなのですか? とっても礼儀正しくて見目も良いので騎士様かと思いました」
「あはは、光栄です。お嬢さん」
いつの間にか集まってきた村娘やおばさんに囲まれても、面倒がらずににこやかに対応する紳士な少年。
誰だおまえ、と言いたくなるが、あれはクリフである。
俺たちといる時のクリフはべらんめえ口調の茶兎だが、人間に化けた時のクリフは紳士的な15才くらいの少年だ。
真ん中で分けた白い髪といい、線の細い優しそうな笑みといい、ミディと兄妹と言っても通じるだろう。
というか、あの姿はあいつが俺やミディを参考にして半年くらい頑張って作った渾身の外行き顔だから、似ていて当然とも言える。
(あいつ、ほんと多才だよな)
変身魔法や幻術は、細部まで想像することが出来る緻密な想像力が必須だ。
特に人が注目する顔のような場所は違和感が出やすい。
大雑把な俺やミディがやると、目や口が一切動かなかったり、逆に表情の操作に集中しすぎて髪や耳が煙となって消えてしまったりする。
それを足の先から表情まで違和感なく作るとは、大したもんだ。
時代が豊かで平和なら、あいつは画家や彫刻家になれたかもしれない。
さて、不安がる村人の対応はその辺のことが得意なクリフに任せて、俺は奴が苦手とする単純な力仕事に精を出すとしよう。
兎の一族の変身術は万能ではなく、強い存在になればなるほどエネルギーを食うし、変身時間も極端に減ってしまう。
燃費を考えると、それなりの存在になるのが一番なので、奴の人間体は大して強くない。
火縄銃くらいなら撃てるが、剣を振り回して空を駆けれるほどではない。だからこその役割分担だ。
「じゃあ、これから飛び散った千年杉を集めるぞ。山賊たちの装備品は呪われているかもしれんから、万が一落ちてても触らんようにな。あとで場所だけ教えてくれ」
俺は村の男衆に集まってもらい、協力を要請していた。
山賊たちの装備品の回収は、山賊たちを倒した時点で残敵の捜索がてら行なったが、あくまでついでだ。
これからじっくりやろうと思ったところで次の仕事がやって来てしまったため、まだ回収が済んでない細かいものがあるかもしれない。
そのことについて注意喚起をしておく。
村の男たちはみな真面目な顔で頷いているが、この中の何人か、あるいは彼らの妻子がやってしまうかもしれないので、俺も真剣だ。
山賊たちが何処かから奪ってきた宝石やら武器やらをがめられれば、それだけで一財産となる。
俺たちの主な報酬でもあるので、思いっきり契約違反なのだが、一生働いても手に入らないかもしれない富を前にすれば、彼らもどうなるか分からない。
用心はしておこう。
「大丈夫ですよ、傭兵さん。あなた様の稼ぎの上前を跳ねようとする者なんざ、この村にはいませんて」
「だといいんだがな……」
村の重役のおっさんはしたり顔で言っているが、物語の英雄豪傑でさえ欲に目が眩んで破滅してきたのだ。
金銭や宝物、強い武器や魔法、権力や美しい異性など。
それらを得たいがために、あるいは得てしまったがゆえに破滅してきた者たちの歴史を思えば、いわんや俺たちをや、という奴だ。
俺は英雄でも豪傑でもなんでもない一般傭兵なので、そのあたりに執着しないように気をつけねばならない。
「重ねて忠告しておく。どんなに美しい宝石や煌びやかな剣やネックレスがあっても、絶対に手を出すな。触っただけで手が溶け落ちたり、残りの人生をカエルやネズミになって過ごしたくなかったらな」
俺の脅し文句に村人たちの多くは怯んだ。
が、未だ「なんだこの若造が!」と思っている鼻っ柱の強い連中もいるようだ。
どれも実例のある呪いや魔法なのだが。
彼らの日常に、不可思議で理不尽な現象を引き起こす魔法やその類のものはなかったのだろうか。
いや、千年杉という不思議生物がある以上、単純に俺が舐められてるのか。
呪われた物品というのは、気づかれてないだけで案外あちこちに転がっている。
俺たちも特に問題がなければ、呪われた装備品を解呪せずに使うこともあるし、人材や物資に余裕のない山賊なら尚更だろう。
しかし、ここまで言ってやってるのに、それでもなおも己の欲に従うと言うのなら、それはもう自己責任の域だ。
上手く俺たちを出し抜けば大儲け出来るかもしれないし、出来なくて呪いで死ぬかもしれない。
その辺の責任は向こうに負ってもらおう。
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