第5話 村の戦後処理

「このたびは村を救っていただきありがとうございました」


「ああ」


 村長とおぼしき丸っこいおっさんの言葉に、親父は重々しく頷いた。


 村長の後ろには村の重役とおぼしき中年夫婦が、親父の後ろには俺たちがついている。


 それを遠巻きに村人たちが囲んでいた。


「このあたりを荒らしまわっていたバルド山賊団をこれほど容易く倒されるとは……村の蓄えは僅かですが、どうかこれをお受け取りください」


 貴重な家畜である牛を2頭と、黒ずんだトレロニー銀貨の入った小箱を差し出した村長に、親父は首を振った。


「いや、それには及ばん。今年は少々雪が深い。村の暮らしは厳しかろう。いま少しで春なのだ。それは今回家族を失った者たちのために使ってやってくれ」


「おお……」


 観衆から感嘆の声が漏れる。毟れるだけ毟られても文句は言えない状況でこれだからだ。


 だがこれはただのパフォーマンスである。


 事前の契約で、俺たちが貰う報酬は決まっている。山賊たちの持ち物だ。


 村を助けてくれた恩人に惜しみなく村の蓄えを差し出した村長と、それを断る親父。


 村長の度量と交渉の巧みさ、金銭を貰わない英雄的な人物がいることを知らしめて動揺する人心を安定させる。村長と領主の策だ。


 人の心を操ろうとするのはどうかと思うが、それが必要なことなのはなんとなく分かる。


 親父が決めたことだし、治安が崩壊して山賊に溢れかえられても困るので、俺は黙ってそれを見守ることにしていた。


 しかし、予想通りに行かないのが世の常。その雲行きもさっそく危うくなり始めていた。


「いえ……そのことなのですが……」


 村長は言いづらそうに言い淀んだ。


「どうした?」


「その……山賊たちが押し寄せた折、腕利きの戦士に女子供の幾人かを任せて外に出したのですが……その者たちが帰ってこないのです」


「……察するに、その者たちが今回の戦いで家族を失った者たちか?」


「ご明察の通りにございます。つきましては、こちらをお渡しいたしますので、その者たちの後を任せたく……」


「探して連れてくれば良いのか?」


「いえ……出来ればその、そちらで引き取っていただきたく……」


「なぜだ? 暮らせないほど困窮はしておるまい」


「それは……」


 村長はなおも言い淀むが、親父が筋の通らない依頼を受けないのはこのあたりじゃ有名だ。


 虚偽は許さん、という親父の態度に、村長はうしろの中年夫婦と目配せし合うと、声を潜めて語り出した。


「呪われておるのです。あのダルクの娘たちは」


「呪い、だと?」


 対応して親父も声を潜めたが、俺たちの聴覚は誤魔化せない。


 それは親父も承知していることなので、咎められるまでは聞いておくことにした。


「はい。十年ほど前に父子でこの村に住み着いたのですが、それからというものこの村には奇妙なことばかり起こりまして……」


「偶然、ということはないのか?」


「わたくしどもも最初はそう思っておりました。ですが、それも十年と続きますと……」


「……とにかくこちらでも一度見てみよう。話はそれからだ」





「アーク、どう思う?」


 クリフのこそっとした問いに俺は答えた。


「半々だな。呪いが本当にある可能性もあるし、村人たちの偏見の可能性もある」


「その呪いとやらを、直に見てみるしかないってことか」


「そういうことだ。各自、任務を続けるぞ。交代で村を守りながら、出て行った村人や山賊を探す」


 村長との内輪の会議を終えて戻ってきた親父は再び馬に跨ると、俺たちに指示を出した。


「まずは俺とホルスト、アシッドで森を探しに行く。アーク、クリフ、お前たちは城壁の修復を急げ。それが終わったら、俺たちが戻るまでここで待機だ」


「賊が現れた場合は討伐で構わないか」


「ああ。無理そうなら赤い狼煙を上げろ。助けに行く」


「分かった」


「俺たちの足を引っ張らないように、せいぜい頑張りな、坊主ども」


「ああ。そのつもりだ」


 銃と弓矢といういつもの装備のアシッドが皮肉と共に親父に続く。


「気いつけてな。しくじりそうなら、逃げてもええ。任務は絶対とはいえ、傭兵は命が一番じゃ」


「ありがとう、ホルスト」


「大丈夫だよおやじ。俺もアークも無理はしねぇから」


 ホルストも馬に乗り込むとそれに続いた。


「で、どうするよアーク」


「とりあえず城壁の修理だな。木は俺が運ぶから、見張りと残りの村人を頼む」


「りょうかい、キャプテン」


 後ろで不安そうにしている村長たちに、俺たちは今後の段取りの確認に向かった。

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