第4話 つわものどもが夢の跡
「よう、随分と舐めたことしてくれたじゃねえか」
「そうか? 基本だろう」
椅子と投げ斧で目を引いているうちに来たのだろう。
見るからに荒くれ者と言った雰囲気の男たちが、剣や斧を片手に殺気だった目でこちらを見ている。
「やれ!」
少し歳を食った男が短い命令を発し、三人のうち二人が武器を片手に雄叫びを上げて突っ込んできた。
とりあえず頭数を減らそう。
俺は片手に火縄銃を構え、指示を出した男に向けて引き鉄を引いた。重低音と火花を散らして、雷を纏った弾丸が宙を裂く。
「はっ」
だが、鼻で笑われた挙句、弾丸を手斧で弾かれてしまった。
どうやら不意打ちでもないと、この男に火縄銃は足止めにもならないらしい。
「バラバラにしてやるぞ、雑魚が!」
「雑魚かどうか、試してみるがいい!」
先頭の男に投げつけられた手斧を、首を曲げて躱す。
きこりが使うような粗末な武器だが、人を殺すには十分だ。
俺も銃を雪の中に刺し、剣を抜いて対応する。
「ぬうぅらああああ!」
一人目、髪を剃り上げ、残りを三つ編みにした、全身筋肉の大男。
くすんだ青と灰色の服の上に毛皮と鎧を着込んでおり、まさにヴァイキングといった風情だ。
体格に見合うパワーとスピードの持ち主のようで、両刃の戦斧を振り上げ、かなりの速度で突進して来ている。
技量はそれほどでもないが、あれをフルスイングされれば、人間などあっさり両断されるだろう。
重い斧を受けることは避けて、すり抜けざまに斬り捨てよう、と決めた。
「……シッ!」
二人目、こちらもがっしりとしているが、一人目よりは細身で手には片手剣と手斧を持っている。
抜け目なく目を凝らす彼は、火力は高いが隙は大きい一人目のフォロー役か。
立ち居振る舞いからして、膂力は劣るが、技量とスピードに優れる剣士タイプと見た。
そして三人組の司令塔らしき男。
二人より少しだけ上等な衣服と鎧をつけた男は、左手のクロスボウで俺を狙っていた。
二人の突撃に合わせて撃つつもりのようだ。
どちらが本命かは分からないが、あるいはどっちかが当たれば良いという判断なのかもしれない。
加速した意識の中でそれらを認識した俺は、やはり当初の予定通りこちらも突っこむことにした。
剣を構えて、雪の上を滑るように駆ける。
利き腕で口元を覆うように、逆腕は掌を開いて前へと突き出す。
早く動けば動くほど、視界は狭まっていく。
なのでこうすることで、突進する男からは俺の剣も顔も、見ることが出来なくなるのだ。
ーーヒュッ
俺は矢を躱し、地を蹴り、さらに加速した。
速度と勢いが乗った重量級ヴァイキングがぶつかって来るなら、それを立ち止まって受けてはいけない。
こちらが一方的に不利だからだ。
解決策はシンプルだ。
速度には更なる速度で、重量にも更なる重量を。
それが出来ないならば……
(すり抜けざまに、剃刀のようにかっさばく!)
「かはっ!?」
口と傷口から血を吹き出し大男が雪の中に倒れ伏す。
大男と俺、二人の速度と重量が合わさり、横薙ぎの一点へと重なって、脇腹を深々と切り裂いたのだ。
殆ど即死である。
だが、そこへ手斧と矢の群れが殺到する。
さらに二人目と三人目も同時に突っ込んで来た。
しかも、三人目は大男を突っ込ませている間に、右に回り込みながらクロスボウを連射していた。
俺の右側を包囲するように、矢の雨が飛んでくる。
クロスボウは構造上、一発撃ったら脚と背筋を使って弦を目一杯伸ばしてから、次弾を装填しなければならない。
ゆえに再装填には時間がかかるはずなのだが、いったいどうしているのだろうか。
気にはなるが、今は目の前の矢と斧、そしてヴァイキング剣士をなんとかしなくてはならない。
まず、俺の脳天を割ろうと飛んでくる危険な手斧を袈裟懸けに叩き落とし、ついでに剣の進路上にあった矢の群れも叩き落とす。
ホルストの打ってくれた剣は、昨今流りの紙のようなペラペラ剣ではなく、がっしりとした両手剣だ。
その上頑丈で、片手でも両手でも素早く振り回すのに邪魔にならない長さと重さをしている。
その頼もしい剣身で作り出した安全地帯に身を差し込んで、地を踏みしめて雪を固め、間髪入れずに襲い掛かってくる剣を跳ね返す。
下から弾かれた剣が上へと跳ね上げられ、その隙に後ろを向いて殺到してきた矢群を薙ぎ払う。
矢は軽いので、剣本体を当てる必要はない。剣が空気の波を切り裂く際の衝撃波で十分吹き飛ばせた。
「チェア!」
背後から首を刈る一撃。回るように矢を斬った俺の首から顎、肩が動く先に置かれた攻撃。
(こいつら、戦い慣れている……!)
仲間が死んだ動揺も、死んでまで実行させた策が破れても、背後から親父たちが迫ってきていても、まるで何とも思ってない。
猛然と追撃してくる彼らには恐怖という感情など、存在していないかのようだ。
これが山賊。
この世で一番弱い、戦いの世界の落伍者だと言うのだからやってられない。
世界は広く、強者で満ちている。
(親父に認められて、少し天狗になっていたのかもな)
どうやら、初任務に舞い上がっていたのは俺も同じのようだ。
クリフよりはマシだったと信じたいが、この分じゃ人のことは言えそうにない。
認める。
彼らは賊であるが、一端の戦士である。
元は傭兵であったり、どこかの兵士や戦士であったのかもしれない。色々事情があったのだろう。
だが、今は関係ない。
敵は倒す。
それが傭兵の掟だ。俺の流儀だ。
首元に突き出される剣、回避も防御も間に合わない。進路上に置かれた死。
だったら、やることは一つしかない。
突撃だ!
「っ!」
止まれないとは言った。
だが、これ以上加速できないとは言っていない。
俺は背後の敵に向かって、タイミングを見計らって敢えて加速した。
地を蹴り、飛び込んで、剣に自分から頭突きを喰らわせる。
普通はそんなことをすれば、さっきの山賊みたいに頭をかっさばかれる。
だが、弾かれたのは山賊の剣の方だった。
俺が頭突きしたのはリカッソ、刃のない剣身の根本だからだ。
どんな達人であれ、遠心力の乗っていない剣の根本で敵を斬ることは出来ない。
あそこは刃が入っていないし、持ち手と近すぎて遠心力が乗らないのだ。
それでも普通人間は刃物に頭を叩きつけたりしない。
特に俺は兜も何も付けてないからな。
だからこそ、奇襲になる。
虚を突かれ、思考の空白が生まれた彼の喉を振り向きざまに切り裂いて、その空白を永遠のものにしてやる。
「ぬ、が……!?」
そして最後の一人。
仲間の屍からもぎ取った大斧を振り下ろさんとする男。
その心臓に、俺は自分の脇腹を掠めるようにして逆手に持った剣を突き立てた。
「振り向く暇もない最高の奇襲だった」
その技を讃える。殺気も何もない影のような一撃だった。
剣風吹き荒ぶ場所に弩では効果が薄いと踏んで、即座に自ら突破することを選んだ勇気と判断力も、戦士として素晴らしいものであった。
だから、最後まで加減しない。
傷口を抉り、そのまま斜めに斬り上げて、心臓と利き腕を斬り飛ばす。
「へ、へへ、そうかよ……」
「ああ、まさに稲妻の如しってやつだ。一昨日までの俺なら死んでいた」
荒れ狂う稲妻の中に身を置く「かみなりの試練」。
あれは高速かつランダムな軌道で降り注ぐ雷を避け続けるもの。
学べるものは沢山あるが、その中の一つに背後からの攻撃を感じ取り、対処する技も確実に含まれていた。
でなければあっという間に死角から数千の雷に打たれてお陀仏だったろう。
俺の言葉で悟ったのだろう。山賊の、いや元傭兵の目が優しくなった。
「そう、か。おまえ、かみなりの、しれん、を……」
「ああ。突破した」
「そっ、か……へへへ、後輩じゃあ……しかたねえ……な……」
心臓を抉られ、利き腕を切り飛ばされた男はぐったりと俺の肩にもたれかかり、言った。
「俺の夢も、希望も……全部、お前にやるよ」
驚くほど流暢にそう言い残し、名も知らぬ戦士はどうっと倒れた。
後には雪の中に刺さった大斧のみが残っている。
「……夜明けか」
朝焼けが雪の中の剣と斧を照らし、鈍い輝きを与える。
雪の中に倒れた男は、眩い光の中にいたが、もう目を覚ますことはない。
夜明けの光に声を上げることも、何かを思うことも、もうないのだ。
(俺が殺した……)
俺は振り切った剣を戻し、血を払って立ち上がった。
うしろに点々と続いている三人を見る。
雪原を己の血で赤く染めた彼らは、二度と立ち上がることはないだろう。
(だが、悔いはしない)
それは戦士たる彼らへの侮辱だ。
彼らは戦いの中で勇壮に散ったのだ。きっとそれを悔いはしないだろう。
俺は剣は鞘に戻した。
敵のいなくなった戦場はすっかり静まり返り、風の音くらいしかしなかった。
しかし、油断して良いことなんて何もない。
とりあえず、雪の中から我が家の狙撃手を掘り出さなければ……
「ぶはあっ!」
顔を出した。
どうやら自力で脱出に成功したらしい。好青年風の変身もすっかり解けて、兎の姿でバタバタしている。
「寒っ! おいっ、無事かアーク! 早く掘り出せ! 敵が来たらどうするんだ!」
「もう終わったよ」
「へっ?」
クリフは目の前に横倒しになっている男の足を見る。赤く塗れ、酷い血の匂いを漂わせているそれを。
「うひゃあっ!? これ仏さんかよ! バッカやろう、びっくりさせやがって!」
前足でぺしぺしとパンチを叩き込むクリフ。なお、彼我の大きさの違いにより、特にこれといった影響を与えられていない。
「すまん。今掘り出す」
「あっ、ちょっと、もっとこうスマートにうみゃぁっ!?」
ずぼっ、ぷらーん。
擬音にするならそんな感じで、クリフは雪の中から掘り出され、俺の手の中でぶら下がった。
「パッキャロー! 俺は猟師に狩られた兎じゃねえんだぞ! もっと丁寧に扱え!」
「あー、すまんすまん」
プリプリ怒るクリフの雪をぱんぱんと払ってやり、地面に下ろした。
引っこ抜いた時に脱げてしまったのか、彼は生まれたままの姿だった。
生来のもこもこの毛皮を着たまま、彼は寒そうに身震いし、くしゃみをした。
「まったく、お前は昔っからやることが雑なんだよ! あんなに雪深くに埋めてやがって、俺が灯し火の魔法を使えなきゃ、冷凍うさぎになるところだったじゃねぇか!」
「わるかったな」
「わるいで済んだら、傭兵はいらねんだよ! ほんとに分かってんのか、お前はよぉ!」
全身で感情を表現するクリフをよしよしと撫でる。
どうやら肝心なところで除け者にされた怒りとか悲しみとか、戦場の恐怖と緊張、そこからの解放とかが混ざりあって興奮しているらしい。
昔からこの子は耳と耳の間、人間でいうおでこのあたりを撫でると落ち着くので、そうしていよう。
叫び声がだんだんと小さくなってきたあたりで、向こうから馬蹄の音が響いてきた。ホルストだ。
「アーク!」
「ホルスト!」
「あっ、おやじ!」
「おおっ、クリフもいたか! よかった!」
「よかったじゃねえよ! 普通こういうのは息子が先だろ!」
「お前がちいちゃすぎるんじゃ! 雪に隠れて全然見えんかったわい」
「はあっ!? ちっちゃくねえし! ラビッツの中では平均身長だし!」
「それで、そんなに慌ててどうしたんだ?」
身長について不服そうなクリフを腕に抱え、俺はホルストと後からやってきた親父たちに向き直った。
「わしらの不覚で、こっちに敵の大将を逃しちまってな……といっても、もう討伐済みか。お前らがやったんか?」
「俺じゃねえよ。殆どアークが一人でやった」
「んん? だが、こいつの弾は空じゃぞ?」
「なにっ」
慌ててクリフは駆け寄った。銃を受け取り、薬室を開けて覗き込む。
「アーク! てめっ、勝手に撃ちやがったな!」
「ああ。先制攻撃で頭数を減らしたかったからな」
あと、敵の脅威がどんなもんか知りたかったってのもある。
だが、己の大切な作品を試金石にしたと聞いたら、また怒り出しそうなので黙っていることにした。
「….…こいつ全然悪びれねぇ」
げんなりしたように肩を落とすクリフ。父親のホルストも苦笑いだ。
「何かいけなかったか?」
「……お前の剣を、おやじが勝手に使ったらどうするよ?」
「……? どうするも何も、どうもしないが」
質問の意図がいまいち分からない。
まず、槍使いのホルストがわざわざ俺の武器を使う状況が分からん。
敵に武器を壊されたとか、緊急事態ってことか?
「ホルストなら剣を壊すことはないだろうし、仮に壊れてもまた作ればいい。ホルストの命の方が大事だ」
所詮武器は武器だ。
せっかく作ってくれたものだから大事にしているが、仲間の命には代えられない。
「……そういうこっちゃなくてなぁ……お前もうちょっとこう武器に愛着とかこだわりとか、浪漫とかをよぉ……」
「いや、そういうのは新米が戦場に持ち込んじゃダメだろう。死ぬだけだ」
戦場に浪漫を持ち込んで良いのは熟練兵だけだ。俺たち新米にはまだ早い。
そもそも任務の為に命を賭すのが兵士であり、倒れた仲間は身内であっても見捨てるのが常道だ。武器なんて尚更である。
もっとも俺たちは傭兵だから、仲間も武器も命も大事にする。
補充なんて効かんし、代わりもいない。
団員は家族だ。たとえ血の繋がりなんてなくともな。
「まあ、良いか。とりあえずこいつはまだ試作品だ。お前と違ってデリケートなんだよ」
「なんだ、そういうことか。わかった。勝手に使って悪かったな」
たしかに現状この武器は一品ものの試作品だった。壊れたら彼の研究を後退させてしまうかもしれない。
「頼むぜ。頑丈に作ってはあるが、お前の馬鹿力で棍棒代わりにされたらおシャカになっちまうかもしれねんだ」
「もしかしてたまたま上手く撃てただけで、暴発とかするのか?」
「んなこたあねぇよ! ……たぶん」
「おい」
すっと顔を逸らすこいつの肩をがっしり掴む。
「どうなんだ」
「い、いやその……決まった魔力量と質を守らねえと、中の魔法が暴発するかもしれねぇな」
「他は?」
「ね、ねぇよ。それにこれだって、構造上どうしようもねぇ代物なんだ……」
「そうか……なるべく気をつけてくれよ? 俺たちはともかく、お前が暴発に巻き込まれたら身体がなくなっちまうぞ」
俺の心からの忠告に、こくり、とクリフは頷いた。
俺たち前衛は雷の試練など様々な修練、修行の末にここに立っている。
だから手元で雷が爆発したくらいではどうってことはないが、クリフはそうではない。
本人たっての希望で戦場にいるが、ラビッツはあまり戦闘向けの種族ではないのだ。
「うん、わかっ……って、もとはと言えばおめえが勝手に使ったんじゃねえか!」
「….…そういえばそうだったな」
「そうだったな、じゃねえよ!」
俺たちがそんな呑気な会話をしていると、村の方から親父がやってきた。
どうやら村を完全に制圧したらしい。
槍を下げ、兜を取った親父が馬から降りる。
「こっちも終わったようだな。アーク、クリフ」
「ああ」
「はいっ!」
親父は俺と、足元でぴんっと背筋を伸ばすクリフを見て、安心したように笑った。
「よくやった」
そう言って親父は俺の肩を叩き、クリフの頭を優しく撫でた。
目を細めて撫でられているクリフを見て和んでいると、山賊たちの装備の回収をしていたアシッドから声が掛かった。
片手を上げて、それに応えた親父の背中を見ていると、脛にぼすっと衝撃が走る。
「へへっ、やったなアーク!」
「そうだな」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びをあらわにするクリフほどではないが、俺も感慨深い。
俺たちが無事でほっとしたような、そうまでして戦場に出てくるとは仕方ない奴め、と苦笑しているような不思議な感じの笑みだった。
「まあ、いいさ。俺たちも行こう」
「おう!」
雪の中を素足でうろつくのは冷たそうなので、彼に腕を貸す。
クリフの方も慣れたもので、腕を伝ってひょいひょいと肩に登ってくるのだった。
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