第9話

 リディアの説明通り、三角ベースという球戯はそれほど難しいものではなく、寧ろ勝負好きな騎士隊員たちの少年心を刺激し、それはそれは白熱した。


「ニコラス! そっちに飛んだぞ!」

「任せてください!」


 初めこそぎこちなかったものの、その都度ルールを教えられながら試合を進め、覚えさえすれば運動神経に優れた隊員たちは難なく試合を進めてゆく。

 投げては打ち、打っては走るの攻防戦を繰り広げ、そして迎えた四回表。攻撃側であるゲオルク組のユースが打ったボールは、投手の頭上を越え、一塁三塁間を放物線を描いて飛んで行く。打者が一塁へと走り出し、一塁にいた走者もまた三塁に向かって駆け出す中、三塁を守っているノルトルドは、中間の外野についているニコラスに声を掛けた。

 身体能力に長けた騎士隊員は自身に向かってくるボールを見逃すことなく空中で捕らえ、強肩を披露し三塁に送る。

 ノルトルドの手のひらに飛び込んできたボールを滑り込んできた走者にタッチすると、ホームの外から審判役のリディアが「ツーアウトー!」と、大きな声を張り上げた。


「おいおい、なんでツーアウトなんだよ。嬢ちゃん」


 現在3-5と劣勢のゲオルクがリディアに突っ掛かると、彼女はうんざりとした表情で彼にルールを説いた。


「もう! さっきも言いましたよ。打者が打ち上げたボールを、地面に落とすことなく捕らえることができればアウトなんです。それに走者が三塁に到着する前にボールをタッチされた場合もアウト。だから今のはツーアウトです」

「むう…」


 納得いかないとばかりに子供のように唇を尖らせ、眉間にシワを寄せるゲオルクの様子に、ノルトルドを含め数人がこっそりと溜息を吐いた。なぜならさっきから何度もゲオルクが審判に物申すものだから、なかなか試合が進まないのだ。

 ライオネルの時間が限られていることもあり、試合を五回戦と決めているので、四回戦目での三点差は大きく、ゲオルクは目に見えて焦っている。

 しかしここで打席に上がったのはライオネル。彼は子供なためにいくつかの特別ルールが設けられており、彼が打者の場合は投手は利き手と反対の手でボールを投げなくてはいけないのだ。

 大きなバットを短く構えて打席に着いたライオネル。明らかにバントを誘う姿勢の彼に、ノルトルド組の投手ハインリヒが肩をぐるぐると回した後にアンダースローで投球した。

 ボールは緩い弧を描いて、ライオネルへ向かう。彼のストライクゾーンは狭いが、絶妙なコントロールで捕手が指示した場所に飛んで行く。―――が、捕手がボールを捕らえる前に、ボクンと鈍い音を立て、ボールは叩き落された。


「殿下ーっ、全速力です!」


 重いバットを投げ捨てたライオネルは、一目散に一塁を目指す。その後ろ姿を捉えつつも、捕手は急いで利き手じゃない方の手でボールを拾うと、一塁を守るフリオに送球した。


「おわっ、すまん!」

「うわわっ!」


 焦ったせいで暴投となり、ボールは明後日の方向に飛んで行く。フリオとニコラスが共にボールを追いかけているうちにライオネルは一塁から三塁へと走り出した。


「殿下ぁ! いいですよ! そのまま駆け抜けてください!」


 子供の体力は遊びに関しては無尽蔵。スピードを落とすことなく三塁へと駆けるライオネルの背後では、フリオが拾ったボールを三塁で待ち構えるノルトルドへ投げた……はずだったのに、運が良いのか悪いのか、ボールを追って前に出ていたニコラスの側頭部に当たり、まったく違う方向へ転がっていった。


「ぐあ!」

「わーっ!」


 再度フリオがボールを追いかけたが、拾った時にはライオネルはすでに三塁に到達しており、ハアハアと上がった呼吸を整えていた。

 

「殿下ー、ナイス安打でーす!」


 リディアが声を張り上げると、ライオネルは満足そうに彼女へと手を振った。


(…なんか面白くないな)


 嬉しそうに歓声を上げるリディアの姿に、ノルトルドは無意識に胸の内で舌打ちした。

 まだ優勢とは言っても、まだ先が読めない状態の四回表ツーアウト三塁。このままこの回を無得点で押さえられたなら、次の回の攻撃で点を稼げなくとも、五回表でゲオルク組に加点を許しさえしなければ、コールド勝ちで試合終了だ。

 今回は宿敵であるリディアが参加してはいないが、審判を名乗っているにも拘らず、どちらかと言うとライオネルのいるゲオルク組を応援している。

 彼女があちらに付くのなら、こちらは意地でも負けるわけにはいかないと、もともと負けず嫌いのノルトルドの勝負魂が更に燃え上がった。

 たとえ自国の王子といえど、手を抜くことは一切しない。


「殿下。これは真剣勝負ですから、手加減はいたしませんよ」

「もちろんだ。遊びといえど、男同士の勝負だからな。少しでも手を抜いたら、城の真ん中で”フクワライ”を披露するぞ」

「なっ、……畏まりました」


 ニヤリと子供とは思えないニヒルな笑みを浮かべて告げられたライオネルの脅し文句に、ノルトルドは一瞬言葉に詰まった。

 性悪キツネの影響を感じずにはいられない脅迫に、些か頭が痛くなったが、ともあれこれでゲオルク組を叩きのめしても問題はない。彼は未だ呼吸の荒いライオネルのやや乱れた頭頂部をちらりと見た後に投手のハインリヒへ目配せすると、彼はこちらの意を察したらしく神妙に頷いた。

 そして次の打者はゲオルクだ。彼はブウンブウンとバットで何度か素振りをした後に打席に入ると、本塁打ホームランの暗示なのか一度バットの先で訓練場の向こうを指してから、これまでの数回でしっかり身についたフォームでバットを構えた。


「よっしゃあ、こい!」


 大きな声で気合を入れたゲオルク。ハインリヒはゲオルクの向こうで構える捕手と合図の交わし、そしてボールを大きく振りかぶった。


「ボール!」


 緩く弧を描いて捕手に受け止められたボールは、僅かにストライクゾーンを外れた。

 捕手から返されたボールを手の中でギュっギュッと握り込んだ投手が、再び打者に向かってボールを振りかぶる。

 普段は重い槍を投げている剛腕のハインリヒから繰り出されるボールは速く重く、待ち構えるゲオルクへと飛んでいった。


「ここだぁ!」


 その優れた動体視力で見逃さず、グッと腰を落として振ったバットに、ガツンと固い音を立ててボールが当たった。

 鋼の大剣ですら軽々と振り回すゲオルクはそのままバットを振り抜くと、一塁へと走り出す。


「ウォーリー! そっちへ行ったぞ!」


 ノルトルドの指示が響く中、ボールは大きく弧を描き、どこまでも飛んで行く。

 一塁の外側で守備についていたウォーリーがボールを追いかけている間に、ゲオルクは一塁を回り、三塁へ。そして三塁にいたライオネルは悠々と本塁を踏んだ。


「ゲオルク組一点追加しました! 4-5です!」


 興奮気味のリディアの叫び声を聞きながら目で追っていた打球は、ウォーリーが全力で追いかけた甲斐もなく、訓練場を越えて塀の向こう側へと落ちていった。


「ホームラン! 走者ゆっくりとホームを回り、たった今、本塁へと戻ってきました!」


 とうとう5-5と点が並んでしまった。

 ライオネルや仲間たちと手を叩き合って喜んだゲオルクは、普段よりも眉間にシワの多いノルトルドの顔を見た途端、見下したような嫌な笑顔を浮かべた。


「…まだまだこれからですよ」


 闘争心を燃え上がらせながら、ノルトルドは拳を握り締めてそう呟いた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

変わり者メイドが気になる堅物副隊長様 nobuo @nobuo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ