第8話
「さて、今回は”三角ベース”という球技ですが、ルールは簡単です。交互に攻守が入れ替わり、攻撃側となる打者が防御側の投手が投げたボールをこの特製の棒”バット”で打ち、競技場の三地点を一周回れば一点が入ります」
リディアが小石を使ってガリガリと地面に簡易な図を描きながら説明する。
バットという木製の棒は不思議な形で、一方は細く先端が丸い瘤のような形をしており、もう一方は緩やかに太くなっている。
「樫の木か? それに随分と変わった形だな?」
「はい。実は庭師のドナルドさんに家具職人を紹介してもらい、こっそり準備しておりました」
受け取ったバットを繁々と見つめるゲオルクの問いに、えへん! と自慢気に胸を不張っているが、そのこっそりはもしかして仕事中ではなかったのか?
ノルトルドが訝し気に凝視していると、視線の意図に気が付いたのか、彼女は空々しくクルリと体の向きを変え、あからさまに背中を向けた。
「聞いている分には簡単そうだが、本当にそれだけなのか?」
「まあ大体は。攻撃側が三回得点に失敗すると攻守が入れ替わるとか、あまりメチャクチャなところにボールを投げると悪球として数えられ、それが四回繰り返されると押し出しと言って打者はファース…一塁に移動するとかもありますけど」
「一塁?」
「この三角形の競技場で、打者が立つところが本塁、右手斜め先が一塁、左斜め向こうが三塁です」
「??? 二塁はどこだ?」
腕組みをして首を傾げるゲオルクに、リディアは薄く苦笑した。
「この球技、本来は”野球”と言って、競技場も三角ではなく四角なのです。ですが子供たちが狭い場所でも遊べるように縮小したものが、この二塁を省いた三角ベースなのだそうです」
「”なのだそうです”? これはキツネが考案したんじゃないのか?」
語尾が気になったノルトルドが訊ねると、彼女はひょいっと肩を竦め首を振った。
「まさか。昔弟が少年野きゅ…じゃなくて、この遊びを近所の子供たちとよくしていたのです」
「弟御が近所の子供たちと?」
ノルトルドの眉がピクリと動く。”近所の子供たち”というフレーズが妙に引っ掛かった。
「ま、まあそんなことはどうでもいいじゃないですか。それよりも殿下の時間もあまりないのですから、とりあえずやってみましょう!」
急き立てられるように開始を促され、些か腑に落ちないながらもノルトルドたちは三角ベースとやらを始めることに了承した。
「まずは二組に分かれますよ。せーのでグーかパーを出してください」
「ぐーかぱー?」
隊員の一人が疑問を口にすると、リディアは両手を顔の高さに持ち上げた。
「これがグーで、これがパーです。二組が同数になるまで続けます」
「なるほど。ぐー組とぱー組に別れるわけか」
「はい、ではさっそく。せーの! ぐっとんぱ~で分かれましょ!」
「「「「「は?」」」」」
突然おかしな歌を歌いだしたことに疑問を感じつつも、場の雰囲気に押されて皆が一斉に手を出す。ノルトルドは開いた手を出したが、人数が人数なだけにやはり一度では決まらず、四度目でやっと組み分けできた。
「殿下は…」
「ぐーだ」
「グーのチ…組ですね。えっと、一緒の方はどなたですか?」
「俺だ」
まだ手をグーにしたままキョロキョロと大人たちを見回しているライオネルの隣で、リディアもグーの組の者を探している。するとゲオルクとグーを出した者たちがが拳を見せながら彼らに近寄っていった。
「よろしくたのむ」
「は。殿下のためにこのゲオルク・サウスベルト、必ずや勝利すると誓います」
ライオネルに期待のこもった眼差しを向けられたゲオルクは、芝居がかった仕種で大袈裟に敬礼し、恭しく頭を下げた。
ちなみにノルトルドはパーの組だ。そしてリディアは審判役のため、試合には不参加らしい。
「では組み分けできたので、これから試合をいたします。先攻を決めてください」
「そちらが先行でいいですよ」
「お? 余裕じゃねぇか。ルド」
様子を見るために先攻を譲ったのだが、ゲオルクやライオネルを含めたグー組は挑発と受け取ったようだ。グー組一同は闘争心を漲らせ、ふんすふんすと鼻息を荒くしている。
「よっしゃ、あのスカしたバツ野郎をコテンパンにしてやろうぜ!」
「「「おー!」」」
意趣返しだろうか。先日かいたばかりの赤っ恥を掘り返され、ノルトルドの
「せいぜい今のうちに騒いでおいでなさい。後になって肩を落とすのはそちらなのですから」
ふふんと鼻で笑いメガネのブリッジを押し上げる。レンズ越しに目を細めれば、ゲオルクの下瞼がひくりと痙攣した。
「おーお、よく言った! おい嬢ちゃん! さっさと試合開始だあ!」
ゲオルクの雄叫びと同時にグー組たちはのっしのっしと鍛錬場…いや、今は競技場の中心へと歩き出す。が、少しするとピタリと立ち止まり後ろを振り返った。
「…で? どうするんだ?」
「「「「「…」」」」」
彼の間抜けな一言に、みんなが半眼となったのは言うまでもない。
微妙な空気になった場に、コホン! とリディアの咳払いが響く。ぐるりと首を巡らせて皆の視線が集まったことを確認した彼女は、ボールを掲げて声高に叫んだ。
「では、試合を開始いたします!」
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