第7話
ハネツキの一件以降も、ノルトルドとリディアの攻防戦は飽きることなく続いており、最近では日常になりつつある。
なんの偶然か、毎回絶妙のタイミングでライオネルの”遊び”の場に行き合うため、実はノルトルドがわざと時間を合わせてリディアに会いに行っているのではないかという噂まで出るほどだ。さすがに本人に確かめる強者はいないようだが。
まあそんな感じなので、ライオネルをはじめとする城の者たちはすっかり慣れ、また始まったと生ぬるく見守っている。
「それで真相はどうなんだ?」
「全くのデマです。事実無根です」
鍛錬場にて木剣を手に隊員たちの訓練する様子を監督しながら、揶揄う気満々のいやらしい顔のゲオルクに、眉一つ動かさずすっぱりと否定を返したノルトルド。
そんな部下の反応に面白くないと文句を言いつつ、ゲオルクは楽し気な眼差しでノルトルドを見ている。
「なんです? その気持ちの悪い目は」
「いやいや、お前に恋の話が立つなんて思ってなかったよな」
「ですからデマだと言っているでしょう!」
「はっはっは、わかったわかっ…うおっ!」
いい加減イライラしてきたノルトルドが木剣で斬りかかると、ゲオルクは慌てて後ろに飛び退いた。
「急に危ないだろう!」
「あなたが油断しているのが悪いのでしょう。ついでにその緩みきった頭と顔を鍛え直して差し上げますよ」
「言ったな! よし、いっちょやるか!」
挑発するとゲオルクの野性味あふれる太い眉が吊り上がり、ニヤリと歪められた口元には尖った犬歯が覗く。
ご機嫌で隊員たちに場所を開けるよう指示した彼は、顎をしゃくってノルトルドについてくるよう合図した。
「副隊長様のお手並み拝見といこうか?」
「ふ…吠え面かかせてやりますよ」
ゲオルクが木剣を左上から右下へと振り抜くと、ひゅんっと空を斬る音が心地よくノルトルドの闘争心を煽る。
メガネのブリッジを押し上げたノルトルドは、ゲオルクの待つ中央へとゆっくり歩いて行く。隊員たちの期待の眼差しを受けながら木剣を構えると、ゲオルクもまた肩に担いでいた木剣の切っ先をノルトルドに向けた。
「かかってきな」
*
二人の動きには一切の無駄がない。まるで剣舞のようだと誰かが呟いた。
始めの合図と同時に木剣同士のぶつかり合う固い音が周囲に木霊する。
「僅かに動きが鈍いようですが、年のせいでしょうか?」
「ぬかせ。俺ぁまだまだ現役よ!」
交えた剣越しに挑発すると、ゲオルクの琥珀色の瞳がギラリと輝いた。
力任せに後ろへと押し退けられ、剣が離れた瞬間、右下から斜めに剣先が鼻先を掠めた。
「油断してると痛い目を見るぜ」
「っ!」
ノルトルドはヒリつく鼻の頭を袖で拭い、チッと舌打ちして木剣の束を握り直す。
「油断しているのはあなたの方ではないです…か!」
目にもとまらぬ速さで斬りかかったノルトルドの剣は当然のように阻まれる。が、それも読み通りとばかりに刀身を滑らせて相手の力を逃がすと、返す手で横薙ぎに剣を繰り出す。
「おっと!」
木剣の先が微かにゲオルクの胸元を掠りはしたが、ダメージを与えるには遠く及ばず、ノルトルドはそのまま勢いに任せて体を回転させると、ゲオルクから突き出された切っ先を弾き返す。
そして一瞬の猶予もなく大きく踏み込むと、ゲオルクの喉元をめがけて剣先を突き出した。―――が、的を捕らえることはできなかった。
ノルトルドの攻撃を難なく躱したゲオルクは低く腰を落とし、下方からノルトルドの剣を上へと叩く。スピードでは勝っていても体格や経験からくる力の差は大きく、強烈な衝撃を抑えきれなかったノルトルドの木剣は弾かれ、手を離れて頭上高くに打ち上げられたそれはひゅんひゅんと高速で回転し、落下して鍛錬場の地面に突き刺さった。
「勝負あり!」
審判役の隊員が勝敗を告げる。もちろん勝者はゲオルクだ。
「はあっ…はあっ………くそっ」
隊員たちの興奮した歓声の中、あがった呼吸を整えながらノルトルドは衝撃で痺れた指先を忌々し気に見下ろし、握っては開きを繰り返す。
「よう、いい一戦だったな。お前また速くなったんじゃねぇか?」
「…そうですか」
地面から突き出た木剣を引き抜いたゲオルクが、呼吸を乱した様子もなく近づいてくると、清々しい笑顔でいい戦いだったと褒める。そんな上司を憎らしく思う反面嬉しくもあり、ノルトルドはムスリと不貞腐れた顔でメガネのブリッジを押し上げた。
場の興奮が落ち着いてきた頃、ふと鍛錬場の端からパチパチと控えめな拍手が鳴っているのに気が付き、二人は同時にそちらへと目を向ける。するとそこには専任の護衛を伴ったライオネルと、彼の背後には数人の側仕えたちとリディアの姿があった。
「殿下。このような場所へおいでになるなど、いかがいたしましたか?」
ノルトルドを含めた隊員たちが慌てて頭を下げる中、ゲオルクは普段のガサツな口調ではなく、臣下らしく至極丁寧な所作でライオネルに来訪の目的を訊ねた。
「急に押し掛けてすまない。だがリディアが教えてくれた遊びをするのに、少し開けた場所が必要で」
「いつもの中庭ではダメなのですか?」
「……窓を割ってしまってな、その、爺に叱られたのだ」
視線を逸らし、言い難そうにもごもごと白状するライオネル。
聞けば今日の遊びは布を大人の拳大に丸めた”ボール”なるものを、木の棒で打って点数をつけるというものらしい。
柔らかな布で作られているのだからぶつかっても大丈夫だろうとリディアは考えていたそうだが、意外にもライオネルの打力はすさまじく、ものすごいスピードで飛んだボールは運悪く城の窓に当たり、貴重な硝子を一枚割ってしまったため、彼が爺と呼ぶ侍従長に散々叱られたらしい。
よく見ればリディアの様子はいつもの図太い態度は鳴りを潜め、些かしょんぼりと肩を落としている。…感じがする。
「そういうわけで、もしよければ少しだけ場所を貸してはもらえないだろうか? いや、そんなに長い時間ではない。ボクが遊べる時間はあと半刻ほどだから」
懇願するような眼差しで返答を待つライオネルに、ぞりぞりと顎髭を弄びながら思案していたゲオルクは、なにを思いついたのかニヤリと口角を持ち上げると、徐にしゃがみこんでライオネルと視線を合わせた。
「いいですよ殿下。でも条件が一つだけ」
「条件?」
「ええ。その遊びに我々も混ぜてください」
「!」
条件と聞いて一瞬不安そうな顔をしたライオネルは、ゲオルクの申し出に一転して表情を明るくさせ、嬉しそうにコクコクと頷いた。
そんな彼らの遣り取りをまるで母親のように微笑ましく見つめているリディアのことを、ノルトルドは不思議な気持ちで見ていた。
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