第6話 朝の時間 音楽の力を借りる

その日、発達した低気圧が日本海側に雪を降らせた。その影響で冷たい空気が関東地方にも吹き込み、彼女の住む街も夜明け前にはかなり冷え込んだ。


彼女は、就寝前には必ず 翌日の天気と気温を調べる。そして、着て行く衣服の準備をするのが習慣になっていた。


勿論その日も準備万端整えた。

最高気温8℃、最低気温が明け方3℃の予報だった。


防寒下着+ハイネックのTシャツ+少し厚めのセーター。ボトムスは温感タイツ+温感スパッツ+スラックス。

玄関には、ショートブーツを出しておいた。

念のため、バッグの中には使い捨てカイロもしのばせた。


さらに、明け方気温が著しく下がる予報だった為、用心してパジャマの上に流行りのモコモコした肌触りのルームウエアを着て布団の中に入った。


彼女の寝室は、窓がない所謂 中部屋なので、余程のことがない限り冷え込むことはないはずである。


布団をかぶり、スマホのラジオ音声サービスで馴染みの音楽番組を選局した。

いつものナビゲーターの落ち着いた声が聞こえる。


「音楽の世界へようこそ。今宵のテーマは『冬』です。」


最初に、ヴィヴァルディの協奏曲 四季『冬』第一楽章が流れてきた。ヴァイオリンのソロの辺りは凍てつく風が吹き荒れるように聴こえた。


続いては、ショパンのエチュード『木枯らし』。乾いたピアノの音。ことに右手で奏でる分散和音が頭の中でこだました。


そこまでは記憶がある。


☆〜☆〜☆


まるで冷蔵庫の中にいるような寒さで目が開いた。


つけっぱなしになっていたシーリングライトが眩しい。音楽を聴きながら寝落ちしたのだと認識した。


あまりの冷えに、寝入り端に聴いた 曲のハイライトシーンが蘇ってきた。


思わず布団の中で膝を抱えるようにして身体を丸めた。


現状打破するために、サイドテーブルの上にあるヒーターのリモコンへ手を伸ばしてタッチした。


ヒーターの設定温度が赤く表示され、次の瞬間温風が吹き始めた。


布団から手を出したのはほんの一瞬。すぐに布団の中へ戻した。


少し落ち着いたので、やっとドレッサーの上にある 旅行用の携帯目覚まし時計を見る気になった。

針は四時ちょうどを指していた。


実は、この時計の時間は少し進んでいる。確か、7分ほど進んでいたはずだ。


ドレッサーの隣にあるチェストの上には、正確でおしゃれだが、時間が見づらいスケルトンタイプの時計がある。


本体がクリスタルでできていて、金色の歯車が透けて見える。


デザインに惹かれて購入したのだが、ローマ数字が、表面のクリスタルに描かれていて、針が内部に収まっているため、角度によっては反射して時間を確認しづらい。


そんなわけで、補助的にトラベル用の時計も置いているのだが、こちらは時間が常に進みがちだ。


クリスタルの時計の時間は、トラベル用に比べ やはり7分程遅れている。


そうしているうちに、部屋が設定温度に近づいたのか、やっと起き上がる気持ちになった。


心の中に、グリークのペールギュント組曲『朝』のオーボエのソロが流れた。


靴下を脱いだ時、踵がざらついているのに気がついた。


彼女は風呂上がりにクリームを塗るのを習慣にしているが、手入れが追いついていないのを悟った。


次の瞬間、スマートフォンを持って、フットケア用品を検索し始めた。












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