第4話



「なんで私を……好きになってくれたのでしょうか?」


 緊張しすぎて直球になりすぎた言葉に、私自身が固まった。


 やっと聞いてくれるんだ、と櫻井は小さな声でそう言った。


「中二の時に一回会ってんだよね」


「嘘、どこで?」


「水泳部の試合で。友達の応援にたまたま行っててさ。そん時オレ髪長かったし、ちょっと色も抜いてたんだよ」


「覚えがない」


「すれ違っただけだから」


 それ会ってない! という私の文句に櫻井は笑った。


「でも、水澤はオレの事見てたよ。見て、隣にいた女の人に『何に反抗してるんですかね』って言った」


「あー…… あれ?」


 それに関しては、なんとなく覚えがあった。


 仲の良かった先輩と、お弁当を取りに行ったときに確かにそんな男の子を見た気がする。


 先輩の格好いいねと言う感想とは裏腹に、中学生でそれいいのか?っていうくらいの茶髪で明らかに浮いていた彼を見て、私はただ、ああ、反抗してるんだなと思ったからそう呟いただけで。


 聞かれていたのか、本人に。


「口が過ぎて、ごめん」


 陰口のつもりはなかったにしろ、良い気はしなかったはずだ。私は櫻井に謝った。


 でも櫻井は、笑った。


「それ聞いた時に、なんかオレ腹が立つより、すーっごい恥ずかしくなっちゃって。子供ですねって言われた気がしてさ」


 私は戸惑っていたけれど、とても楽しそうに話す櫻井に、無言で頷くしかなかった。


「それから、すぐ髪を切りに行った。そんで、そん時反抗しまくってた父親に、オレは自分の思った通りに生きたいんだ! って宣言した。って言われても意味わかんないと思うけど。当時のオレにとっては一大決心だったわけよ」


「私の一言がそんな大事に……」


櫻井は可笑しそうに笑った。


「そうそう。大事だよ。生き方変えたからね。でもそのお陰で親とは話し合う事が出来たし、人生を選ぶチャンスを得られた。それで、この高校に入学してしばらくした時に、水澤を見つけたんだ」


「一年の冬じゃなくて?」


「うん、違う。嬉しくなってすぐに話しかけようとしたんだけど、水澤の放つ寄ってくんなオーラにどうしようかずっと考えてた」


「寄ってくんなオーラなんて出してないよ」


「それにいつも昼休みになると、水澤消えるし。なんかイライラしながら探してた」


「ストーカー?」


 また櫻井は大きな声で笑った。よく笑うな、ホント。


「男なんて、皆こうだって! 気になったらどうしても探すし、見つけられなかったら、関係ないのに感情が揺れたり」


「……それはわかる」


「でしょ。そんで、ここに来てる事がわかって、どうしようもなくなって声を掛けました。まさか、こんなにも振られ続けることになるとは思わなかったけど」


 そう言いながら首を傾げる櫻井に、私は不覚にもどきりとした。


「さて、水澤? オレが好きになった理由というか、きっかけを話したわけだけど。何か気持ちの変化があったわけ?」


 意地悪くそう聞いてくる櫻井に、私はうっと言葉を詰まらせた。


「別に……、ただ聞いてみただけ」


「そうなんだ?」


「……そう」


 いつもの通りに、そっかーと流す櫻井の顔は、いつもより楽しそうに見えたのは、見間違いではないだろう。



 私達はまた何でもない話をして帰った。


 



 だけどこの日を境に私の心は大きく変わった。



 


 


 固く閉ざしていただけの蕾は、 咲く時期を待ちながら、花を咲かせる準備に取り掛かる。


 それはきっと、とてもゆっくりとしたペースで。


 私の胸の中で、いつか櫻井の笑顔を糧に花は咲くのだろうか。



 


 そして私はその日を少しだけ楽しみにしながら、櫻井の待ついつもの場所へと今日も向かう。


 大丈夫。


 私の蕾は枯れてない。


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蕾、開く 冬野さくら @fuyu-hana

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