第3話
次の日は雨だった。
今日は雨が降っているので、昼休みは教室で過ごした。友達との会話も好きだし、仲のいい子だっている。だけど、何となく物足りなかった。
私はその理由を、考えないようにした。
五時限目を迎えた頃に雨はひっそりと上がった。
私は放課後になるのを待って、いつもの場所へ向かう。
居た。
櫻井が、猫足のベンチに座っている。
私の靴が砂利を踏みしめて、音を鳴らした。
櫻井がこっちを見て、笑顔で手を挙げる。
「お疲れ。六組はほんと遅いよなー」
何となくどこかがフワッと暖かくなる。
「雨降ってたのに」
私達は待ち合わせをした事が一度もない。
「止んだよ」
「……止んだね」
突っ立ったままの私を、櫻井は笑顔で手招きした。
そして私は、水滴の残っていない猫足のベンチに座った。
櫻井のこういう気遣いは、素直に素敵だと思う。
「水澤」
「なに?」
「オレ、水澤の事好きだよ」
「……ありがとう」
いつもと様子の違う櫻井に、私はどうしていいかわからず目を伏せた。
「そろそろ聞いていい?」
「え?」
顔を上げると櫻井と目が合った。
「理由」
私は戸惑った。正直あまり人に話したくはなかったから。
だけど櫻井の真剣な表情を見て、話す事に決めた。
「ごめん……興味がないわけじゃないんだ」
櫻井は黙ったまま、私をじっと見ていた。
私しか映っていない櫻井の瞳に、怖じ気づきそうになる。
「……ただ、前に進めなくなっただけで」
「うん」
低くて優しい声だなと、場違いだけれどそう感じた。
「初めて好きになった人で……私どうしたらいいかわからなくて、可愛がってくれてた先輩の女の人に相談してた」
なんか言葉が重くてうまく話せない。
からだが中心に向かってぎゅっと何かに引っ張られるような感覚がある。
「でもそのうち、二人が付き合って。で……えーと。それからその時の重い気持ちだけが、ずっと胸に残ってて……」
話してしまった。
そんなことでって笑うかな。
よくあることって。
そんなことでも。
幼くても。
傷はつく。
……櫻井は、黙ったままだ。
私は目の前の、名前を知らない木を見た。
閉じたままの蕾が沢山ついている。
「あの木、みたいな蕾がね。開くことが出来ないままで。胸の中からなくならない。花なんかもう咲かないのに」
私の目線を追って櫻井も目の前の木を見つめたような気配がした。
私はさっきから櫻井の顔を見ることが出来ないでいる。
この場所での沈黙を、不安に感じたのは初めてかもしれない。
「オレさあ」
心臓が跳ねそうになった。
「蕾って必ず咲くと思う」
「え?」
「生命力、なめるなよ」
私は櫻井を見た。
櫻井は少し笑みを浮かべた表情で、じっと目の前の木を見ている。
「……何で咲くって思うの」
「きっと蕾は自分の生きやすい時期を選んで咲くんだよ。硬い殻で自分守って、その間は綺麗に咲く準備を中でちゃんとしてる。咲くことしか考えてない」
「なんか本当みたいに聞こえる」
私は思わず笑った。
「本体さえ元気なら、何も問題なんかないんだよ。だから水澤の蕾も咲く時期がまだ先なだけで、絶対咲く。水澤の心はちゃんと元気だろ?」
私は呆気にとられた。
私の心が元気?
あんなにしんどかったのに。
「でもまだ思い出すとしんどいよ」
「枯れてないんだろ? 蕾」
「枯れてはない……と思う」
「ならまだ生命力あるよ」
そうなのかな。
先輩を好きになってできた蕾は、また別の気持ちを糧に花を咲かせる事が出来るの?
本当に?
――私は今まで一度も聞かなかった事を聞いた。
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