第一章 蒼の世界

かつて創造主が最初に創った3つの世界の一つ『蒼の世界』。そこは神々や不老不死者たちが住む不思議な世界。そして創造主が住まいとしている世界でもある。そして蒼の世界を統治しているものは神風抄国界生まれの最古の神の一人、かつては人間だった男である。

「はてさて…俺が神風抄国を放置している間にまさか不老長命やらあの禁断の異能で不老不死者が数多くいる状態になっているとはな…。誤算もここまでくると呆れしかでないな」

男が纏うのは黒地に赤で縁取りが施された軍服に白いマント。ゆったりと玉座に座り神風抄国界の様子を視ていた。この男の名前は蒼天華 凛珠。かつて神風抄国界で生まれ、玉京国を創った男。そして現在はとある事情から神となり、創造主から蒼の世界の統治を任されている。そしていま、主たる創造主の命により神風抄国界の懸案を考えていた。それは、

「…さて、この状況はどうしたものかな。あの当代の国王の后妃は邪魔だな。あの異能でこれ以上あの世界で不老不死者を増やされては困る。本来ならば朱稀乃 諒祈を派遣してやりたいが…まああいつのことだ。これ以上は勘弁してほしいと言うだろう。蒼神の方の戦闘技術の師匠をやらせたしな。だいたい千尋が納得しないだろうな。その場合だと…さて、誰が適任か」

ぱらりと凛珠は紙を捲る。神風抄国界に送り込める人物のリストである。しばらく紙のめくる音だけが響く。そして

「ふむ…諒祈の弟子で、千尋もこいつは使い勝手がいいと言っている、けれども『黒白の一族』とは名乗れない『桜ノ宮 樹』か。この駒をあの世界へと向かわせるか。そして当代の神風抄国の国王がした世界改変の失敗とあの世界の秘密の暴露、そして蒼神の当主をあの国の玉座に座らせるためにはこいつが最適だな。後々会わせるよりはいまのうちに会わせておいて仲間意識を持ってもらいたいな。選ばれし13人のうちの最後の『ヴァリムフェリアーデ』の一人。既にあの世界には12人集結済みだ。よし、こいつにしよう」

そういうと凛珠は椅子から立ち上がり、親友の狭間 千尋以下の凛珠の廷臣たちへと伝えるべく部屋を出て行った。



 

蒼の世界王宮天陽城、そこにある朝議の間にて10人ほどが集まっていた。玉座に座るは蒼天華 凛珠、その横に立つのは宰相の狭間 千尋、そして朱稀乃 諒祈、ヴィクトリア・フォン・ヴェケンシュタイン、レイン・ディー、そして他には桜ノ宮の当主、紅陽家当主、葉月家当主、凛珠の后妃たる葉月 燈華、そして凛珠の『駒』として指名された桜ノ宮 樹がいた。樹は緊張していた。千尋から連絡がいき朝議の間に来いと言う命令が出たからだ。

「あの…陛下。俺を呼び出した理由はなんでしょうか…?」

樹はそうそうたる顔ぶれの中で恐る恐る言った。

「お前を呼び出した理由は、お前に最古の世界の一つたる『神風抄国界』に行ってもらうという事を我らの主がお決めになったからだ。お前にはあの世界に行ってもらい、当代の神風抄国の国王を国王の座から引きずり下ろすという事をやってもらいたい。あちらにいる異能持ち達と一緒にな。それがお前のやるべき仕事だ。まあでもあちらの異能持ちたちがお前のことをどう思い、どういう扱いをするのかはわからないが。…………先に言っておくが、当代の蒼神家の当主は恐ろしく頭がきれるぞ。嘘など通じると思うな。あの当主は歴代で初めてでた異能の持ち主でもある。その辺りを注意せねば、お前は消されると思え」

淡々とした様子で凛珠が言った。邪魔者は徹底的に消すというのが当代の蒼神の当主だ。恐ろしく頭がきれるゆえ、国のためならば自分の手を汚すことも辞さない当主。……まさかこの長い年月の中でまた凛珠と同じような人物が現れるとは思っていなかった。千尋も、凛珠も、そして凛珠の玉京国時代の廷臣たちも。

「我らの主にお前がいいのではないかと上申したところお前が最適だという判断を頂いた。お前にはあちらの世界にいる『12人』の特殊な異能持ちに会いに行ってもらう。まあそのうちの二人はお前とて名前を知っておろう…桜花 亮と蒼刻 真。蒼の世界の異能持ちの家系の直系だ。あの二人には既に先行して神風抄国界に行ってもらっている。お前がいけば、『13人』の特異な異能持ちが揃う。俺達の目的遂行のための駒が全員な」

その言葉に樹が尋ねた。

「目的遂行のための駒……?」

その言葉に千尋が言った。

「お前はまだ知らなくてもいいことです。凛珠、うっかり口を滑らすなとあれほどいったではないですか。まだそうと決まったわけではないと主も言っておられたでしょう」

千尋はそう言うと、持っていた羽扇を凛珠の顔面にベシっと当てた。かなり痛かったらしく凛珠は顔をおさえながら言った。

「………まあそうだな。あと桜ノ宮 樹、お前に尋ねたいことがある」

その言葉に樹は姿勢を正した。

「お前は、一国の王が一人の女のために玉座に座り、国を動かしていることについてどう思うか?」

その言葉に樹はいった。




樹が辞去の挨拶をして朝議の間から出て行ったあと、桜ノ宮の当主が恐る恐るといった様子で言った。

「陛下…よろしいのですか?『桜ノ宮』はあの世界とは相性が悪い。当代の蒼神の当主と国王の負担が増えるのではないのですか」

その言葉に凛珠は言う。

「その程度の苦労はしてもらう。特に国王の方はな。………一人の女のために政治をする国王なんざ俺は認めん。なんのために神風抄国の初代国王が俺の子孫たちが担ってきた役目を11家に分散させたと思っている。領土を広げ、戦争に邁進し、一人の女のために政治を動かす者など俺は認めん。当代の蒼神の当主に玉座を渡したほうがましだ。できれば俺が直々にあちらの世界に戻って玉座についてやりたいが、主の命で俺がこの世界の玉座についていなければやばいということも事実だ。……それに桜ノ宮の当主よ、もしかしたら樹は当代の蒼神の当主の運命を変えてくれるかもしれん。樹を選んだのは我らが主だ、俺が推挙したとはいえな。あちらには蒼刻 真とエルンスト・クォーツがいる。もしかしたらあの世界の秘密と過去をいくらか変えられるかもしれん。あとあの世界の寿命もな。もうそろそろあの世界の寿命が尽きる頃合いだ。戦争を繰り返し、王家の直系たちが少なくなりその役目が担えるものが少なくなってきている今、なにを犠牲にしてでもあの世界にはまだ存続してもらわねばならない。そうでなければ………神々の黄昏がすぐにでも起きてしまう。今のあいつらでは勝てんよ。桜ノ宮の当主。あいつらにはもっともっと強くなってもらわなければ…」

淡々と言っているだけなのに、その場にいた全員の背筋に寒気がはしった。神々の黄昏。それはすべての世界の存続をかけた戦い。黒白の一族側が敗北すればすべての世界が消える。今まで12度行われてきた。そのたびに黒白の一族側は勝利してきたが、代償も大きかった。多くの優秀な一族たちが消え、この蒼の世界でも強力な異能を持つものは数えられるほどになった。そして当代、13代目の神々の黄昏に参加する『ヴァリムフェリアーデ』は既に主たる創造主が選んだ。本来ならば即座にこの世界に召喚し、戦闘技術を上げたいところだが

「…神風抄国界が今滅ぶとなるとあちらの思うつぼですしね」

ポツリと諒祈が言った。神風抄国界は『光の世界』。今神風抄国界が滅べば凛珠が抑えている『闇』を増長させてしまう。そのためにも

「…………これが今の俺達が打てる最善の手だ。致し方あるまい」

そういうと凛珠は玉座から立ち上がり、部屋を出て行った。

「・・・桜ノ宮の当主殿、陛下の仰せの通りに、3日以内に神風抄国界へと樹を送り込めるように準備しておいてください。ではこれにて会議は終了といたします。それぞれ自分の役目を果たしてください」

千尋が言うと他のもの達は姿を消した。

「はてさて・・・一体どうなるのでしょうね」

千尋の呟きは誰の耳にも入ることはなかった。



 その頃、蒼神邸にノクトが璃音を訪ねてきていた。

「璃音、誰がくるかわかった。『桜ノ宮 樹』と呼ばれるものがくる」

部屋に入ってきて開口一番ノクトは言った。

「……『桜ノ宮』ですって?あのこの世界とは相性の悪い一族の一人が?…まあそんなこと言ってられないか。それを言ったら姉様もそうなるわね。それで?何日後あたりにくるかわかる?」

しばしの沈黙の後、璃音は言った。その言葉に対してノクトは言う。

「早ければ明日にくるかもしれない。日時はわからないが、あいつが最初にくるのはここだ」

その言葉に璃音は胡乱げな顔になった。

「この絶対神域たるこの宮に?となると通路を開いてこの世界に送り込んでくるのは『創造主』かしら。亮に聞いてみたらあちらの世界にいらっしゃる『陛下』ではこの絶対神域たる蒼神の領地には送り込むことは不可能じゃないかって言ってたし」

その言葉にノクトは頷く。

「オレも亮と真にきいてきた。あの二人は『陛下』にあったことはあるが、流石に古代の術の強力な守りがあるここに『陛下』の御力では送り込むことは出来ない、送り込んでくるとしたら『創造主』直々にだろうと。………あちらの世界の方々の考えは読めんな、相変わらず。一体なにが目的なんだろうな」

ノクトの言葉に璃音はしばし考えこんでから言った。

「もしかしたらだけれども、あの御方たちはもしかしたらもっと大きな目的のために『桜ノ宮 樹』を送り込んでくるのかも。だってそうとしか考えられないわ。わざわざ『創造主』自らが通路を開いてここに直に送り込むっていうのは。でもその目的が今のところさっぱりわからないのよね。……パズルのピースが少なすぎる。流石に厳しい」

いくら璃音の頭がきれるとはいっていても、現段階では『桜ノ宮 樹』が送り込まれてくるということしか判明していない。そしてノクトの未来予測では『桜ノ宮』がくるというそれ以上のことがわからないのだ。パズルのピースが少なすぎて、いくら璃音でも目的がわからなかった。『蒼の世界』の者が関わるとろくでもないことが起きるということはわかるが。

「…ノクト。和人とヴィルトゥーズとエルはこの宮に常駐するように言っておいてちょうだい。明日にでも『桜ノ宮』が来るというのならば、私の負担が一番増える。異能のもつあの10家にも連絡を。各々神力増幅の術者を使って普段の倍の神力を世界に配分できるように。それぐらいしなければ、この世界は耐えられないわ」

ノクトはそれを聞くと、無駄口をたたかずに出て行った。国王たる凛樹の負担も増えるが自業自得なので璃音は放置を決め込み、世界を支える一端を背負う10家の者たちに連絡し、協力の要請をした。民に気づかれないように。この世界がどのように存続しているかなど民が知るべきではないという考えに基づいて。それがそう、初代神風抄国の国王の心情だったからだ。璃音はそれを受け継いでいるに過ぎない。民が知っていいものではないからだ。誰かを犠牲に世界が存続しているかなどは知らないほうがいい、そういう考えに基づいて、けれども。

「この考えが後にこの世界を滅ぼすことになるなんて、誰も予想は現段階ではしていないんでしょうね…」

その言葉は誰の耳にも届くこと無く、宙に溶けた。






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Last Name 第一部第1話 昔の夢 精霊玉 @seireidama

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