序章

 神風抄国、当代国王の天吹 凛樹は不老長命の肉体を持って生まれた。外見年齢は28歳くらいだけれども彼の実年齢を知るものは少ない。そして彼の后妃たる蒼 朱雫も不老長命の肉体を持ち、こちらも10代後半くらいにしかみえない。凛樹と朱雫は歳の差は3歳ほどだけれども、二人の間に子供が生まれたのはごく最近のことである。子供の名前は重華、晶、漣の一人の公主と二人の公子である。ちなみに重華は長姫であるが、まだ4歳の幼子であった。

凛樹には二人の妹がいる。天吹 凛伽と蒼神 璃音。凛伽は凛樹とは二卵性の双子であり、璃音は7歳下の異父妹である。凛伽は凛樹の近衛の将軍をやっているが全く凛樹に肉親たる愛情や忠誠心はかけらも持っていない。異父妹の璃音は神風抄国にある天吹と並ぶもう一つの王家の当主をやっているが、こちらも凛樹のことを認めてはいない。まあ凛樹が璃音にしたことで言えば当然の結果ではあるが。おまけに凛樹は戦争をし、領土を広げるというということに邁進していたため、妹達からは反発をよくくらっていた。臣下たちからも。賛成したのは凛樹が家出中に出会った二人の親友くらいだった。凛樹は過去にしたことが原因で古参の臣下達や妹たちから嫌われているのだ。




 神風抄国にあるかつて創造主が降臨していたという神域には神風抄国の二つある王家の一つ、蒼神家の邸宅があった。邸宅というのは語弊があるのかもしれない。多くの宮があり、蒼神の当主の住まいである宮にはごく限られた人間しか入れないようになっている。その宮の中には蒼神の当主たる蒼神 璃音と5人のひとがいた。碓氷 和人、ノクト・ヴィルセルト、アルヴィン・J・クリップ、エルンスト・クォーツ、ヴィルトゥーズ・ヴェストリア。アルヴィン以外は皆蒼神の当主たる璃音付きの官吏たちだ。ちなみにアルヴィンは近衛の副将軍をしている。

「………またお兄さまは戦争を計画していると、そういうことなのね?アルヴィン」

執務机に肘を置き、蒼神家の当主たる蒼神 璃音は真紅のスーツを纏ったアルヴィンに確認をとった。

「まあそうなんだよね。おれとあんたの姉貴は反対したんだが、他の重臣たちは賛成してな。全く無知って恐ろしいよな。領土を広げれば広げるほど、この世界のシステムに支障が出る。それわかってねーんだから、陛下は」

うんざり顔でアルヴィンはいった。凛樹はなぜ『天吹』か『蒼神』の当主が玉座に座っていなければいけない理由を知らない。そして領土を広げるごとに世界に神力を循環させる量が多くなり、玉座に座る王の寿命が削れていくということも知らないのだ。凛樹が不老長命であるがゆえに気づいていないということもあるだろうが。

「…神力は命を変換して力に変えるもの。けれども、私を含めた母さまの子供3人は人には過ぎた異能と神力をもって生まれた…。けれど、私は先代の国王の時、神力を使いすぎて、結果としてあの女の異能で死ぬことをまぬがれた。けれど兄さまは神力が魔力とかと同系統だと思っている節がある。…まあ仕方がないでしょうね、蒼の世界に一時的にいれば無限大に神力を使えるとでも思うのはしかたがないと思うの。だってあの世界、不老不死者しかほとんどいないんでしょう?」

璃音の言葉にエルンストは言う。

「一回ボクも『蒼の世界』に行ったことはありますが…あそこほんとに不老不死者しかいないんですよね。おまけに無限大に神力が使える状態ですし、陛下も無駄に不老長命であるがゆえに神力が無限大に使えるとでも勘違いしているのではないですかね」

その言葉にノクトも頷く。

「オレも行ったけどさ、璃音の命令で。彼処ほんとになんなんだよ。不老不死の奴らしかいないって。でもまあ、オレたちの師匠も不老不死だからオレたちの師匠になってくれたわけで。…あまり陛下には期待しないほうがいいだろうな。…話は変わるけど、オレの異能『ラプラスの悪魔』で視た未来予測だと、蒼の世界から誰かが来る」

その言葉にノクト以外の5人は胡乱げな顔になった。

「戦争が起きるって言うこの状況で、ですか…。ノクト、貴方の未来予測では他になにが視えました?」

和人が尋ねた。ノクトの異能『ラプラスの悪魔』は璃音の異能が及ぶ範囲外では完全な未来予知になるが、璃音の影響下にある場合は未来予測になる。それもこれも璃音の持つ異能の影響であるが。

「……后妃の死が視えた。まあ后妃に関して言えばオレたちにしたツケが今になって回ってきたんじゃないかな。本来なら后妃の持つ異能は歴代を見るとその異能を持つものは短命なはずなのに、不老長命の身体で生まれてきたもんだから、今の今まで保ったんじゃないのかね」

后妃の持つ異能はいままでの歴史上数人くらいしかいない極めて珍しい異能だ。そのことごとくが短命であり、言ってみれば人が持つには異常すぎる異能であると言っても過言ではない。他者の寿命、命に手を出せる異能。その異能は神の領分だ。だからこそ后妃が持つ歴代の異能の所持者は后妃以外全て10代で亡くなっている。

「あの女が死ぬとすればオレの方としては助かるな。顔も合わせたくねえのに、陛下はオレのことさんざん后妃の護衛でこき使いやがって」

アルヴィンがうんざり顔で言った。近衛の副将軍だからという理由で凛樹の家族(凛伽、璃音以外)の護衛ばかりをやらされていた。アルヴィンだとて后妃とは顔を合わせるのはごめんである。殺したいほど憎い相手でしかない。

「あの女の母方の一族を私達が殺したせいで、あの女私達を不老不死にしたものね。それの一種の意趣返しなのかもしれないわね。傾国の美女とでも言えばいいのかしらね、蒼 朱雫、当代の后妃。数多の人間の命にその異能、『禁忌の輪廻』によって狂わせた稀代の悪女。まあ兄さまもトチ狂っているとしか思えないけれどね。いくら自分が惚れた女だからって、あの女がやったことを無視し、私達の諫言を無視して后妃に据えたのだもの。…………だから私はお兄さまを認めない。姉さまは持っている異能の問題で玉座につけない。いつか私が兄さまを追い落として玉座に座るわ」

自分の惚れた女のためにしか政治をしない凛樹のことに気づいているのはごく少数だけ。古参の官吏も含めると15人程くらいだろうか。

「それで?ノクト、后妃が死んだあとはどうなるの?まさかとは思うけれど視えないってオチじゃないわよね?」

璃音の確認にノクトは鬱陶しそうに前髪をかきあげて言った。

「そのまさかだ。オレの『ラプラスの悪魔』だと后妃の死しか視えなかった。しかもその死がいつなのかもわからない。もしかしたら『過去改変』が起きる可能性がある。蒼刻 真とエルの異能でオレたちは過去へ飛ぶんじゃないかな。蒼の世界から来る『異邦者』がなんらかの作用をこの世界にもたらして。……もしかしたら、そいつがオレ達の過去を変える可能性はある。だからじゃないのか、オレの『ラプラスの悪魔』がそこまでしか未来予測出来ないのも」

その言葉に残りのメンバーは黙った。確かに蒼刻 真の異能『終焉の黒時計』とエルの異能『TESTAMENT』が合わされば過去へといける。異能力の特異点を意図的に創りだし『時』を支配した場合、過去だろうが平行世界―パラレルワールド―にもいける。けれども一度たりとも璃音たちはしていない。それはなぜか?答えは簡単だ。璃音たちは凛樹を除いて、『自分がしてきたことに後悔はしていない』からだ。過去に人殺しをしまくっても、過ちを犯しても、璃音たちは黙ってそれを受け入れてきた。過去は変えるべきではない、そんな考えに基づいて。けれども

「過去をもし変えられるのならば、変えたい過去の一つや二つあるだろう。ここにいる全員が」

ノクトの言葉に璃音は遠い目をし、エルは黙りこみ、アルヴィンは目をそらし、和人は眉間にしわを寄せ、ヴィルトゥーズはノクトを睨みつけた。

「ヴィルトゥーズ、オレを睨みつけてもなんにも出てこないぞ。ただオレは言っただけだ。変えたい過去の一つや二つあるだろうとな」

ノクトの言葉にヴィルトゥーズは銃を取り出し突きつけた。

「…最後に言いたいことはそれだけか?」

ノクトは両手を上げていった。

「おいおい、そんなに怒らなくてもいいだろう。オレは事実を述べたまでだ。で、璃音、どうするんだ?」

最後は璃音に向けてノクトはいった。

「…………『異邦者』が来るまで全員それぞれの仕事をしていてちょうだい。さて、あちらの世界の『陛下』は一体誰をこの世界に送り込んでくるのかしらね」

執務用の椅子から立ち上がって璃音はいった。

「誰であろうが、僕らの運命を変えることになるのではないでしょうかね。『先を行く者』たるあちらの『陛下』が生きている現在は僕達にとっての『未来』ですから。あちらの『陛下』はおそらく今後に関わる重要人物を送り込んでくると思います」

和人が璃音に対して言った。その言葉に璃音は言う。

「そうね、無駄な手は一切うってこない方ですものね。さぁ…一体送り込まれる人物は私たちにどんなことをもたらすのかしらね…」



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