何も出来なかった少女
黒夜
本編
私には何も出来なかった……見ていただけだったと思い知らされた。
気づいた時には私は縋るように紫音に泣きついていた。
本当に辛いのは彼女だと言うことを私は知っていて私の口から残酷な事実を伝える。
「祐希は………………死んだの」
「………………………………は?」
紫音はそのことを知らない……そういう病気だとは知らない。
紫音は自分が愛する人を忘れる病気に罹っていたこと……祐希のことを忘れていたこと……そして彼女の記憶が戻ったこと……それらを点としか見ていなかった。
点を線に繋げられていないのだと思う。
それをしてあげるのは私の役割だ……私が救ってあげられなかったという業を背負った罪人である私の役割だ。
「…………自殺、だった」
何で私は、祐希にもっと寄り添ってあげられなかったのだろう……
今更のように後悔しても彼女が再び私に……私たちにあの明るい笑顔を向けてくれることは決してないというのに、私の涙は目から溢れて止められなかった。
私が……綾崎奏が恋を知ったのは失恋をしたのと全く同じだった。
私は、紫音と同じ……上井祐希という幼馴染で親友が好きだった。
でも私はそれが叶わない物だと恋を自覚した日に知った。
私と話す祐希と紫音と話す祐希とでは明らかに熱が違うことが好きだったからこそ分かってしまった。
祐希のことが大好きな私だが、紫音のことも親友として好きだったので両思いである二人の恋を陰ながらひっそりと応援しようと私は決めたのだった。
ある日のこと、紫音のお兄さんである冬馬さんからメールが届いた。
冬馬さんが高校に行くまでは私たちと一緒に混ざって遊ぶこともあり、私は連絡先を交換していたのでメールが届くのは不思議ではなかったのだが、珍しいとその日は思った。
『紫音が忘愛症候群に罹ったらしい。悪いが助けになってあげてくれ』
メールの内容は短かったが当時の私はその病気のついて何も知らなかった。
だからネットで調べてことで今までの情報から分かってしまった事実が幾つかあった。
紫音が祐希のことを忘れてしまい、二度とその記憶が戻らないこと。
そのことを知った祐希はこれから苦しんでしまうということ。
これを知った私は祐希のことを支えてあげないといけないと思った。
大好きな大好きな、恋心さえ抱いた親友が苦しむ様なんて見たくなかったからこそ、同じ年月を共に歩んだ友人として心の支えになりたいと強く思った。
ファミレスで再会した祐希であったがどうやら彼女が紫音のことが恋愛として好きだという事を私に知られていないと思っていたようだ。
紫音もそうだったのだが、お互いがお互いに想い人が自分に恋心を抱いていると知らなかったようだ。
そのことに微笑ましいと思う反面、悔しさを感じない訳ではない。
どうしても自分だったらという感情が溢れてくる……諦めたはずの恋だったのになぁ。
その日は本当に他愛もない、雑談に近いような会話で終わった。
翌日も私たちは直接会ったり、グループチャットだったりと方法は色々であるが頻繫に会話をするようにしていた。
私たちの予定や祐希の予定が空いている事もあったので夜はほぼ毎日遅くまで話し合いをしていた。
だが、紫音の祐希に対する当たりが徐々に強くなっていくようになってきた。
そういう病気だとは私も彼女も知っていたのだが、祐希の心情を思うとつい心配してしまう。
何度か私は個別で「大丈夫?」と尋ねても彼女は『大丈夫だよ』としか答えてくれない。
チャットじゃあ分からなかったが、直接顔を合わして聞いた時、私は祐希が無理をしているようにしか思えなかった。
「……何で、頼ってくれないの?」
「ん?奏、何か言った?」
「……何でもないよ」
祐希に小声で呟いたはずの愚痴を聞かれたと思った私はこの時は否定したが、後に後悔した。
この時しっかりと祐希に告げていれば結末は変わったかもしれないのにと。
後から思えば、私も、祐希も、紫音も……三人とも似た者同士だ。
……そしてある時を境に紫音は祐希と会うことを拒むようになった。
「……え!?」
私に衝撃が走ったのはある日のメールであった。
『早く、祐希の元に行ってやってくれ。今のあいつには綾崎が必要だ』
そのメールを送った人物は冬馬さんだった。
彼が学校すら終わっていない時間にメールを送るのなど事情があるとしか思えないし、ここ最近の祐希のことを考えると異常時だとしか思えない。
私は走って祐希の家に向かった。
運動がダメな私の身体に無理をさせて、今にも窒息しそうなほどに全力で走って彼女の家に向かった。
そしてチャイムを鳴らすとピンポーンという音が鳴り響くも反応はない。
もう一度鳴らしても無人のような反応しか示さない。
悪あがきで玄関の扉を開けようと試みたが扉は何の抵抗もなく開いた。
扉を開けると私の鼻に入ってきたのは不快感を感じるほどの血の匂いだった。
匂いのする方向に向かって歩いていくと、キッチンの床に座ったままの祐希の姿があった。
「ゆ、祐希……?」
私が声をかけても彼女は返事を返してくれない。
それも考えてみれば当然かもしれない……今の祐希は首からたっぷりと赤い液体である血を流している。
彼女の手に握られた血がべったりと塗られた包丁を見るにその包丁で首を斬ったのだろう……
そして祐希の顔を見て、思わず私は息を吞む。
……彼女は目から一筋の涙を流していたのだ。
「なんで……なんで!」
親友は自ら命を絶つほどまでに追い詰められていたのにどうして私は気づけなかったのだろうか。
私は悲しくて悲しくて、気が付いたら最愛の人の冷たくなった身体を抱きしめて泣いていた。
気が付いたら私は警察に事情聴取されていた。
誰かが警察を呼んだのだろうかと思っていたいたが話を聞くと私が呼んでいたらしい。
詳しい調査の結果、遺書が残されていたことで祐希は自殺だったと正式に判断された。
それと私が来た時には既に手遅れだったということも分かったらしい。
祐希の部屋には自分の両親と妹、愛していた人である紫音……そして親友の私に向けて書き残した手紙が置かれていた。
どうやらそれを警察がそのまま遺書だと判断したようだ。
私への手紙は紫色のヒヤシンスが描かれた封筒の中に入れられていた。
『まずは、ごめんなさいだね。ボクはもうこれ以上生きているのが辛くなってしまったからこれを残して逝きます。奏はボクのことをどう思うかは分からないけど、多分奏は優しいから自分を責めるよね?それならあまり苦しまないで欲しいな。
紫音の手紙にも同じようなことを書いたんだけど、奏にも幸せになって欲しいんだ。紫音しかいなかったボクと違って奏は幸せになれると思うからこそ、掴めなかったボクと違って奏にはしっかりと掴んで欲しい。
それともし紫音の記憶が戻ったらの場合だけど彼女を支えて欲しいな。もしかしたら紫音は苦しむかもしれないけどそんなのをボクは望んでいない。いずれ再会したいと思うけど、すぐには来て欲しくないんだ……これは奏もだからね。
それじゃあ、また会う日まで元気でいてね?
親友のボクより』
私は知っいる、祐希は花言葉に興味を持っていたことを。
その時に私も少しだけ勉強をしたからこの封筒の意味を覚えている。
花言葉は日本と西欧では意味が違う場合があり、また花言葉は花の色でも違う。
例えば赤い薔薇は日本でも西欧でも意味は変わらずに【愛情】【情熱】
しかし黄色い薔薇は【嫉妬】【友情】
私が覚えているのは薔薇とチューリップ、そして祐希が買うのを見ていたヒアシンスだけであった。
チューリップに関しては日本の言葉だけで全ての色は覚えていないが赤は【愛の告白】、黄色が【望みのない恋】【名声】、紫が【不滅の愛】
ヒアシンスは良く覚えている……日本だと赤が【嫉妬】、青が【変わらぬ愛】、紫が【悲哀】であるが西欧だと赤が【
「なんでよ、謝らないでよ!気づけなかった私の方が悪いのに!なんで祐希が謝るの!?苦しんだ祐希が謝る必要などないのに……どうして!?」
隠された意味に気が付いた私は涙をポロポロと流し、周囲に私の慟哭が響き渡る。
好きだったのに私は気づけなかった、私じゃあ救うことは出来ないという事実を突き付けられた。
いったい、私はどうしていたら、祐希を救えたの?
あれから、四年後……私は大学生になった。
進んだ道は心理学を学べる大学で二度と祐希のような人を出したくないという想いで私はカウンセラーを目指すようになった。
希望していた大学に進学できたということもあり、少しずつ私の思う道を歩むことが出来ていると実感できている。
花屋で二つの花を買ってとある場所に向かうと祐希の面影を残した少女と出会った。
「雪菜さん、久しぶり」
「……!奏先輩!」
雪菜は祐希の妹で私が通っていた高校の後輩となった少女だ。
あれからたまにであるが彼女の勉強を見ている。
将来は学部は違うが私の通っている大学を目指しているそうだ。
「その花……」
「ええ、今日は命日だからね」
「……そうですね」
私が花を買ったのは墓に供えるための花だ……当然だが選んだ花にはしっかりと意味がある。
「きっと、喜びます。お姉ちゃんも……」
それだけ言い残して雪菜は去っていった。
確かに祐希の墓場は二重の意味で彼女にとっては辛い物だろう。
墓場に辿り着いた私は二つの墓石に花を一つずつ供えた。
「一年ぶりね。祐希、紫音」
結局私たちの中で大学へ行けたのは私だけだった。
紫音はあれからすっかり身体が弱ってしまい、祐希の命日である日に交通事故で亡くなってしまった。
「私、大学生活に慣れてきたよ。だけどね、先に謝るんだけど……」
やっぱり、ダメだ。
毎回ここに来ると涙が滲み出てしまい、いつも謝罪の言葉が漏れ出てくる。
「やっぱり、私、幸せになれそうにないよ」
親友もいなくなり、愛してしまった人も目の前から消えてしまった私にはこの先に幸せになる権利など存在しないように思える。
どうしても他の人と祐希を比べてしまう自分がいて、他人と一定以上仲を深めることが出来ない。
進んだ大学も彼女を救うことが出来なかったという罪悪感によるものが大きい。
多分、この感情は呪いとなって付きまとい、生涯、私が背負わねばならない罪であり罰なのだろう。
「どうしたら、私は、救われるのかな?」
答えが返って来ないと分かっても私はつい尋ねてしまう。
二人のために供えたポインセチアの花の前に私は蹲りながら、一言だけ言葉を漏らした。
「二人に……会いたいよぁ」
私の弱音に当然ながら誰も返してなどくれやしない。
ただ、私の髪に付けられたカンパニュラとハナニラの髪飾りの二つが静かに存在感を示すだけであった。
何も出来なかった少女 黒夜 @ideal5890
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