第38話

 機械怪物が暴れた事件から数年の月日が流れ、街は英雄ナーディオの喪失や、怪物達の恐怖からは立ち直っていた。

 そして、訪れた平和により人口の増加と食料不足に伴い、街全体が拡大と発展を繰り返している。南は海にまで街道が整備され、魚を取るための漁港が建設された。東は樹海までが切り拓かれ、木材加工所とそこで働く人々の家が建設された。

 中でも西の方角は、かなりの範囲が開墾され、広大な農地が広がっている。それらのどれもが壁で囲われ、さらに怪物達の襲撃を退けられるように、兵士達と駐屯地も配備されている。

 街自体も発展していき、数年前のトタン製の簡素な雨風を防ぐ為だけの建築物は、既に時代のどこかへ廃棄され、今や庶民がレンガ製の家を持つ事も一般的になり始めた。だが、やはり人々は、住み慣れた木造建築を好むらしい、ほとんどの家が木造のまま残されている。


 うるさいほどの雑踏の中、この日、アーリとミリナは二番街を訪れていた。

 鉄臭い昼下がりの二番街は、この日も活気に満ちている。職人達が金槌を振り下ろし、行商が高らかに商売文句を唄い上げている。巨大な工業機器が蒸気を吹き出し、熱気が至る所から吹き付ける。


 かつて十二歳だったアーリは、少しばかりだが背も伸び、顔も大人びていた。十五歳の少女として、髪の毛も伸ばしてより女性らしくなった。はずなのだが、相変わらず服装はバレントに似て、地味な緑のロングシャツとジーンズに革のブーツという、可愛げのない服装をしている。アーリ自身もドレスなどは着るのは、自分に合っていないと感じていたからだ。それに狩人として、色や見た目より、動きやすさを重視した結果でもある。

 一方のミリナは、三年前とあまり変わらず、タンクトップにだぼっとしたパンツが好みのようだ。あまり、服装なども気にしない性格だ。男勝りで元気なミリナらしい、とアーリは思っていた。


 ミリナとアーリは二番街の中程にある銃火器店の前まで来て、店主に向かって叫んだ。

「ロッドさーん! 取りに来たよー」

 机に向かってなにやら精密機器を弄っていたロッドは、ミリナの声に気づいて、拡大鏡付きのゴーグルを外した。

「おう、ミリナとアーリちゃんじゃねぇか。待ってたぜ?」ロッドはそう言うと立ち上がり、奥へと消え、何かを持って戻ってくる。「二年の歳月を掛けて、やっと再現してやったぜ? ま、仕事がなけりゃあ、もっと早く出来たんだけどな」

 ロッドの手の中に握られていたのは、二丁の銀色の拳銃だ。長さは三十センチほどで、ずっしりと重たい。さらに予備の弾倉も二つ手の中に握られている。

「おお、さっすが天才武器職人ロッドさん! すごい!」

 ミリナはそれを受け取ると、両手に持って光に翳す。それから二つの銃を持ち、なんだか奇怪なポージングを繰り返している。

「どう、かっこいいでしょ!」ミリナは新しい銃を得て、嬉しそうだ。「ロッドさん! 最高だよ!」

「まぁ、お前らが砂の街から持って帰ってきた銃を分解して、再現したんだが……なかなか上出来だろ? 勿論、弾の各種も使えるようにした。口径は少し小さくなるから、威力自体は下がるがな。旧型のライフルなんかと違って、弾を事前に弾倉だんそうに込めておけば、九発まで連続で撃てる、二丁で十八発だな。しかも、予備弾倉に交換すりゃあ、連発もできるぞ」ロッドは自慢げに腕を組み、大きく親指を立てた。「必要なら言ってくれよ? また作るからな」

 アーリはそれを見て、羨ましそうに目を輝かせた。それからロッドに向き直った。

「いいなぁ、ねぇロッドさん! 私にも作ってくれる?」

「……なるほどな」ロッドはその言葉を聞いて、わざととぼけたような顔をし、また後ろに消えていった。「ちょっと待ってろよ」

 アーリとミリナは顔を見合わせ、首を傾げる。

「そう言うと思ったぜ? アーリちゃんよぉ!」

 裏から不躾な声が聞こえたかと思うと、ロッドは長い銃を持って戻ってきた。

 長く真っ黒な銃身と引き金の前に長方形のものが埋め込まれた、彼女達の見たことのない形の銃火器だ。

「作って置いたぜ、アーリちゃんは近距離は要らないだろうから、ライフルの新作だ。こっちも弾倉に弾を込めておけるんだぜ? しかも十五発入れておける代物だ」そう言うとロッドは弾倉を外して見せた。「まぁ兵士達に供給するための試作品みたいなもんなんだが……自分でも驚いて目玉が飛び出るほどの出来になっちまった。天才ってのは、自分の予想すらも超えちまうんだなぁ」

 ロッドはしみじみとそう言うと、アーリに銃を手渡した。


 アーリはロッドに渡された銃を抱えるように持ち、まずその軽さに驚いた。一メートルほどの銃は、アーリが持っているどの銃よりも、軽くて持ちやすいのだ。黒く艶めく銃身は森の中で狩りをするにも目立たず、持っているだけでかっこいい。

 更に肩から掛けれるように革のベルトが付けられ、しかも予備の弾倉が二つも一緒に渡されたのだ。至れり尽くせりとはこのことだろうと、アーリは思った。


「どうだ、なかなかの出来だろ?」ロッドはやはり自慢げにヒゲを撫でている。「俺も職人の端くれとして毎日、成長してんのよ」

「……こ、こんなにいいもの、もらっていいの?」アーリは銃から目を離し、ロッドの顔を見上げる。「そんなお金、払えないよ? かなり高いんでしょ?」

「おうおう」ロッドはしみじみと、首を横に振る。「アーリちゃんが持って帰ってきた武器の本で、こちとらかなり、儲けさせて貰ってるんだぜ? 銃の一本や二本じゃすまねぇんだよ、ほんとだ。だから、金もいらねぇさ。日頃の感謝の印に、貰ってくれ。ミリナの武器もお代はもらわねぇ」

「うん! 遠慮なく貰っちゃうね!」アーリはそう言うと大きく頷いた。

「ほんとーに貰っちゃうからね」ミリナは銃をホルダーに差しそう言った。「今度、お返しに、お肉取れたら持ってくるよー」

「おう、おう。遠慮なんていらねぇさって……言いたい所なんだが」ロッドはそう言うと頭を軽く掻いた。「わりいんだが、帰るついでに西の農耕地へ寄って、届け物をしてくれねぇか? 新しい通信機器を頼まれてんだ」

 そういうとロッドは、机の上に置かれた黒っぽい箱を渡してきた。三十センチ四方の箱で、それほど大きくもなかった。


「お安い御用、任せてよ!」アーリは銃を肩に掛け、それを受け取った。「それで、西の農耕地の誰に届ければいいの? 農耕長のブレックさんかな?」

「ああ、よく分かったな、ブレックに届けてくれ」ロッドは箱をトントンと叩いた。「一応精密な機械だから、あんまりぶつけたりはしないようにな。んじゃあ、頼むな!」

「りょうかーい! またね、ロッドさん!」

「ばいばーい!」

 二人はロッドに別れを告げ、二番街を離れた。


 彼女達を見送ったロッドの後ろから、一人のロッドによく似た仏頂面の若い男が彼に話しかけてくる。

「オヤジ、突っ立ってねぇで、早く銃を作ってくれよ! 納期、明日だろ?」

「おっと、忘れる所だったぜ。わりぃな、バング、手伝ってくれねぇか」

「仕方ねぇなぁ、確かにオヤジだけじゃ明日までに残り五丁の組み立ては酷だからなぁ」

 そういうと男達は作業に戻っていった。

 

 アーリとミリナは街を出て、リード川を渡り、西の農耕地を目指す。オクト・ホースでのんびり行って、大体一時間ほどの場所だ。ギャロップさせれば二十分ほど着くのだが、彼女達にはあまり急ぐ理由がなかった。

 草原を切り開いただけの、街の西から農耕地を繋ぐ街道。行き交う荷車に乗っている人々と、それらを引くオクト・ホース達は、暖かい春のひだまりの下をのんびりと進んでいる。まるで怪物などいないかのように、穏やかな時間が流れるこの場所を吹き抜ける風が、柔らかな小麦の微かな匂いを運んでくる。

 街道沿いに進んでいくと、灰色の石を切り出して作られた防護壁が彼女達の前に、姿を現した。二年前に農地の開墾と合わせて作られたこの壁はまだ新しく、陽に照らされてつやつやと輝いている。街を取り囲むものが、

「んー……!」ミリナは馬の上で微睡んでいたのだろうか、彼女はそう言うと大きく伸びをした。「やーっと、着いたぁ!」

「やっぱりここは、のんびりしてるね」アーリもつられて伸びをする。「怪物なんかいないみたいだね!」

「うーん、眠くなっちゃったよー」ミリナはぐったりと、うなだれて見せた。「さっさとお届けして、帰って晩御飯までお昼寝しよー!」

「うん、ブレックさん家に行こう」


 二人が農耕地の壁の中へ入っていくと、道の両側には、一面の金色の小麦畑が、かなりの面積に渡って広がっていた。小麦だけではなく、色々な野菜を育てているようで、緑の箇所もいくつか見えている。秋頃に撒かれた収穫時期手前の小麦が、暖かい陽の下で、たわわに実っている。時折吹く風が、大きく実った穂を揺らし、さわさわと耳障りの良い音を立てる。

 小麦と土の匂いがこの場所を包み込み、時折家畜として飼われているモウルカウの低く長い鳴き声や、ココットリスの甲高く断続的な鳴き声も聞こえてくる。

 道の先には巨大な煉瓦造りの風車小屋が建てられており、その周りに幾つかの家が建てられている。農耕人達が暮らしている家だろう。


 彼女達は風車小屋の下までたどり着くと、馬を降りた。

「おーい、ブレックさーん! お届け物でーす!」

 ミリナが畑いっぱいに広がるほどの大きな声を張り上げた。

 ミリナの声に続く事数秒、風車小屋の隣の家の戸がゆっくりと開き、中から短白髪の中年男性が出てきた。

 農作により鍛えられた体は、がっしりと筋肉質。背も百八十センチほどで、何も知らない人は威圧感を感じるだろう。目も窪んでいて一見すると高圧的に見えるが、アーリとミリナを見る表情は柔らかく、広角もぐっと上がった笑顔だった。

「お、ミリナちゃんとアーリちゃんか!」彼は二人の前に歩いてきた。「こんな辺鄙な所まで、ご苦労様だね。何か御用かい?」

「ブレックさん! お届け物だよ、はい!」

 アーリがロッドから渡された箱を手渡すと、ブレックはそれを受け取った。

「おー、頼んでた通信機器か! これを待ってたんだよ! これがあれば商売もやりやすくなるし、輸送依頼なんかも家からできちまうんだなぁ。ほんと、ロッドには感謝しかない」

 大柄な彼は、プレゼントをもらった子供のように無邪気にはしゃぎ、箱を軽く振ったり、側面を眺めたりしている。

 アーリはその様子を幼い自分と比べ、なんだか嬉しくなった。

「ブレックさん、今年の畑はどう?」アーリは笑顔でそう言った。「美味しい野菜できそう?」

「おー、まぁ見てくれたら分かると思うが……さいっこうの出来だ!」男は手を広げて、そう情熱的に語った。「小麦はたわわに! 野菜はすくすく実って! 家畜達も大きく育ってくれてよぉ! 俺はもう、毎日感動してるんだ!」

 ミリナは口を開きっぱなしにして、それを聴き入っていた。

「美味しい野菜ができたら、買いにくるね! サービスしてよー?」

「そんな事言わずに、何個か持って帰ってくれよ」ブレックは小屋の中へ戻っていく。「俺は今日機嫌がいいんだ」

 ブレックはそう言うと家に一旦入り、すぐに籠いっぱいの野菜を持って戻ってきた。葉物野菜やじゃがいもなどが、籠の中にところ狭しと並べられている。

「こ、こんなにもらっていいの?」

「持ってけ持ってけ! 育ち盛りだろう?」男は籠の中を見せ、一つ一つ指差して喋り出す。「こいつは今年から作り始めたキャベツ。レタスなんかも葉がしゃっきりしてて、いい色に仕上がった。定番のポテトは手塩に掛けて育てたんだ」ブレックはそう言うと、男らしく笑い、籠を渡してきた。「いっぱい食べて大きくなれよ。夏になったらトマトなんかもできるし、また来いよ?」

「おっきいじゃがいもだね!」ミリナはそれを受け取ると、じゃがいもの一つを取り出して、眺めた。「マッシュポテトとか、スープとか色々出来そう!」

「ああ! 俺らが作った芋は柔らかいし、甘くて美味い! はっきりと自信を持って言える!」

「うん、ありがとう! ブレックさん!」アーリは軽く頭を下げた。「ところで、何か困ってる事とか、依頼とかないかな? 平和だから私達もあまり依頼が入ってこなくって」

 ミリナが続けた。

「確かにそうだね、まぁあたしはお昼寝がいっぱいできるからー、それでもいいんだけど!」

「うーん、そうだなぁ」二人の言葉に、ブレックは首を傾げた。「困ってるってほどでもないんだが……最近泥棒が出るんだ。たまに野菜が掘り返されてたり、ココットリスの卵が無くなってたりするんだ」

「なるほど……兵士さん達には伝えたの?」

 アーリが問いかけると、ブレックは頷き、返事を返す。

「一応警備を頼んだんだがな、あまり成果は得られてないらしいんだよなぁ」

「鳥類じゃないの?」

「んだがなぁ、野菜はともかくとして、卵は小屋の中にあるんだぜ? 鳥類怪物が扉を開けて中に入るなんて……あり得るか?」

「確かにそっか。鳥類がそんなに器用な訳ないか……」

 ミリナはそう言うと、顎に手を当てて考え始めた。かと思うと、頭をぶるぶると振り回し、はっきりと言った。

「わっかんない!」

「み、ミリナさん⁈ で、でも確かに……ループがいれば何かわかるかもしれないけど……いつもいる兵士さん達が分かんないなら、確かにそうだね……」

 戸惑うアーリを他所に、ブレックはまたガハガハと笑った。

「そうだよなぁ! 被害もそんなに大きくねぇし、俺もあんまり気にしてないんだわ! まぁ怪しい奴を見つけたらよろしく頼むよ!」

「ご、ごめんね、ブレックさん!」

「いやいや、気にすんなよ! こっちこそ、良い依頼を出せなくて悪い! 気が向いたら寄ってくれ」

「ばいばーい!」


 彼女達は大きく手を振るブレックと別れ、農耕地を後にし、帰路に着いた。

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