第19話

 中央街セントラルで他の建造物を押しのけるように建てられた建物。そこはこの街を治めていたルークズ・オーソリティーのために建てられ、その統治が幕を引いた後も各街を治めるリーダー達の会議や市民達の事務的な手続きをするための場所として残されている。

 一階の奥まった場所に会議室はあった。五メートルほどの木製長テーブルと左右に並べられた十脚の椅子。本当であれば椅子の数と同じだけの人数が集まるのだが、今ここに集まっているのは五人の男達のみだ。その内一人は椅子にだらりと背をもたれ、話を聞いているかもわからない白い長髪を携え、腰の曲がった老人であった。


「……まったく、いつもの事だが集まりが悪ぃな」不躾な言葉を発したのはドレッドヘアの大男だ。「それでロッドさんよぉ、あの怪物についてなんか分かったのかよ?」

 肌は浅黒く、目つきも悪い。手はゴツゴツとしていて、体格も威圧的なまでに大きい。彼は木工を主産業とする一番街を束ねるクルスだ。


「ああ、鉄の装甲が怪物の体の上に装着され、クリスタルエネルギーで動く人工の筋繊維が怪物の動きに合わせて装甲の動作を強化、補助している」ロッドは机の上に置かれたの怪物の鉄の爪を転がした。「人工筋繊維は怪物の力を増幅させ、通常ならば有り得ない力を生み出すらしい」

「あのよぉ、俺みたいなバカにもわかるように説明してくれねぇか」

 クルスは少し慌てた様子でロッドに言った。

「……ったく」

 頭を抱えるロッドの横に座っていたジェネスが代わりに話し出す。

「つまり、怪物の四肢と頭部に力の強くなる鎧を装着させている……と言ったところですか」

「そういうことだ。怪物が奴自身でゴーレム達のパーツを取り外して、自分に取り付ける事はできないって事でもある。そもそも人工筋繊維なんて俺らは警備機構に搭載していない。というか、この街にはそんな技術もない」

「ってことは……外に別の誰かが……いるってことか? 本気で言ってんのかよ」

 クルスは声を荒げ、机をドンと叩いた。


 その横に座っていた老人はびくりと体を震わせた。

「あまり驚かせないでもらえるかのう……」

「す、すまねぇ、ロクロさん」

 クルスはその大きな体を小さく折りたたんで、申し訳なさそうに髪の毛を掻き上げた。

「……いいんじゃよ、街を思う強い気持ちは皆一緒じゃろうて」


 彼は古物などが揃う四番街の商人組合長だ。長く伸ばした白髪と曲がった背。古ぼけた焦げ茶色の上着。右手に持った杖。

 まるで仙人のような出で立ちのその老人はしわがれた声で、部屋の天井のどこか一点を見つめながら続けた。


「わしらみたいな、四番街の老いぼれに何かできることはあるかのぉ……」

「いや、ロクロさん達にゃ、別にしてほしいことはねぇが」

「そうかのぉ、それじゃあ老いぼれは静かにしてるぞ」


「それでは八番街から出せる事もなさそうですね」

 最後に話し始めたのは、八番街を纏める男パストルであった。彼は黒いゆったりとしたローブを身に纏い、神妙な面持ちを浮かべている。

 教育機関と教会。教師と牧師。二つの教えを説く彼ははっきりとした物言いで続けた。

「怪物は東側から来るのでしょう? 今の所は大丈夫な様ですが、私としては子供達や礼拝者が怯えないか心配ですね……なにか、心の支えというか確証みたいな物が必要かと思いますが」

「……そうですね」ジェネスは少し考え込んでから続けた。「クルスさん、ロッドさん、東側の防御設備強化、ご依頼できませんでしょうか?」


 

「いこっか」アーリは怪物の頭部からひょいと飛び降りる。「ループ、匂いはどっちへ続いてる?」

 ループは何か言うのをためらっている。

「どうしたんですかー、ループさん」

「それがな」ループは怪物が広げた樹海の道の先を前脚で指し示した。「……向こうからだ」


 ループの前足の先には、深い樹々の中にぽっかりと空いたトンネルの様な道が続いている。陽の光が一本の矢印になって、まるでこちらだよと言わんばかりだ。

 

「行こう。行かなきゃ」


 奇怪な怪物とバレント達の消えた理由が全く関係ないものではないらしい。少女は確信した。

 家族の一員、自分の父親が居なくなって、しかも探せるのは自分達だけ。曲がる事のない決意を胸に彼女は馬に跨り進んでいく。


 光の道を辿り、川を越えて奥へ奥へと進んでいく。

「はぁー結構奥から来てたんっすねー」ミリナは上半身から力を抜き、だらりとしている。「ああ、おなかすい……ん? あれは……?」

 ミリナは急にすっと背筋を伸ばし、前方を指差した。

 彼女が指を差す先には、不自然な形で絡み合う植物が見えた。


「これ……なに?」

 アーリが近寄って見てみると、それは斜めに砕け、燻んだ灰色の石の塊であった。中から錆びついた鉄の棒が飛び出していて、それにも植物が絡みついている。


「石にしては、なんかざらざらしてる……。ループさん、知ってますか?」

 ミリナはそれを叩いたり、植物を払ったりしてみるが、のっぺりとした石が地面に埋め込まれているのみで文字などは刻まれていない。


「……分からないな、こんなもの初めて見た」バレントほど長く生きているループでさえ、頭を捻る。「まぁ、いい先に進んでみ——」

 ループは視線を前方に戻した時、言葉を詰まらせた。


「どうしたんで——」

「ん? えっ……」


 三人の目の前に現れたのは、同じ様な石塊が道の両脇に並んでいる光景だった。破損の具合や大きさは違うものの、確実に自然のものではないと言い切れるほど綺麗に平行に並ぶ石達。大きいものからは二本、三本と鉄の棒が飛び出している。地面には砕けたその不思議な石の一部と思われる物が転がっていて、緑色の苔を纏っている。


 そしてそれらは怪物が通った道の通りに緩りとカーブし、森の奥へと続いていた。


「道……ですかね?」

「……確実に言えるのは……人間の手で作られた物って事だが。……そんなこと、あり得るのか」


 これまでの自分の人生で見たこともない異様な光景を前に、少女は静かに馬を歩き出させた。

「確かめよう。だれか人がいるならその人達がバレントの事を知ってるかも」

「……けど、その人達がバレントさんやナーディオさんを殺し——」

「行かなきゃ! 死んでるかもわかんないでしょ⁈」


 石が両脇に続く道はかなり長く続いていた。

 十分、二十分、一時間。馬は歩けど、それは続いている。怪物に壊されたのか、それともなにかの道しるべに誰かが置いたものなのか、彼女らの中で、誰もその答えは持ち合わせていない。

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