第14話

 怪物に押し広げられた森の道を行くと、破壊されたゴーレムが寝そべっていた。こちらの方が破損状態は先ほどのものよりは酷くない。胸を潰されたのみで、頭部や四肢はそのままの状態で残されていた。

 細い腕と脚、ドラム缶のような頭。それらを繋ぐ腱の役割を担うワイヤーは剥き出しになっている。


 その横を抜けながらアーリは糸の切れた傀儡のような機械を観察した。


「なんか人間見たいだね」

「ああ、クリスタル屋のフラップスみたいだな……もっともあいつはクリスタル屋の爺さんが作ったものらしいがな」

 フラップスは二番街で働く機械売り子だ。自分の名前とお決まりの定型文以外は喋らないが、愛らしい見た目と仕事熱心な様子に、街の人々から愛されている。


「ヤスイヨ、ヤスイヨ!」

 ミリナは単調な喋り口調のフラップスの物まねをした。

 アーリは不穏な周りの景色に似合わない、おとぼけにくすくすと笑った。

「似てる似てる!」

「ふっ……さぁ行くぞ。日も傾き始めて時間がない。この先の川の近くで野営地を探そう」

「はーい! お腹空いたヨ~」


 アーリ達は怪物の通り道を進み、他の二体の壊されたゴーレム達を発見した。それらは全て胸部が破壊されているという共通点があるのみで、破壊の具合も全てバラバラであった。一方は両腕を千切られているが、もう一方は頭部に複数の穴が空いている。


「そういえば、バレント達も野営したのかな?」

「……ああ、こちらから炭の匂いがする」ループは道を外れ、森の奥へと入っていく。「そう遠くないはずだ」


 怪物の通り道から外れ、ループの鼻を頼りに二十分程進むと、樹海の中に小さな空間があった。

 そこには前の使用者達が残していったままの野営用の少し大きめのテントが設置してある。歩いて直ぐの場所には川もあり、飲み水には事欠かなそうだ。

 彼女たちは直ぐ近くに馬を留め、荷物を降ろし、前使用者が座っていたであろう倒木に腰かけた。


「ここで寝泊りしてるのかな」

「……違うな」ループは残念そうに首を振る。「最低でも二日間、この場所に人は立ち入ってない」

「そっか……バレント、どこに行っちゃったんだろう」

 アーリは一つ最悪な結果を心の中で描き出してしまった。

「もしかして……死んじゃっ——」

「そ、それはないよ! バレントさんは強いし、師匠や他の凄腕ハンター達もいるんだし大丈夫だって!」

「いや、最悪は想定しておいた方がいい。あの怪物だってどこの誰が作ったものか、どこから来たのかすら分かっていないんだ」

「ルー、プさん?」

「なんだ? 私は事実を述べたまでだ。勿論、私もアイツやナーディオが簡単に死ぬとは思わないがな」

「ま、まぁね! アーリちゃんもそんなにしょげないでさ!」

「……うん」

 俯いていたアーリが顔を上げる。不安に満ちた表情であったが、無理矢理笑顔を貼り付けている。


「……飯にするぞ。私は薪を拾い集めてくる」

「お、やっとごはんですね」ミリナはわざとらしく腹をさすった。「お腹が好きすぎて、そこらへんの野草を食べようかと思った……」

「……あまり変なものは食べるなよ」

 ループの忠告に、ミリナは胸をドンと叩く。

「そこは平気です! 元盗人ですから、森で野草を取ったしてました! 大丈夫そうなのは分かりますから」


 ミリナの高らかな宣言は、兵士のそれを彷彿とさせた。だが、ループもミリナの扱いに慣れてきたのか、あまり気にかける様子もなく、そそくさと木々を拾い集めに行ってしまった。森の中に虚しく響くその宣言は、なぜだか不安に駆られる少女の心を若干だが軽くさせたのであった。


「私、水汲んでくるね! ミリナさんはここにいて」

「分かった! アーリちゃんも気を付けてよ?」

「だいじょーぶ、何かあったら叫ぶから!」


 アーリは鞄の中から銀色の水筒を取り出すと水の流れる音の方へと歩いていく。


 傾きかけた日が樹海の中を一人で歩くアーリ。普通であれば周りの恐怖に足が竦んでしまいそうだが、それ以上に彼女はバレントを探したい気持ちが優っていた。

 

「……最悪の結果か」

 バレントが死ぬはずがない。ミリナとループの言葉を思い出していた。

「だよね……」

 

 五分も歩かないうちに、水が轟々と流れる音が大きくなってくる。目の前の木々の切れ間の一面の緑色の中に、白緑の流れを讃える清流が見えた。少女よりも大きい岩は苔に覆われ、倒木は天然の橋となって川を渡している。水飛沫が近くに生えるシダ植物に潤いを与えているのだろう、先程までの道のりよりも植物が多い。


 アーリは沈み込む気持ちを抱えたまま、川の流れをぼんやりと見ていた。吸い込まれそうなほど綺麗な流れは、周りの事など気にしていない様に自由気ままであった。

 

 どれくらいそうしていたのか。時間を忘れるほど、アーリは川に没頭していた。秋口で寒いはずなのだが、そこまで風が吹いていないからか、寒さは感じない。


 水の音、鳥達のさえずり、そして自分の内側を流れる血の音までもが聞こえた気がする。


「あ、戻らなきゃ」

 アーリは水を組んでいると、親子のムムジカが森の奥からこちらを観察しているのを見つけた。子供の方はまだ幼く、自分の身を守るための白い体毛は未だ生えそろっていないらしい。親は見慣れない生物を品定めするような眼差しをこちらに向けている。


「ここにもいるんだね」

 彼らは温厚な性格で、人にはほとんど近づかない。アーリがムムジカの気配に気づいた瞬間、さらに奥へと駆けていった。


 野営地に戻ると、ループとミリナが火を起こそうとしていた。

 ループが足音に気づき、ちらりとこちらを見た。

「大丈夫だったか?」

「ムムジカの親子がいたくらいかな」アーリは倒木の上に腰掛ける。「火、つきそう?」

「もう、ちょ、っとで!」


 ミリナは着火用のクリスタルライターを何度も点火させている。

 カチ、カチ、カチ。

 樹海は湿気が多く、薪も乾いた木ではないからか、火が付きにくいようだ。


「うーん、着くんだけど燃えないね」

「ちょっとやってみていい?」


 アーリは木を受け取ると、ナイフでそれを薄く何回も削り、くるくるとした羽の様に毛羽立たせた。

「これなら着くと思う、バレントもそうやってたんだ」


 今度はクリスタルライターを受け取ると、その木の毛羽立ちに火を付けた。

「やるじゃないかアーリ」

「おお、すごいすごい!」


 木材の中に火のついた木片を放り込むと、瞬く間に火の手が大きくなっていく。肌寒さはどこかへ行き、代わりに火の温かみが彼女達を包み込む。


「さ、ご飯食べよ!」

 

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