第13話
アーリ達が踏み込んだ森は、彼女達の家がある北の森よりも更に深く、入ってすぐ以外の場所は人があまり踏み込んだ形跡もない。お世辞にも歩き易いとは言い難い道を塞ぐ、倒木には苔がびっしりと張り付き、視界一面を覆う鮮やかな緑色が広がっている。木々の間に見える空間は、昼間なのにも関わらず、濃いブルーグレーの闇がそこにあった。
耳を澄ますと、遠くから微かに聞こえる水が流れる音と生き物達の鳴き声が聞こえてくる。しかし、生き物の声はどこか彼女達の侵入を拒む自然のサイレンのようでもあった。
肌にべったりと張り付く嫌な湿気は、何かに見られているような錯覚さえ植え付けてくる。
一寸先の分からないこの場所はアーリの恐怖心を煽ってくる。オクトホースに跨っているだけなのにも関わらず、彼女の背筋を冷たい汗が流れ落ちる。
「ここを怪物が通ったのは確実らしいな」
不自然に折れ曲がった木々や踏み荒らされた痕跡が、大きな怪物が調度通れるサイズに森を切り拓いている。怪物が作り出したその道はまるでぽっかりと空いたトンネルのようだった。
「うん、これを辿って行けば……」
「みたいだね。でもなんでこんな所にレオルプトルがいるんだろ」
「樹海の奥に彼らの生息地があるのかもしれないな。まぁ行ってみれば分かるだろうな」
奥に進んでいくにつれ、木々の海は段々と深くなっていく。悪路を走行するのが得意なオクトホースですらゆっくりとしか進めない。
「なんだか薄暗い場所だなー、いやな感じー」
ミリナはいつもの能天気な感じを崩さない。
「いい噂がない場所だ。先入観もあるだろうが……それにしても生命の反応が有るようで無いような不気味な場所だ」
「うん、どこから怪物が来るかも分かんないから気を付けようね」
アーリは意外と冷静であった。
「ループさーん、後どんくらいー?」
「まだ三十分も経ってないだろ……」
全く変わり映えのしない景色にミリナが痺れを切らしたようだ。
「でも、もうすぐじゃないの?」
「ああ、らしいな……機械オイルの匂いがしてきた」そういうとループは駆けだした。「先に行って見てくる! ゆっくり来い!」
左へ緩くカーブした機械生命体の作った道の先へループは消えていく。
「ちょ、ちょっとループさん!」
「ループなら平気、私よりも強いし早いんだから」
「……うーん、そっか」
アーリとミリナがオクトホースに揺られながらそのカーブを曲がると、そこから先は一直線に道が続いていた。今まで先が見えなかったのだが、直線の先からは眩いばかりの白い光が差し込んできていて、トンネルの出口のようだった。
「なんか……綺麗……」
例え街を襲った怪物の通った道だとしても、少女の目には幻想的な景色に映った。
「アーリ! ミリナ! ここだ!」
光の中からループの叫ぶ声が聞こえてくる。
「行こう、アーリちゃん」
一直線の道を進む。光に目が慣れ始め、その中を見通せるようになってきた。
「ここって……」
少女の目の前に広がっていたのは、自然にできた広場であった。中央悠々と聳え立つ一本の太く雄大な木が、周りの栄養を吸い上げているのだろう、その周りだけぽっかりと空間が空いている。
「これだ」
ループの鼻先が差す場所には、破壊された機械警備機構の残骸が転がっていた。歯車やケーブル、そしてクリスタルのエネルギーを通すチューブなどが無残にもバラバラにされていて、人の形を成していたであろう警備機構の下半身のみがそのままの状態で残っている。
「これが警備機構……だった物だな」
「初めて見たけど、結構大きいんだね……」
アーリはオクトホースから降りると、残骸に近寄ってまじまじと観察した。鈍い鉄剥き出しのボディは所々引っ掻き傷がついている。
「……そういえばなんでこんな機械が樹海にあるの?」
「あ、私、師匠に聞いたことあります! 通称ゴーレムって呼ばれてて、樹海を切り開く計画が持ち上がった時に作られたの。さっきレオルプトル?みたいな機械みたいな奴を調査してる人が作ったと思うんだけど」ミリナはなんだか得意げな顔を浮かべている。「それで、数か月前にやっと完成した数体のゴーレム達を森に放ったって感じらしいよ! 今はまだ樹海を探索するだけの機能しか無いらしいけど」
「なるほどな……確かにこんな怪しい樹海に入ろうなんて人間はそういないだろうし、理には適っているが……」
「……それが破壊されちゃった訳だよね」
「うん、街の代表者達もそこまで時間と資源を掛けようとした計画じゃなかったらしいから、かなり脆い構造なんだってさ」
アーリ達はしばらくその残骸を見ていた。
そして、アーリは自分の中に湧きだした疑問を口に出す。
「だけど、なんであのレオルプトルはゴーレムを破壊したんだろ?」
アーリは素朴な疑問をループとミリナに投げかけた。
「む……あまり私は機械に詳しくないぞ」
ループは顔を逸らし、ミリナを見た。
「え、わ、私も知らないよ! 師匠に聞いただけ、だから! 多分……怪物としての本能が……残ってるとか? わかんない!」
しどろもどろなミリナであった。
「そっか、まぁ今回はバレント達を探すのが目的だから、ロッドさんとかに任せる方がいいね」アーリは顔を上げて周囲を見渡した。「ループ、バレント達の匂いは追える?」
「ああ、本当に微かだが、この場所にそぐわない匂いがしている。向こうだな」
ループが鼻先を向けた先は、樹海の北側であった。例に漏れず、そこにも怪物が通ったであろう形跡が残されている。
「きっとあの先には怪物が破壊したゴーレムがあるはずだ。さっき見た地図とも合っている」
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