第12話

「出発だな」

「しゅっぱーつ!」

「うん、行くよルズ」


 手綱を握るアーリの手に必要以上に力が入る。


 ふと、振り返ると訝し気に自分の出発する様子を見ている街の人々が目に入った。手を振る子供達とそれを訝しそうに大人達はどこか胡散臭いものをみているようだ


 私が帰って来なかったら街はどうなってしまうんだろう。もしかしたら、もっと混乱を生み出してしまうんじゃないのか。勝手な決断で街の人やジェネスさんに迷惑をかけているのではないか。

 湧き上がった小さな疑問は少女の中で大きく膨れていく。それらはバレントの言葉の通り責任という鎖になって彼女の心を締め付ける。


 アーリ達が街を出ようと、街道の脇に寄せられた怪物のすぐ横を通り抜けようとした時だった。

「あ、アーリ! 待ってー!」


 遠くから聞こえてくる自分を呼び止める声に振り返ると、怪訝そうな顔を浮かべている街の人々の中から二人の少年少女が飛び出してきた。


「カルネ! レーラ!」

 二人は脇目も振らずに、アーリ達の元へ駆け寄ってくる。


 心配そうな表情を浮かべている二人。言いたい事は分かっていた。

「本当に行っちゃうの?」

「そうだよ、別にアーリが行かなくったって……」


 昨日の襲撃、そしてアーリ達が追加の調査に出る事は、子供達に伝わる程に噂が広まっているのだろう。

 

「ううん、違うの。私が行きたいんだ。バレントを探さなきゃ」

 少女は自分の口を突いて出た言葉に驚いた。先ほどまで悩んでいた事の答えがそこに詰まっていた。

 全てはバレントの為だった。街の事——どうでも良い訳ではないけれど、一番大切なのは家族を守る事だった。ジェネスさんや兵団にもっと大きな事は任せればいい。自分の小さな手で、出来る能力で出来る事をすればいいんだと。

 

「そっか、そうだよね……うん、私、アーリが帰ってくるまで毎日お祈りする! アーリ達が無事に帰って来れますようにって!」

「うん、ありがとうレーラ!」


 はきはきとしたレーラの横で、カルネは後ろで手を組んでなにやらもじもじとしている。

「あ、あのさ……」

 カルネはそこで言い淀んだ。

「どうしたの?」

「こ、これ! 作ったんだ! せっかく貰ったクリスタルだけどさ、俺が持ってるよりアーリが持ってた方がいいと思ったんだ」

 カルネが差し出した手のひらに、真っ赤なクリスタルが置かれていた。小さく穴を開けた穴に紐を通しただけのネックレスに変わって。


「首からかけれるようにしたんだ……なんかあっても街を、俺らを思い出してくれよな」

 

 アーリはカルネの手からその不器用なネックレスを受け取ると、それを首にかけた。

 ぐっとクリスタルを握りこむと柔らかい温かみが広がっていく。

「……カルネ、ありがとう」

「うん、絶対に戻ってこいよ! 俺との約束だからな!」そこまで言ったところでカルネは少し恥ずかしくなったようだ。「……レーラと俺との、な」

「そうだよ、アーリ! もし戻って来なかったら今度は私達が探しに行って、約束破りっって呼んじゃうんだからね!」

「そ、そこまでは……言ってないけどさ」


 いつもの調子を崩さないカルネとレーラに、アーリはくすくすと笑った。

「うん、絶対帰ってくる! 二人も気をつけてね」


 二人が頷くのを見て、アーリは手綱を引いた。

 

 街の雑踏がだんだんと彼女の背後で静かになっていく。

「いってらっしゃーい!」

「帰ってこいよー!」

 レーラとカルネが跳ね橋から叫ぶ声がアーリの耳に残った。



 跳ね橋から東の樹海までは四キロほど離れている。ほとんど何もない平野で、関所を

オクトホースの全力であれば二十分ほどで着くだろう。

「そういえば、ミリナさんは東の樹海に入ったこと、あるの?」

「あるよ、一回だけね」

「……ほう、それは頼りになるな。案内は——」

「まー、入ったって言っても、本当に一歩入ったくらいですよ。ナーディオさんには危ないから関所に居ろって言われちゃったからね」


 能天気に喋るミリナにやれやれとループは首を振る。

「……しょうがないか」

「その時はなんの依頼だったの? 怪物の討伐依頼?」

「いやー、確か……」ミリナは頭を捻って記憶を手繰り寄せている。「えっと……あ! その時は、新しい植物調査の同行だったかな。何人か研究員を連れて行ったの」

「そっか……」

「ご、ごめんね、役に立たなくて」

 俯くミリナだったが、ループはあまり気にしていない様だった。


「……まぁまずは警備兵の話を聞いてみるか方向が分かれば何とかなるさ」

「ループの鼻もあるし、ね!」

「なんとか私も役に立てるよう頑張ります……」

「お前は感がいいと聞いた、きっと役に立つ場面は来る」


 そんな話をしていると、オクトホースは平原を抜けて、山間にある関所が見えてきた。そのすぐ奥から樹海は始まっていて、湿った木々の匂いが風に運ばれてくる。

 樹海の木を切り出して、組み上げられたそれは、監視塔の役目も兼ねているため背の高い櫓も備えられている。

 はずなのだが、やはりこの場所も怪物が通り抜けようと破壊したのだろう。無残にもその残骸が地面に散乱していて、数人の兵達がそれらを拾い集めていた。


 この場所は関所とは呼ばれてはいるが、数か月に一度ハンター達が樹海に入るときに通過するぐらいで監視塔の役割の方が大きかった。


 オクトホースの足音に気が付いた兵が振り返り、声をあげた。

「お前達は何者だ?」

 言われてみればそれもそうだ、二人の若い女と一匹の白狼。怪物が暴れた東の樹海へ行こうというのだから。

「ああ、お前はあまり知らねぇんだな。ありゃあ、怪物少女と喋る毒白狼、盗賊上がりだな」

 アーリ達に気付いたもう一人兵士がそういった。


「あまり……その呼び方はされたくないんだけど……」

 アーリがそうつぶやくが、彼らの耳には届かない。


「ここを通って東の樹海の調査へ行かせてもらう。ジェネスには許可を貰ってる」

 ループがハッキリと告げる。

「なるほどな、まぁ俺らは止めることもないし、関所も御覧の通り破壊されちまったからな」

「ああ、通らせてもらう。ついでなんだが、警備機構が破壊された場所を教えてくれないか?」

「ん、ああ。樹海の……ちょうど真ん中辺りだな」男はそういうと地図を出してきた。「この辺……だな。そこから北側に向かってって感じだな」

「なるほど」ループは振り返り、アーリとミリナを見た。「行くぞ、二人共」

「うん」「よっしゃー!」

 

 深く暗い森の中へ飲み込まれるように三人は、樹海の中へ入っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る