第11話
アーリ達は出発の準備を始めた。アーリとループは一旦ミリナと分かれ、手始めに自分の荷物を取るために、ロッドの店のある二番街へ訪れる。
彼らの行きつけにしているバングロッドの店に、いつもの仏頂面は無かった。その代わりに、若く筋肉質な男が店先でハンマーを振るっていた。
噴き出す熱気に顔をしかめながらも、彼は太陽のように赤くなった金属を叩いている。
「あ、あの……す、すいませんー」
「荷物なら裏にある、好きに持ってけ!」
アーリの呼びかけに、男はぶっきらぼうに返した。昨日の襲撃で殺到した注文に人手が居らず、相当忙しいのだろう。彼のすぐ脇には大量の発注書が山積みにされている。
アーリはこれ以上邪魔をしないようにスーッと後ろを通って、工場の裏へ行った。
乱雑に物が置かれたその部屋は、鉄の匂いが充満している。あけ放たれた窓こそあれど、すぐ後ろの路地からはぼんやりと光のみが差し込んでくる。薄暗い物置部屋の中央に置かれた机と四脚の椅子がそこにあるべき物ではないようにさえ感じる。
机の上に広げられた時代遅れの地図と、その上にどんと置かれた茶色い革の鞄とアーリの銃。
アーリは鞄を背負い、肩掛けのベルトでライフルを背負う。ずっしりとした重みが肩にのしかかってくるのを感じ、彼女は絵も言えぬ恐怖を覚えた。
バレントに付いていく何時もの狩りとは全く違う出発。
初めて自分の意志で狩りに出る。しかも、見たこともない怪物を倒そうというのだから怖くない訳がなかった。
膝が彼女の意志とは別に小刻みに震えているのが分かった。しかし、彼女に辞めるという選択肢は無い。怖がっている今この時間も、バレントや他の狩人達がどんな目にあっているか分からない。
行かなきゃ。
二番街を後にし、次は彼女らは三番街で食料を買い漁る。干した肉やパンなど、保存の効く物を幾つか購入した。
「これで何とかなる……かな」
ナイフやら食品やらでいっぱいになった鞄を背負うと、肩にぐっと重みが増す。
「うむ……正直どれ位必要かは分からないが。それだけあれば、三人で三日間は生きられるだろう。足りない分は樹海の木の実や果物でなんとかしよう」
「うん。じゃあ、ミリナさんと合流しよっか」
二人は五番街へ向けて歩き出す。準備が出来次第、ミリナと待ち合わせすると決めていたからだ。
「なんか人が多いね」
五番街には、商人以外に子供達やその親、農民など普段五番街にいない人々も多く見えた。ざわざわとした雑踏が東の破壊された門へと向かっている。
「みんな、アーリが倒した怪物が気になっているのだろう」
無邪気にはしゃぐ子供らに比べ、大人達は含みのある笑顔を浮かべている人々も多い。そして、それらはアーリやループに向けられた物でもあった。
中にはアーリやループを見た目だけで判断する人々もいる。
「あいつらが誘い込んだに違いない……」
「ええ、きっとそうよ。兵団はなぜあいつらを追い出さないのかしら」
「間抜けな兵団もきっとグルなんだ」
「……みんな不安なんだね」
「ああ、必死に今日を生きようとしてるんだ。あまり気にするな」
気にしないようにしても、やはり心無い言葉は聞こえてきてしまう。
沈み込む気持ちをぐっと堪え、アーリは東の跳ね橋まで歩いていく。
破壊された壁や家屋の残骸が、無残にも
「まだミリナさんは来てないみたいだね」
「まぁ、そんなに時間は掛からないだろう」
「おう、来たかおめぇら!」
「ロッドさん! お疲れ様!」
ミリナの代わりに、不躾な声がアーリとループを呼びつける。それは怪物の調査を先導するロッドだった。
親しげに近づいてくる彼の手の中には、怪物の鋭い爪の一部が握られている。切断されたケーブルと爪を動かす内部の構造が丸見えになっていた。
「お前ら、よくこんな化け物を倒したな」ロッドは今一度手の中にある爪をまじまじと観察した。「一体誰がこんなもんを作り出せんのか……」
「そいつについて、何か解ったか?」
「ん、ああ、金属の部分はかなり精巧に出来てる。筋組織はガードベルの物と同じ、人工的に作られた筋肉だ。あまり大きな声じゃ言えねぇが、こいつは確実に誰かが送り込んだもんだ。しかもかなりの技術を持つ人間の仕業だ」一層声を絞ってロッドは喋った。「ジェネス兵団長は野生の怪物が警備機構を破壊して取り込んだと説明するらしいがな」
「うん、そう言わないとみんなが驚いちゃうもんね」
「アイツもなかなか頭がキレる奴だぜ……。んで、お前らは樹海に調査しにいくんだろ? ジェネスから聞いてるぜ」
「ああ、ミリナが来ればすぐにでも出発だ」
「ったく……親が親なら、子も子だな。でも、そう言い出すと思ったぜ。ちょっと待ってな」
ロッドはそう言うとそそくさと自分の荷物へ走っていき、何やらごそごそと掻き回して何か銀色のものを持って戻ってきた。
「これ、持ってけよ。些細だが俺からの討伐報酬ってところだ」
ロッドがアーリに手渡したのは銀色の腕甲だった。赤と青、そして黄色の水晶が手の甲に埋め込まれ、三つの小さな丘がある。
「……あ、ありがとうございます!」
アーリは左腕用のそれを手に付けてみる。革のベルトを引っ張るとぴったりと彼女の左手にフィットした。キラキラと光を反射する三つのクリスタルがまるで高級なアクセサリーかのように見えた。
「なんとなくだが調整済みだぜ? かっこいいだろ。本当は誕生日プレゼントにしたかったんだが……ちょっと調整に時間が掛かっちまった」
「うん! 昔話の騎士様みたい!」
アーリは色々な角度から手に装着した腕甲を見て、嬉しげだった。
「なんだ、また玩具箱から変な物を取り出してきたのか?」
「ぐ、玩具箱ってのは認めるが……こいつぁすごいんだぜ。軽量金属で出来てるから軽くてしかも丈夫。おまけに……」そう言うとロッドはアーリの左腕を掴んだ。「ぐっと握り込んでみろ」
アーリが言われるがままに左手を強く握りこむ。
ジャキンという剣を柄から抜く様な音と共に、三つの丘から三本の鋭い爪の様なナイフが飛び出す。
「……す、すごい!」
「だろう? おまけにヒートナイフ見たいなこともできるんだぜ? クリスタルを押し込んでみろ。それぞれに対応した力が爪に流れ込むんだ」
アーリが試しにフレイム・クリスタルを押し込むと、エネルギーが腕甲自体に流れ込んで爪にまで達する。真っ赤に加熱された炎の爪がアーリの目の前で燃え盛る。
「……かっこいい。ありがとうロッドさん!」
アーリの心からの呟きに、ロッドは満足げにそして高らかに笑った。
「いい反応してくれるじゃねぇか! どっかのおっさんやお堅い狼さんには出せねぇ反応だな。本当はただのお飾りだったんだが……こんな事態だ、まぁ上手く使ってやってくれ」
「うん、ありがとう!」
「おっ、またっせー!
アーリがロッドに詳しい使い方を習っていると、野次馬の群れを掻き分けて鈍い緑色のコートを羽織ったミリナが彼女の馬を引きながら走りこんできた。
「やっときたか」
「ごめんごめん! 何持って行こうか迷っちゃって」
「ったく……、お遊びじゃないんだぞ?」
「ま、まぁいいじゃんループ。強張り過ぎてもいつもの動きが出来ないよって言ってたのループだし」
「むぅ……まぁいい。出発だ」
「待ってろー師匠! 今行きますからね!」
「うん、行こう」
アーリが人知れず小さく握り込んだ右手の平から真っ白で淡い光が溢れた。
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