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何度も見た映像が繰り返される。わたしは食傷しながらも、指導を受けたくないから熱心に鑑賞しているふりをする。クラスの子で疑問を持つものはいない。わたしはそのこと自体に疑問を持っている。
映像が切り替わり、画面いっぱいに大きなハートマークが表示される。片側は人間が手を丸めたハート形にしていて、もう片方は地球を構成する様々な物質がミニチュアになって片側のハートを埋めている。ハーフアンドハーフ。異種愛についての説明が始まった。
人類は多様性を徹底的に尊重した。虫を愛する人、建物と性交渉する人、そしてコムムワのようなおもちゃを愛する人を擁護した。多様性を尊重するという範囲に異性愛は含まれなかった。何世紀にも渡り、もう充分恩恵を受けたのだからいいでしょう? 同性愛を容認した人類は異種愛も簡単に認め、それからというもの様々なマイノリティーを認めざるを得なかった。そこに嫌悪感や疑問を投げかけることなんて、新たな価値観を入手した人類には許されなかったのである。
多様な愛のかたちの結果、多種多様な人種が生まれるのはもはや自明の理。この制度は同性愛と異種愛には本当に寛容だった。
とはいえ虫と人間ではもちろん直接の子供は作れない。だから、クローンを作ってそこに異種の遺伝子を注入した。白人、黒人、黄色人種などは旧世代の分類で、今はアルビノだって珍しくない。GFP蛋白質の遺伝子を導入することで体が光る人もいるのだから、肌の色での仕分けなんて無意味だ。
わたしのお父さんが、保護されたジャパニーズ・ボブテイルだったように。
ティアのお母さんが、絶滅したスミロドンだったように。
その子孫はある程度、特徴的な形質を受け継いでいる。ひとつの形質は複数の遺伝子の発現からなり、それまで複数の遺伝子を導入することは技術的に困難を要したけれど、とある国の五月雨式実験により技術が確立したのである。
当然のことのようにデザイナーベイビーを作成するにあたって予期せぬ不具合は頻発した。でも、その遺伝的変異を修正するのは新たな遺伝子を導入するよりずっと困難で、いたちごっこどころかもう収拾のつかないところまで来ている。
多様性なんて。人類はまだ空だって飛べてないし、深海で暮らせてもいないのに。多様性なんて馬鹿馬鹿しい。
わたしはページをぱらぱらとめくる。保健の授業は道徳の授業と統合されていたけれど、わたしにとっては退屈そのものであった。隣人を愛せ。奉仕せよ。認めあおう。助けあおう。愛、多様性、寛容。そして、触れあってお互いを知ること。皆さんもクラスのお友達の体にもっと触れあいましょう――。わたしたちの暮らしでは、なんでもかんでも最終的には性に帰結する。これだけでもわたしの拒絶反応は相当なものだったけれど、今はまだほんの一部。先生曰く、進学したらもっと実践的な内容を学ぶことになるらしい。
この体制で思わぬ収穫が得られたことは記憶に新しい。増え続けていた世界人口が恣意的に抑制されたことにより人口問題が解決した。これには一夫多妻制度の採用も寄与していた。
一方で同時進行していた食糧問題の解決は昆虫食の導入では難しかった。第一にコストがかかること。第二に権利団体の主張。虫は食べるものではない愛するものだという主張である。この団体は過去に植物とロボットの権利も主張していた。実際、虫も植物もはたまたロボットも知性化にはほど遠いのだけれど、呼吸をする生物や人間と同じかたちをする物体には来たるべき将来を見越して同様の権利を与えたいというのが、彼らの要望であった。わたしの嫌いな勝手な擬人化である。けれど、それを公で反論することは天に唾することに等しかった。
こうして我が国は、矛盾するはずの優しい世界と自由の侵害を両立した。自由の侵害。たまにクラスメイトが「転校」していく。家族も「転居」していく。その末路は分かっているけど誰も言語化しない。ただ、黙って怯えながら目配せするだけ。
いじめはなくなった。差別もなくなった。愛にまみれた現代ではそんなことに割く時間はない。お互いを愛撫していたら馬鹿らしくなってくる。けれど、いつまで経っても自分勝手な異性愛は取り締まられた。
でも、と思う。わたしとレヒメを見てよ。恋愛なんて全部、自分勝手なものなのに。いつの間にか、異性愛はかつて同性愛が落ちていた地の底まで転落させられていたのである。
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