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……わたしがレヒメに告白されたのは、市立公園の遊具に二人で腰掛けていたときだ。わたしがドリンクで喉を蠢かす隣で、レヒメは沈んでいく夕日を名残惜しそうに見送っていた。そのレヒメの銀髪が日の名残に照られされて輝くとき、わたしはあまりにも刹那的すぎて本当に世界が終わってしまうかもしれないと感じたものだ。わたしは愛でる気持ちで、レヒメの横顔に見とれていた。そうして、意識してこなかったレヒメの泣きぼくろの存在に気づいたとき、レヒメは微風のような声で「好き」と言った。

 わたしは何事かと思った。思わず春の土の軟らかさを靴の裏で踏みしめた。未成熟なわたしにその意味するところは分からなかったけれど、そのまろやかな音符は確かにわたしの感情にめり込んだ。わたしは感情をほどく間もなく、「わたしも」と返事をしていた。握ったレヒメの手はじんわりと汗の粒が滲んでいた。

 そうしてわたしはレヒメと関係を結んだ。以前、レヒメにどうしてわたしだったのか、訊ねたことがある。レヒメは「わたしたちは同じだから」と、美しく流れるような指をわたしに絡ませた。わたしはぼんやりと理解した。積極的好意ではなく消極的好意なのだと。

 わたしは自分の容姿が嫌いだ。両目の色が違うのも、紺色に近い青い髪も、性格の色彩と不一致に感じるから。レヒメはそういうわたしのコンプレックスを見抜き、同時に自分のコンプレックスを重ね合わせ、わたしとの合一を選んだ。レヒメのコンプレックスは不明だけど、わたしはそう解釈している。

 つまり、冴えない女の子の集合ということ。レヒメがわたしを好きなのは、違う要素を求めたわけじゃなくてわたしの姿が映る鏡を見て安心したいから……。

「リフィル?」 

 レヒメがわたしに触れる。揺すったつもりなのだろうが、非力なレヒメには揺する行為は難しくて、膨大なエネルギーを消費する。

「大丈夫? やっぱり貧血ひどい」

「ごめん、ちょっと考え事」

 わたしの誤魔化しを疑うこともせず、「そっか」と、レヒメはボレロの首元のボタンを外す。わたしたちの制服は本当に着脱しやすい。

 わたしたちはベッドに向かった。清潔なシーツと綿の詰まった枕が夫婦になって出迎える。わたしは薄くて心許ないカーテンを閉める。すぐに、レヒメがわたしの首元を撫でた。

「くすぐったい」

 わたしは苦い気分を隠して笑った。何回、触れあってもレヒメの指はわたしの体に馴染むことはない。

 わたしがジャンパースカートを脱いだときだった。声がした。わたしとレヒメは顔を見合わせて、すぐさま脱ぎ捨てられた制服を着た。わたしは制服についた寝具の繊維を払いながら、保健室の戸に向かった。背後のカーテンにはレヒメが隠れている。レヒメは服の着用に手間取っていて、わたしは時間を稼ぐ必要があった。と――。

「わっ」

 わたしは弾かれたような声を上げた。すりガラスに赤い太陽が浮かび上がった。わたしの視線より上方で、すぐにそれが誰かの頭だと分かった。その子は顔を押しつけて、わたしを笑わせようとする。こんなことをする子は一人。長身で、燃えるような赤い髪の。

「ティア」

 わたしが破顔すると、ティアは「いたいた」と言ってずかずか入ってくる。

「人づてに聞いたんだ。リフィル、ここんところ保健室登校だって」

 ティアはわたしとの背丈を測って屈む。校庭の砂を吸い込んだ赤髪が、うしろで一つ結びにされている。頭頂にはまだ陽だまりが残っているようだった。

 わたしはティアが好きだった。ただし、恋愛としてではなく憧れとして。すらりとした体躯は同じ制服を着ていることを忘れるくらいの黄金比で、その身長と持ち前のキャプテンシーをを活かして男の子に混じって遊ぶ姿はいつ見ても生命感が漲っている。

 男の子がおバカなことをやってるのは好きになれない。だって幼稚だから。でも、ティアは違う。精神年齢の高いティアがそういうことをするのは、逆説的に異性の遊びにも合わせられる高度な精神性を持つ証明になる。

「それで、体調は?」

「うん、平気。おかげさまで」

「それは安心」ティアは言ってわたしの背後を見る。「レヒメ」

「ティアが来ると保健室が公園みたい。リフィルの様子を見に来るなんて思わなかったわ」

 カーテンを開けたレヒメは穏やかな口調で言った。でも、わたしは静電気ほどの皮肉を感じ取らずにはいられなかった。

「用事があったんだ」

 ティアは苦笑いする。わたしは前方にいるティアと背後にいるレヒメに挟まれていた。振り返らない限りレヒメの表情は窺えない。それでもきっとレヒメは、二人の時間を邪魔されていい気分はしていないだろう。

「レヒメはどうして」

 意趣返しのように、ティアが聞く。そんな意図はないと思うけど。

「わたしもリフィルが気になって」

 レヒメは言下に答えたけれど不足していた。しかし、どうしてベッドのところにいたの、と聞かれることはなかった。ティアはわたしたちの様子を探りもしない。本当は気づいているかもしれないけれど、そこに触れないのはティアの大人なところ。

 わたしたちの仲はいい。仲はいいのだけれど、このところヒリつく瞬間は否めなくて、緩やかに崩壊している気がする。それでもわたしはかろうじて留まっている亀裂にとどめを刺したくなかった。

「用事って」

 わたしはティアに訊ねた。

「コムムワのこと。おもちゃ、聞いてない?」

「レヒメから聞いたくらいしか」

「まだ見つからなくて、今日の授業は持ち越しだって。それでさ、わたしたちも」

「探すってこと?」

 わたしはティアを遮った。ティアの性格なら言い出しかねない。

「体調が万全じゃないときに言いづらいけど……どうかな」

 体調のことじゃない。わたしが答えないでいると、ティアはレヒメを見やる。

「そうね。そういうことなら」

 レヒメは頷いた。ティアとレヒメがわたしを見る。どうする、と問うている。

「もちろん。わたしも探す」

 協力はこの世界では必須。わたしは二人に笑いかけた。

「じゃあ、先行ってるね」

 ティアが赤い尻尾を揺らしながら、ジャンプして去っていく。わたしがいつまでも見つめていると、右耳の空間にレヒメが囁いた。

「この続きはあとでね」

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