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午前の授業が終わってわたしたちは職員におもちゃ捜索の許可をもらった。職員は快く承諾してくれた。わたしたちは体操服に着替えて、校舎裏の草むらに集まった。校舎内はすでに職員の手で徹底的な捜索が行われていた。ティアが草むらに躊躇なく飛び込んでいく。手で草むらをかき分ける。この三人のなかで誰よりも肌が弱いのに怪我を恐れていない。レヒメも入っていく。袖と裾を伸ばして草に触れないようにしていて、足でおもちゃを探している。最後にわたし。わたしもおっかなびっくり探して、長い草が踝に触れるたびにくすぐったくなる。
炙られるような日光の下、わたしたちは手分けして探した。しかし、ティアの願いも空しく、三人分の音が草を戦がせて小一時間。わたしたちの捜索は終わりを告げた。
わたしは汗を拭う。レヒメがわたしをつついた。振り返ると、わたしの体操服のポケットに何かを忍ばせる。わたしがそれを取り出そうとすると、レヒメは黙って首を横に振った。
「そろそろ終わりにしよっか」
ティアが残念そうに言った。ティアの肌は茹だったように赤く、見るからに痛そうだった。ティアの肌の白さに日光の光は毒だ。なのにティアはその優しさをよすがにして、友達のために尽くしている。
結局、コムムワのおもちゃは見つからずわたしたちは帰宅することになった。ティアの姿が完全に消えてから、わたしは家ではなく青少年会館に向かった。
青少年会館はその名の通り、青少年の憩いの場だ。それなのにわたしは憂鬱だった。カーペットの上に誰かが零した飲み物の染みを指で擦りながら、青少年会館のプレイルームでレヒメを待っていた。
先ほど、草むらでレヒメに差し込まれたのは手紙だった。
――青少年会館で、続きをしましょう。
レヒメは手紙が大好きだった。ことあるごとに手紙を認めてわたしに送ってくる。レヒメはわたしを求めていて、わたしはそれに応ずるよりほかなかった。わたしはじゃれあう男の子たちを眺めて、時を待った。
「リフィル」綿毛のような質感で現れたレヒメが、わたしに笑顔を向けた。「待った?」
「ううん、今来たとこ」
「ごめんね。ティアと同じ方向だったから。ちょっと話しすぎちゃった」
レヒメはわたしの指を絡ませて、プレイルームの一角へと誘った。わたしが人目を気にしていると、レヒメはするりとジャンパースカートを脱いで、ブラウスだけの姿になっていく。
「リフィルも、早く」
わたしは本心を悟られないように制服を脱ぎながらも、レヒメの露わになった褐色の肌に吸い寄せられていた。レヒメはわたしの手を掴んで、肌に触れさせた。いつにも増して、レヒメの肌はしっとりとして珠のように滑らかだった。
男の子がこんな肉体を前にしたらだったら溜まらないだろうな。わたしは上の空でレヒメの輪郭に指を沿わせていく。そのたびにレヒメは小さく震え、怖くなるくらい揺蕩う声。
急に、レヒメの声が途切れた。
「どうしたの」
わたしがレヒメに訊ねると、紫の瞳が凪いだ。風を起こしたのは誰だろうか。レヒメに重なっていたわたしは背後を振り返る。
「ティア……」
わたしはそれきり言葉を失った。帰り道で分かれたティアがここにいる。どうして。憧れのティアにわたしたちの逢瀬を見られてしまった。わたしは言葉と呼吸を失った。
「やっぱりここだったんだ。今日、保健室にいたときから二人とも様子がおかしかったから」
「ちがうの、ティア。これは……」
「いいんだよ、リフィル」
わたしが弁解をしようとすると、ティアはそう遮った。
唇が言葉を待っていた。けれど、その言葉は永遠に出てこない。
ティアの口がわずかに歪んで、笑った。
「いいんだよ、リフィル。わたしもしたかったし。――恋愛じゃなくて、友愛だけどね」
ぎこちなく、もう一度笑った。
争うこともなく、穏やかにわたしたちは交わった。意外なことに、レヒメはティアの姿を見ても驚いていないようだった。いつかは三人で交わることになると覚悟していたのだろうか。あるいは望んでいたのだろうか。ティアの手前、レヒメは感情の波動を見せないから、わたしには知るよしもない。
ティアはこういう行為が初めてだったらしくてとても初々しかった。わたしはティアの遊ぶ姿しか知らなかった。写真を撮るときに手を振ったり、両手を広げ、ときに世界を抱きかかえるように、くるくる回っている溌剌なティア。だから、静止している写真が一枚もないティア。わたしにとってティアは歩いているだけで輝かしい存在。
この日、初めてティアの服の下に眠っている世界に触れた。骨張った肋骨、外側に芽吹く乳房。陽炎のような産毛は赤かったのに、肌は乳白色の宝石のよう。どこを触っても元気な感触がした。わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だって、この行為を通じてわたしたちがティアを、別のティアに変えてしまっている気がしたから。
わたしは太陽と月と睦んだ。絶対に交わらないはずの二人と同時に寝てしまった。わたしはショックだった。ティアが友愛を望んでいたなんて。
分かったことがある。わたしたちの相性は良くなかった。わたしたちは液体として混ざり合うことはできなかった。それはわたしのせいだろうか。レヒメは愉悦に耽り、はじめ硬直していたティアも打ち解けている。なのに、わたしはちっとも嬉しくない。こういうかたちで旧交を温めることは望んでいなかった。少なくとも、わたしは。
畳んだ制服を着ながら、わたしはそんなことを考えていた。ティアも投げ捨てた制服を拾い集めていく。わたしたちは終始、無言だった。
「帰りましょうか」
先に外に出ていたレヒメが言って、わたしとティアは靴を履いた。
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