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「やっぱり、レヒメか」
その小柄な姿を認めた途端、わたしの緊張の糸がぷつりと切れた。
レヒメ。わたしの友人。触ったら溶けてしまいそうな、細い輪郭の女の子。短い銀色の髪をしたその腺病質な子は、制服のボレロを揺らしながらゆったりとした挙措で部屋に入ってくる。
「よかった。リフィルだけで。――養護の先生はいないのね」
レヒメは幻のような微笑を浮かべる。
「さっき緊急ってことで出て行ったよ」
わたしが言うと、レヒメは考える仕草を見せる。
「きっと、コムムワね」
「コムムワ?」
「うん」レヒメは肩をすくめる。「コムムワ。愛する人がいなくなっちゃったみたい」
「ああ、それで……」
わたしはコムムワの尋常ならざる表情を思い出す。――僕のおもちゃ知らない?
「どうしたの?」
レヒメが首をかしげる。
「ううん。さっきここにも来たから。養護の先生が言ってた緊急事態ってそのことなんだね」
「多分、そういうこと。今、みんなで血眼になって探してる。養護の先生が駆り出されたってことはかなり……大事」
「そんなに大切ならロッカーに入れておけばいいのに」
言ってから遅いと思った。わたしは独り言のつもりだった。しかし、レヒメはお気に召さないようで、
「入れられるわけないよ、リフィル」
と、繊細な声帯を震わせる。わたしたちは親しい友人だったけれど、わたしの迂闊な発言のせいで会話の空白は避けられなかった。
「ところで貧血、大丈夫?」
空白を埋め合わせるように、あるいは沈黙を希釈するように、レヒメはわたしの体調を気づかった。
「うん、大丈夫だよ。ありがと」
わたしはレヒメに伝えた。本当は貧血じゃないけど、その理由は親しい間柄でも言えないのだ。わたしは嘘じゃないよ、とレヒメを充分に見つめた。レヒメの真水のまなざしが見つめ返す。
「よかった。本当に」
レヒメは無垢で、疑うことを知らない女の子だった。
「レヒメ?」
レヒメは椅子を引き寄せて、わたしの傍に座った。予鈴が鳴った。次の授業があるはずなのにレヒメは動かない。
「次もあるでしょ、授業」
「リフィルが心配だからって、担任の先生には言ってるよ」
それでわたしは悟った。レヒメの意図を。
レヒメはきっと、わたしが意図を汲み取るまで何も言わないだろう。ただ、体をよじってわたしの目を見つめることに終始する。いつもそう。
わたしは諦めて、「いいよ」
レヒメの瞳が濡れている。湿気た声で、「よかった」
レヒメは前髪を止めていたピンを外し、カチューシャのようにしているリボンをほどき、手術用具みたいに一列に机に並べた。
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