Ritardando
佐藤苦
第一楽章
求心力が強い女の子がいるなら、遠心力が強い女の子だっているのだろうか。
いるのだとしたら、わたしはそういう女の子になる。クラスの誰であってもわたしは無自覚に外側に押しつけちゃう悪い子。からかわれたり、無視されたりするわけではないけれど、わたしの周りにはいつも人が寄りつかなくて、先生たちを心配させてしまう。
面白いか、可愛いか、要するに魅力があるか。女の子はそういう属性にシビアで、女の子が仲良くするのはこの理由に辿りつくのだから、詰まるところわたしにはそのどちらかが欠けているか、両方を持ち合わせていないのだろう。属性のないアクセサリーなんて持っていても女の子は見向きもしないよって、かつて隣のクラスの子の友達の知り合いの誰かが言っていた。
でもそれでわたしがいじめられているかと言うと、そうではなくて。クラスの子はおしなべて優しかった。親しげに会話を交わすことはないけれど、そっとしておくという意味で優しいの範疇に入っている。
気にしてくれる子だっているにはいる。時折、物理法則からはみ出たクラスの子が、わたしが発する遠心力を無視して話しかけようとしてくれる。わたしはヒクつく口角を保存しながら、慣れていない笑みを浮かべる。けれど、あの、その……と歯切れの悪い返答にクラスの子は微笑みながらも遠ざかっていく。わたしは微笑みの裏側を知っている。全部、知っている。欠損やハンディキャップがある人に向けられる、あの柔らかい棘のあるまなざし。わたしは無力感に苛まれながら微笑みをお返しして、背中を見送るしか能がない。
そうして、わたしはクラスの子が楽しそうに話しているのを机に頬を押しつけながら眺めている。わたしに魅力がないだけ。その事実を知覚したとき、負の感情の渦巻きは自分を絡めとっていく。これが大体わたしの日常。つまらない日常。
だからこうして、わたしは保健室にいる。コーヒーカップのように椅子を回転させながら、白色の天井を仰ぎ見ている。ずっと、見ていても景色は変わらないし、苦手な人の顔が浮かび上がってくる隙もない。
保健室は安全な場所だった。白は健康的な色でわたしたちのカラー。白色灯は焼けるような白さで、壁面も境界が分からなくなるくらい純白で、そこに染みなんてもってのほか。この世界は清潔感を最も大切にするから。
ふと、視界の隅で何かが動いた。わたしは保健室の戸を振り返る。すりガラスの向こうにぼんやりと人影が見える。わたしは身構えた。
戸が開いて、ワックスのきいた床をきゅっと鳴らし誰かが入ってきた。わたしはふっと、息を吐いた。よく知る男の子、コムムワだった。竹馬というプリミティブな玩具が得意で、クラスメイトに問わず語りしている場面をよく見ていた。男の子はいつまで経ってもまるで成長しない。もう七年生になるのに、おもちゃに熱中している。
それにしてもノックもなしに入るなんて。わたしが着替えていたらどうするつもりだったのだろう。と、さすがのわたしも一言胸にあったけれど、なにやら様子がおかしいことを察知して出かけた言葉を飲みこんだ。
コムムワが早足で近づいてくる。その剣幕に、わたしは一歩後じさる。
「リフィル、ぼ僕の、僕のおもちゃ知らない?」
コムムワはわたしの名前を声変わりのしない声で呼んだ。
「おもちゃ?」
「うん。ぼ僕の大切な」
「ここにはいないよ。ごめんね。力になれなくて」
わたしが言うとコムムワは、血相を変えて走っていく。最後まで聞き取ってくれただろうか。わたしは呆気に取られてそれ以上何も言えなかった。コムムワはありがと、の一言も言えないくらい動揺していた。コムムワのおもちゃに何かあったのだろうか。あったとしても、本当にここにはないのだから、わたしには為す術がないのだけれど。
静かになった保健室でわたしは再び目を閉じた。さっきより深く椅子にもたれかかって、両手の指を数えながら、数字が歩く姿を夢想する。一、二……。
「失礼します」
ノックの音がわたしの夢を破った。声のする方に首を伸ばすと、すりガラスに人影。休む暇もないな、とわたしは苦笑する。
「入ってもいいですか」
曇った声だった。女の子だと思うけれど、かろうじて聞き取れるくらいの小さな声だ。勝手に入ってもらっても構わないのに動く気配はない。よほどの引っ込み思案だな、と思ったときわたしは数少ない友人の一人にそういう女の子がいたことに思い至った。
「誰?」
一応わたしが誰何すると、それには答えず音を立てず戸がスライドされる。
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