第1話 優しい妹
今にも泣きだしそうな雨雲が自分たちの青空を奪う、そんな景色を二人の少女は見つめる
―――恐れていた事が起きてしまった。
騎士の一団が馬車を引き連れこの場所へ向かってくる。
それに対応する形でシスターの二人が外へ飛び出していった。
遠目に見ているだけなので話している内容まではわからないが、シャスティーはひどく動揺しタミネイスは目を伏せていた。
シャスティーが騎士に何かを懇願しているが、それは叶わないようだ、騎士の人が首を横に振り悔しそうな表情を浮かべる。
騎士の一人が馬車の中へ行き子供達を連れてくる、おそらく自分達よりも小さく5歳から8歳くらいの子供達だ。
その数は20人程―――
その光景を一緒に眺めていた妹からは悲痛な思いが表情から溢れており、私の瞳からも自然と涙が零れていた。
妹の手をそっと握る、これから二人で立ち向かわなければならないのだ必ず訪れる滅びの運命に。
「お姉ちゃん...」
泣き出しそうな妹が問いかけてくる
「
それは自分自身に掛けた言葉だったのかもしれない、今の自分ではそんな言葉しか思いつかなかった。
やがて、ぽつりぽつりと雨が降ってくる、シャスティーは慌てた様子で子供達を建物の中に案内する。
騎士は馬の手綱を引き来た道を戻って行った。
涙を拭き妹のマーシャを見つめる。私と同じ見た目をした双子の妹、優しくてしっかりしている自慢の妹だ。
「マーシャは私が絶対守るから」
決意して告げる、だが、マーシャはどこか遠くを見ていた
「お姉ちゃん、私はあの子達も守りたい」
その言葉は衝撃だった、今の生活でさえ長くは続かない事が目に見えていた、その上でこの追い打ち、希望は全くと言っていい程無い。
それなのに、自分達では無く新しく来た子供達の心配をしている。
私にはわからなかった、こんな状況なのに赤の他人をどうして心配できるのか...
「私達は親の愛情なんて知らない、でも、あの子達は親を失った、きっと私達よりもずっと辛い思いをしてる...」
私達は親の顔すら知らない。
親から愛された事があるあの子達は私達にこれからの人生を譲るべきだと私は思った。
話を遮る形で扉が開く、叔母さんは子供たちを連れておらず、一人で来たようだ、たぶんタミネイスが食堂で子供たちに孤児院の事を説明しているんだろう
食堂は孤児院の中で一番広い部屋だからあの子供達を全部集めるなら食堂しかないだろう、叔母さんは私達の元まで近寄り涙を見せた。
「ごめんなさい...騎士様にお願いはしてみたのですが、食糧は少ししか手配できない様です...ごめんなさい、本当にごめんなさい」
叔母さんも最近は、ほとんど食べ物を口にしてないはずだ、ふくよかだった体も細くなり表情も最近悪くなってきている、きっと私達に食料を渡しているせいで何も食べれていないのだろう
「「大丈夫だよ、シャスティー叔母さん、私達なら平気だから」」
私は右肩にマーシャは左肩に、そっと手を置き同時に伝え笑顔を見せる、笑える状況じゃなくても、少しでも安心させてあげないと、ここまで頑張ってくれている叔母さん達が報われないから...。
私達の体を引き寄せ強く抱きしめる。
ちょっと苦しい、でも、とっても暖かかった。
「夕飯にしますよ、大したものはありませんが明日も生き抜かねばなりません、大人になった姿を叔母さんに見せてくれるまで、倒れる事は許しませんよ」
涙を拭い食堂に向かう、そこには暗い表情をした子や、未来への希望を抱く子供達がいた、両親を失った子供それでも、住むところが見つかったと喜ぶ子供達。
私は―――この子達が嫌いだ。
シャスティーとタミネイスが今日の食事をみんなに分けている
見ただけでわかる、手のひらサイズの一切れのパンにコップ一杯の水―――あまりにも足りてない
私と妹には専用のコップがある。これは5年くらい前に聖騎士のお姉さんから貰った物で宝物の一つだ。
私のには剣を持った勇者様が描かれている、妹のにはお姫様が描かれている、このコップも5年の歳月でかなり汚れてしまった。
一切れのパンをコップに入っている水に浸ける、するとパンは水分を吸収し少し大きくなる
それを口に運び飲み込む―――味は無い、どちらかというと、不味い、それでも普通に食べるよりはお腹が膨れる
妹もそれを真似をして口に運ぶ、―――ウェ、まずい...そんな苦い表情をした妹が微笑ましくなり笑ってしまう、それにつられる様に妹も笑う
マーシャが笑っているのを見るのが好きだ、泣いた顔よりも眠った顔よりも笑った顔が一番好きだ。
食事を終えて部屋に戻る、私達の部屋だけは別になっている、といっても広い訳じゃなくどちらかと言えば物置きのような所、それでもベットも窓もある
それに、私とマーシャだけの空間をあの子達に邪魔されたくはない。
2人で布団に潜り見つめ合うように横になる
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「私は大丈夫よ、それより―――」
言葉を遮るようにかわいらしい音がなる、それは私が鳴らしたお腹の音だった
「やっぱりお腹空いてるんだね」
「あたりまえだよ...でも...明日で終わらせる例え―――(誰かに怒られたとしても)」
言葉の途中で寝たふりをする、クスッっと笑い声が聞こえ、そのまま寝むる。
―――たとえ、誰かを不幸にしようと、マーシャだけは幸せにしてみせるたとえ、不幸の方に私が含まれていたとしても
―――――――――――――――――――――――
目が覚めても外では雨が降っていた、既に妹は起きている様だ。
「おはようお姉ちゃん」
「おはよ~マーシャ~」
微笑みを返してくれる。この笑顔を守るためにも、今日はとある作戦を決行しなければならない。
ひとまずは、仕事を始めよう、仕事といっても叔母さん達に着いていってお店の人の同情を買う、そうして少しでも食べ物を恵んで貰う。そうでもしないと身体が持たないのだ。
今日のメンバーは二手に分かれるらしい、新しく来た子達と別れ、私達双子はシャスティーに着いて行き広場で料理を出している屋台の元まで行った
叔母さんが屋台のおじさんと交渉をする。
「すいません、少しでいいので、この子達に食べ物を恵んでは貰えないでしょうか」
「すまねぇなぁ...うちもこう見えてかなりカツカツでな...ほんとにすまねェ」
最初のお店は駄目だった...でもこれが普通だ、一々クヨクヨはしていられない、人込みを通る時二人と距離を取り離れる、そしてお金を持っていそうな人を探した。
少しすると、丁度お金を持ってそうで、尚且つ馬鹿っぽそうなのが歩いていた
勇気を振り絞り懐に手を伸ばし袋をとった、成功だ!―――喜んだのは束の間直ぐにバレてしまった。
逃げようとしても男の力が強すぎて逃げることが出来ない、咄嗟に男の手に噛みついてみる。
「こいつッ!!」
手が離れたと思ったが右から手がこちらに向かってきた
―――乾いた音が響く。
痛い、叩かれた頬と倒れた時に打ち付けた体が軋む様に痛かった
「やめなさい!!」
薄目で見ると女の人が私と男の間に割って入っていた
男がその女の人にも手を上げようとするが、華麗に躱され逆に回し蹴りを食らっていた。この女の人すごくかっこいい、私もこうゆう人になりたい
「大丈夫?傷は痛む?」
女の人はこっちまで駆け寄り手を翳す、すると不思議な事に痛みがひいていった
自分の身体にいったい何があったのだろうか、それさえもわからない、ただ、真っすぐで綺麗な目で見つめられ、自分が汚く思えて仕方がなかった。
私は泥棒で男の人は被害者、真実は―――告げられなかった、もう会うこともないだろう。
気付いたら私は来た方に全力で走っていた、時間を掛けると叔母さんとマーシャを心配させてしまう
それに―――成果はある、男からお金が奪えたのだ。
2人が見えてくるので手を振りこちらの場所を伝える
妹がとても心配そうな顔をしている
「ごめんなさい、ちょっと迷子になっちゃった」
笑ってごまかす。
心が痛むが、それでもこうするしかないマーシャと共に生きて行く為には...。
その後、何軒かお店を回ったが特に収穫はなかった
部屋に戻りこっそりと盗んだ袋を覗くと銅貨が18枚銀貨が9枚入っていた、これで、食べ物は買えるはずだ。
妹にもバレない所に隠す
その日の夕飯、とある子供が熱を出してしまった、熱を治すにはそれなりの体力が必要だ、だが...こんなパンと水だけでは十分な栄養は得られない
それに、誰しもが腹を空かせており、自分の分を分けようとする者はいない。
「これ、私のだけどあげる、早く元気になってね」
あろうことかマーシャは自分のパンと水を風邪をひいてる子にあげてしまった仕方がない子だ...
「はい、半分こ」
私は自分のパンを半分にちぎりマーシャに渡す、水も同様空になっているマーシャのコップに半分注ぐ
仕方がない子ね、なんて思いながらもどこか嬉しくもあった、それはマーシャがとても嬉しそうな顔をしていたから。
昨日と同じように二人で布団に潜る、でも、何故だか今日だけは向かい合って寝れなかった
朝目が覚めてから叔母さんに今日は着いて行かない事を伝えると快く受け入れてくれた。
それに、妹は昨日少ししか食べてないせいで、明らかに
寝込んでいる妹に叔母さんと出かけてくると嘘を告げ一人で広場の方に走っていった、何年か前に叔母さんに連れて行ってもらった事があるお店、そのお店には魔法のミルクがある。
そのミルクはとても栄養価が高く少しでも飲めれば妹も元気になるだろうと。
カウンターの上に銅貨を一枚置く、身長が足りないのでおじさんの顔は見えない
それでも、声だけは聞こえてくる
「残念だが、嬢ちゃん、銅貨一枚で買える程うちのミルクは安くないぜ」
「お願いします...」
辛そうな声で頼む
不思議に思ったのかカウンターから出てこちら側に回って来た、おじさんと目が合う
「嬢ちゃん...孤児院の?なにかあったのか?」
「妹が...マーシャが死んじゃうかもしれないんです!!」
目に涙を浮かべ叫ぶ、おじさんは驚いた様子を見せて奥の方へ走って行った
―――少ししておじさんが戻ってくると、その手には革製の水筒を持っていた
「この水筒の中にはうちのミルクが入ってる!!うちのミルクは魔力をかなり含んでいるから、きっと嬢ちゃんの妹ちゃんもすぐ元気になるはずだ、明日またその水筒を持ってここに来るんだ、新しく採れたてを注いであげるから」
おじさん...ありがとう、そしてごめんなさい、お礼を言い走って戻る、マーシャが死ぬかもしれない、それは、嘘だ...今はちょっと元気が無いだけだから。
これで明日も魔法のミルクを貰える、おじさんの店が見えなくなってから少しミルクを飲んでみた、少しだけしか飲んでないにも関わらず身体から力が溢れ来た時よりも早い速度で家路についた
その日の夕飯、マーシャは今日も子供に自分の分を渡していた、なので今日も自分の分をマーシャに分ける
今日は魔法のミルクを飲んだお陰か身体がとても軽い、魔力ってほんとにすごいんだ
夜になり部屋に戻る、そこで隠しておいた水筒を取りだしマーシャに見せる
「お姉ちゃんこれどうしたの?!」
「昔シャスティー叔母さんに連れて行って貰ったお店で貰ったんだよ!話はいいから、飲んでみて!」
「明日にしようかな、今飲んじゃうとおトイレに行きたくなっちゃうかもだから」
「そっかぁ」
断られてしまった...でも、明日でも遅くはない、これを飲めば身体中が元気になるから
満足して眠りにつく、それから数日間毎日マーシャにミルクをあげ続けた一度も目の前では飲んでくれなかったけど、いつも朝になると空になった水筒と元気に伸びをしているマーシャがいたから、私は嬉しかった、また、元気な妹の姿が見れて
そうして私は今日もおじさんの元へと走って行った
――――――――――――――――――――――――――――――――――
最初にミーシャが魔法のミルクを持ってきた日の前日に私は見ていた、男の人から盗みを働いている所を...
その日の夜、ミーシャが寝ている間に聖騎士様から貰ったオルゴールを開く
―――そこには銀貨と銅貨が入っていた。やっぱり...オルゴールは蓋を開くと音が鳴る
寝ているふりをしていたから全部聞こえて居たけれどこれで確証になってしまった、朝になって確認してみると銅貨が一枚減っていた
その日の夜にミーシャが笑顔で魔法のミルクを差し出してきたのだった。
私は―――受け取れなかった。
私のせいでミーシャの手は汚れてしまった、その罪悪感で胸が締め付けられるようだった
私が居なければ...そう後悔している
―――全部、私のせいだ、私が居なければミーシャはもう手を汚さなくて済む...
きっと、未来を見て綺麗に生きて行ける
貰った魔法のミルクはその日の夜のうちに子供達やシスター達に分けてあげた、皆に分けたからちょっとずつになっちゃったけど
それを何日か繰り返した、空腹と渇きで夜は眠れない、日が昇ったらミーシャの前で伸びをして元気に挨拶をする
少しするといつもミーシャは今日も叔母さん達と一緒にお店回ってくるねと言っていつもで出かけていった
おかしいよね...
―――シャスティーは出かけてないのに―――
4日が過ぎた頃私の体は限界を迎えていた、ミーシャが出かけた後、意識は急激に遠のいた
目が覚めるとシャスティーが居た、どうやら私を運んできてくれたらしい
心配そうに声をかけてくれる
シャスティーは前よりも元気になっているようだ、これもあの魔法のミルクのおかげなのかな
「ミーシャは今日もどこかに走って行っちゃったわね、今までは1人で出かけるような子じゃなかったのに...」
シャスティーに私が倒れた事はミーシャに伝えないでと頼んだ
私の体はもう限界だろうから、でも、今日だけは乗り越えて見せる
―――今日だけは...
ミーシャが帰って来てからはいつもの様に過ごした身体は悲鳴を上げていたが、悟られるわけにはいかなかった。
その日の夜いつもの様に布団に入る、今日だけはミーシャがこっちを見てくれた
優しい色をした瞳、私と同じ目―――とてもきれいな空色
ミーシャは夢を語ってくれた。
「マーシャ、私ね!ちょっと前にすごい人に会ったんだよ!まるでお伽話の勇者様みたいな!私もいつかはなれるかな!」
「お姉ちゃんならなれるよ―――きっと、だってもう、私の中ではお伽話の勇者様よりもかっこいいんだから」
「えへへ、そう言われると照れるわね」
ミーシャのにやけ顔を見ていたら自然と涙が出ていた
「どうして泣いてるのよ」
半分笑いながらミーシャが言う、どうして泣いてるのか、不思議に思ってるのかな...ごめんね
「私もいつかは勇者様みたいなかっこいい剣を持って戦ってみたいな!」
「でも、
、
マーシャ・ストロニアは10歳の誕生日を迎える事は出来なかった。
―――だが、その寝顔は美しく微笑んでいた。
いつもの様に眠りについたミーシャはマーシャが息を引き取った事は知らない、それなのに閉じた瞳からは涙が伝っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます