第2話 喪失

 目が覚めた時、妹はいまだに横で眠りついていた。


 寝ている妹を起こさないように布団から出て心の中で行ってきますの挨拶をするいつもの様に空になった水筒を手に持ち外に飛び出す。

 ドアを開けると何故か足が重たくなっていく、今までこんな事は無かった

 まるで孤児院から離れたくないかの様にどんどんと足が重たくなっていく

 それに加え、体のバランスが維持できない様な妙な感覚に陥るおちいる

 それでも足を進める、足元がおぼつかずフラフラと壁を伝いながら目的地を目指した。


 やがて孤児院が見えなくなる頃、それは強さを増した

 一瞬視界が真っ暗になり倒れそうになる、壁にもたれ掛かり少し休み再びゆっくりと足を進める


 そして完全に孤児院が見えなくなった頃、私の目からは涙が流れていた。

 今の辛さからなのかはわからないが、不思議と涙が―――止めどなく溢れてくる


 頭の痛みが増していく、痛みは限界達し意識が遠くなる

 その中で馴染みある声が聞こえた気がした


「嬢ちゃん大丈―――」


 私の意識は遠のいていった。



 目が覚めると見知らぬ天井が視界に広がる、ベッドもいつものベットとは違う、重い体を起こしベットから出て部屋を出る。

 扉を抜けた所は廊下で少し進むと聞きなれた声が後ろから聞こえる。


「嬢ちゃん、もう大丈夫なのかい?」


 最近は毎日の様に聞いた男の人の渋い声だ。


「おじさん、助けてくれてありがとう!」


 笑顔を浮かべてお礼を言う―――うまく笑えているだろうか、何故か今だけは自分がうまく笑えている気がしない。

 どうやらそれはおじさんにも伝わってしまったようだ。


「無理しなくていいぞ、泣きたい時は泣いたって良いんだ、妹ちゃんと喧嘩でもしたのか?」

「そんなんじゃないです、ただ、うまく笑えないんです...自分でも何がなんだか...」


 おじさんは悔しそうな表情を浮かべる、相談に乗ってあげられ無いのがそれ程辛いのかな...ほんとにこのおじさんは優しい

 辺りを見渡すと部屋に隅に立派な鎧が置かれていた、それは一般的な騎士様が身に着けるような物じゃなく、とても綺麗な細工が施されている

 もしかして、おじさんは聖騎士様なのだろうか


「おじさんは、騎士様なの?」

「そうさ、おじさんは四騎士って言う王女様の直属の部下なんだが...おじさんは平民の出身だから、ちょっと王宮に居ずらいんだよなぁ」


 おじさんは王女様の直属の部下...すっごい上の階級の人だった...

 なんでそんな人がこんな所で...って思うけど、平民上がりだと貴族の人からの風当たりが強いらしい、だから普段は王女様に無理を言ってここでひっそりと商売をしてるらしい。


 そんなおじさんが鎧を持ち出している、考えられる事は――――――戦争。

 あの戦争がまた始まってしまう。


 そう思っていたが、どうやら違うらしい、相手はどうやら一人らしく人的被害は出さないとの事、らしい?

 お伽話に出て来る勇者の宿敵―――魔王...そんな恐ろしい存在がついに来たのか...少し妄想してみるもきっと違う、何故ならお伽話の魔王は残虐非道な魔族の王、人的被害を出さないなんておかしい。

 おじさんはその戦いに行くらしい。


 おじさんならきっと大丈夫だろう。

 するとおじさんは店先の戸棚からバスケットを持ってきてくれた、中には色鮮やかな食材が入っていた。


「嬢ちゃんが来たらあげようと思ってたんだ、どうだ、美味そうだろ?」


 おじさんはいい笑顔をしていた、きっと自慢の食材なのだろう、ほんとにこれを貰っていいのだろうか、でも不思議な所もある、この時期には穫れない野菜が入っていたからだ


「なんでだかわからないが、今日急に作物が成長し始めてな!しかもあり得ないほど魔素濃度が高いんだ、それに―――悪いなちょっと熱くなっちまって」


 否定の意味を込めて首を横に振る。


「まぁその、なんだ...これで妹ちゃんと仲直りしなよ、きっと豊穣の女神様の導きだろうからな、がんばれよ」


 おじさんは笑ってくれたが、別にマーシャと喧嘩したわけじゃない、おじさんのおかげで元気になったのだ、おじさんには感謝してもしきれない。


 食材が沢山入ったバスケットにミルクの水筒をいつもより多く入れてくれた、これだけあれば子供達や叔母さん達にも分けてあげれそうだ。


 精一杯お礼を言っておじさんのお店を後にし帰路につく、帰るときは不思議と足が軽かった。


 走って帰る途中青空に雲が掛かり始める、いつもと変わらない孤児院、中に入ってみても叔母さんの姿も無く子供達は外で洗濯物などを取り込んでいる。最近では良く見慣れた光景で新しく入ってきた子達もここでの暮らし方がわかって来たようだ。


 バスケットいっぱいに入った野菜を一番にマーシャに見てもらいたい、その思いで自分達の部屋に向かう。するとドアの前には、タミネス姉さんがこっそり中を覗くように立っていた。


 不思議に思い話しかけてみると、タミネス姉さんは名前を呼んだだけで、何も言おうとしなかった。

 少し空いているドアの隙間から部屋の様子を覗いてみると、ベッドの横にはシャスティー叔母さんといつも診察に来てくれるおじいさんの姿があった

 叔母さんは涙を流しており、おじいさんは悲しそうな表情を浮かべ首を横に振っていた。


 ―――自分の足元が崩れていき呼吸はどんどん乱れていった。

 勇気を振り絞り、ドアを開き中に入る、叔母さんの背中越しにに見えたのは―――安らかに横たわるマーシャだった。


 さらに、近付き理解してしまった―――マーシャは呼吸をしていなかった。


 受け入れたくない―――

 受け入れられなかった―――


 嘘だといって欲しい、マーシャの元まで駆け寄り寝ているマーシャを抱きしめ泣いた


 涙が止まる事は無かった、こんな現実が嫌で仕方がなかった

 あんなに元気だったのに、こんなに優しい笑顔で寝ているのに

 もう―――目が覚めることが無いなんて...


 意識の遥か遠くで叔母さんが慰めてくれているが、私の心には届かなかった


 あれからどのくらい泣いただろうか、途中で叔母さん達は席を外してくれていた

 今も、マーシャは安らかに眠ったままだ、やっぱり嘘だよね、本当は起きてるんだよね、何度、そうであって欲しいと願ったことか。


「ねぇ、どうして、私を置いてったの...私達はいつも、どんなときでも一緒だって言ったじゃん、私も連れてってくれればいいのに、マーシャの居ない世界でどうやって生きて行けばいいのよ、それくらい―――教えてよ...」


 返事は無い、何を問いかけても、なんの返事も返ってこなかった、暗い考えだけが思いつく中、一つの答えに行きついた


「私のせい...だよね、二人はいつも一緒って言っときながら最初に離れたのは私だもんね、怒ってるんでしょ、だから返事してくれないんでしょ...仲直りしようよ、いっぱい野菜貰ってきたんだよ、マーシャの大好きだったリンゴだってあるんだよ、だからさ―――起きてよ...」


 私は逃げ出した―――


 土砂降りの雨が降る街を理由もなく走る、途中、聞き覚えのある声に引き留められた


「嬢ちゃん、どうしたんだ、こんなとこに居たら風邪ひくぞ」


 おじさんの優しさがさらに心を抉る、もう何も信じられなかった、ミルク飲んでもマーシャは元気にならなかった、おじさんも嘘つきだ...

 既にびしょ濡れの私はもう雨なんて気にも留めていなかった、おじさんの所で立ち止まり―――告げる


「喧嘩する相手も―――居なくなっちゃったよ...」


 吐き捨てる様に伝えその場を後にする

 再び、宛てもなく走る、何人もの人達とすれ違うが気にせず走る


 人込みを抜けた瞬間、意識が遠のい―――



 目が覚めるとまた見知らぬ天井が広がる。

 起き上がろうとするが体が思うように動かない。

 少しすると聞いたこともない女性の声が聞こえてくる。


「あら、目が覚めたみたいね、貴女風邪をひいてるから大人しくしてるのよ」


 その女性には、人間のものではない耳が付いていた、容姿は人間にそっくりだが、耳と尻尾、それから時折見せる人間より発達した犬歯が人族ではないことを物語っていた


「ユウカあなたが連れてきた子目を覚ましたみたいよー」


 元気な声が聞こえる、私を助けてくれたのはユウカと言う女性らしい。


 少しすると足音が聞こえ、助けてくれたユウカと言われた人が姿を―――

 その人は、前に助けてくれた真っすぐな目をした人だった、今日は良くも悪くも知っている人に出会う


「ミーシャちゃん、貴方の記憶は覗かせて貰ったわ...でも、何て声をかければいいか私には見つけられない」


 記憶を覗いた...ならもう、全部知ってるんだ、人の記憶を勝手に見るなんて...でももう、どうでもいい事、マーシャはもう、この世界には居ないのだから...

 ユウカから目を背ける、あの真っすぐな目を見ていられなかった。


「勇者になるんじゃなかったの?それが、最後にしたマーシャちゃんとの約束なんじゃないの」

「知った様な事を言わないで!!お前にマーシャの何が分かる!!」


 近くにあったものを投げる、だがそれは簡単に止められてしまった。


「私は、貴女がなりたかった勇者よ」


 その言葉も受け入れられなかった、ならどうして―――


「どうして、私の妹を助けなかった!!どうして、私なんかを助けて、妹は助けないのよ!!マーシャは私なんかよりも心が綺麗で優しくて...私なんかより...」


 投げても投げても簡単に受け止められてしまう


「私は勇者。でも万能ってわけじゃない目の前で困ってる人しか助けられない」

「ならちゃんと見てよ...盗みを働いた私を助けて、盗まれた人を蹴り飛ばして...善悪の区別さえ、ついてないじゃん!そんなの私の知ってる勇者じゃない...」

「私が貴女を助けたのは別の理由があったからなの、貴女には光の聖霊が憑いてるの、だから、助けなきゃいけないと思った」

「そんなのがなんの役に立つの...」

「光の聖霊は勇者としての素質を見抜く、魔を滅ぼす聖なる一族」

「勇者の素質なんていらないどうせなら、こんな世界...私からマーシャを奪ったこんな腐った世界を滅ぼせる様な、魔王としての素質が欲しい...貴方みたいな善悪の区別も憑かない勇者を倒す魔―――」


 途中で言葉を遮られ、布団に押し倒されてしまった、


「私を殺してよ、勇者なんでしょ...魔王になりたいって言う私を殺してよ...私はもう、マーシャのいない世界で生きていたく―――」


 覆いかぶさったユウカから、零れた涙は私の頬に落ちてきた


「悔しいわよ....私だって精一杯やってるの...マーシャちゃんだって助けてあげたかった...でも、あなたの事も助けたかった...確かに私は未熟者でいまだにお父さんの様には行きません、ですが、

 これだけは自信を持って言える!今のあなたは間違ってる!貴女は約束したはず、しっかりと剣を持って戦いなさいよ...マーシャちゃんがかっこいいと思った勇者は何事にも前向きな貴女を見ていたからです!!

 それ以上逃げないで!それ以上マーシャちゃん希望を奪おうとしないで!応援を無駄にしないで...」

「貴方に、何が―――」

「わかるわよ、貴女の記憶を見たんだもの...貴方が生きてきた10年間、妹という存在は貴女の記憶から離れることは無かった、妹が居さえすればなんだって乗り越えられる、そう思っていたはずよ...

 それはマーシャちゃんだって同じなはず、貴方が居さえすれば、どれだけ苦しくても共に歩んでいけたはず、でも貴方は逃げた。人のお金で生きて行こうとした、マーシャちゃんにとってそれがどれだけ辛かったと思うの...

 だからマーシャちゃんは、自分が居なければ貴方が罪を負わなくて済むって思っちゃたんじゃない、貴方が逃げずにちゃんと向き合って入れば...」

「私が悪いことなんてわかってる...私は弱い、もっと強くなりたい...私だって...」


 力が抜けて行く様だった、反抗する気力さえも湧かなくなった、告げられたのはすべて真実だから


 急に抗えない程の眠気に襲われ意識が遠のいていく―――

 意識の遠くから声が聞こえる、催眠の―――魔法―――、どうやら私は魔法をかけられたみたい―――

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