第331話復讐を手伝うことにした4

 奏介と薊は公園の太い木の陰から公衆トイレの様子を窺っている。通報した警察官がトイレへ入って行ったのだ。

(ま、これで交番へ連行だな)

 簡単に罠にハマってくれた感じはある。

 見ていると、トイレの入り口にうっすら靄のようなものが見えた。

「ん?」

 見ていると、入り口から煙にまみれた紀野が飛び出してきて、テープを回収しつつ逃げて行った。すぐに咳き込みながら、警官達が出てくる。

「え」

「火事……じゃなさそうですね……」

 後に、来てくれた警官達に聞いたところ、催涙ガスのようなものを撒いて逃げて行ったらしい。完全に公務執行妨害だが、結果的に彼が捕まることはなかった。



 数日後。

 紀野は桃華学園の近くにいた。

 真栄田と三加茂も一緒である。

「へぇ〜じゃあ、そいつがあの学校の生徒なんだ?」

 三加茂が首を傾げながら言う。

「あぁ、間違いねぇ」

「お化けの振りして通報したって? からかわれてんじゃん、紀野」

「あぁ、バカにしてくれてんだよ」

 紀野は桃華学園の校門を見ながら、拳を握り締めた。

(あの時の公園で木の陰からこっちを見てやがったんだ。警察を呼んだのもあの野郎だ。ボコって吐かせる)

 しばらく待っていると、下校の時間になったらしく、生徒たちが一斉に出てきた。

「いた」

「え、あいつ? ぶはっ、絵に描いたみたいなオタク野郎じゃん」

「やば、おもろー。とりあえず脅してどっか人気のないとこ連れてく?」

 気弱そうなオタク高校生。3人は、細い路地に入った彼を追いかけた。

 人通りの少ない道、近くの公園に植えられた木々で並木道になっている箇所。そこで呼び止めた。

「おい、お前」

 こちらを振り返る彼は不思議そうにした後、紀野達の表情と威圧する雰囲気にビクッとなって縮こまった。

「な……なんですか? あの、俺……」

 しどろもどろになる高校生は見た目通り気弱そうだ。

 改めて人気のないのを確認し、軽く胸ぐらを掴む。

「お前、あの時公園にいたよな? トイレに入った俺を見てたんだろ、てめぇ」

「え、え? し、知りません。誰かと勘違いしてるんじゃ」

「へぇ? だったらその誰かの代わりに責任取ってもらおうか。警察に連絡して、オレをはめやがったやつのな」

「な、なんで俺が」

「ごめんね〜。紀野クンムカついててさぁ。てか、110番したんでしょ? そういうの、うざいから」

「セイギカン? みたいな? 警察呼べばなんとかなるとか思ってんだろ」

 三加茂と真栄田も半笑いになった後、睨みつけてきた。3人からの威圧に、高校生は顔を引き攣らせて、一歩後退した。

「そ、そもそも俺はあなた達のことを知りません。なんの話か分かりませんよ」

「うっせーんだよ。来いや、逃げたらてめぇの家族まとめてヤるぞ」

「ひっ」

 怯えた表情に、少しだけ溜飲が下がった。勇気を出して警察を呼んだのだろう。逆に特定されて報復されるなど考えていなかったようだ。

 その時だった。

 視界の端に映ったのは鮮烈な赤。

「……え」

 そちらに視線を合せると、最近現れていた三つ編みの少女が木の陰からこちらを見ていた。首に太い縄を巻きつけ、口から大量の血を流している。手にはどう見ても小型のナイフが握られていた。煌めく銀色、刃先は鋭く見ているとゾクゾクする。

「っ、ひゅっ」

 喉に空気がすり抜けた。衝撃的な光景だった。地面に滴る赤と首の縄が異様な存在感を放っている。ふらふらとこちらへ近づいてこようとする。

「な、何あれ!? え、やっ、何、なんなの!?!?」

 三加茂が激しく動揺する。真栄田もパクパクと口を動かしている。

 すると高校生は怪訝そうに眉を寄せ、振り返った。

 しかし、彼の反応はただ不思議そうにするだけ。

「あの、一体何が」

「はぁ!? 見てねぇのかよっ、あの血まみれの女がっ!」

 ふらふらと近づいてくる女がすぐそこに。目の前に女が立ったと言うのに高校生はひたすら疑問符を浮かべているようだ。

「女ってなんのことですか。さっきから何を見てるんですか」

 3人は青い顔をして、後退った。

「な、何。こいつ見えてないってこと?」

 三加茂が声を上げた時である。スーツ姿の若い女性と桃華学園の女子高校生が後ろから何事もないように通り過ぎていく。

「ふーん。姫ちゃんも大変なんだね、お仕事」

「まぁね。あ、これから久しぶりにご飯でも食べる?」

「良いね!」

 血まみれの異様な女がいるというのに見向きもされていない。

「あの……人違いだと思いますし……、帰って良いですかね? 俺、本当に知らないんです」

 女が高校生の肩に手を置いた。

 そして、髪の間から覗かせた血走った目が紀野達を睨む。そして、ナイフを思いっきり振り上げた。

「いやーっ」

 三加茂がなりふり構わず逃げ出した。 「ちょっ、待てって」

「おい、てめえら! まだこいつをボコってねぇ!!」

 紀野はそう叫んだものの、結局高校生……もとい奏介を放置して逃げて行った。

「ガチガチに心霊苦手なんだな」

 奏介が感心したように言う。

「はは、情けないですね。こんなんで怖がるとか。途中までイキってたのに」

 口元を拭いながら笑う薊、もちろん女の正体は血のりメイクをした彼であった。

「菅谷君もよく表情変えずにいられましたね」

「いや、頑張って無表情作ってた。インパクト凄いな」

「キラキラな折り紙使いましたからね」

 持っていた紙のナイフを手の中で潰す薊。

「まぁ、とにかく、取り巻き二人も、追い詰めて行かないとな」

 すでに手を回してある。



 駅まで逃げてきた3人は肩で息をしていた。

「はぁ、はぁ。なんなのよ。ヤバイでしょ、あれ。なんでうちらにしか見えてないわけ? こんなの……」

 三加茂が青い顔で黙る。

 真栄田も体を震わせていた。

「い、意味分かんねぇ。てか、もしかしてあの時の」

 紀野が息を切らしながら真栄田を見る。

「あ? んだよ、あの時って」

「この前、ダチとナンパしてた時に、声かけた桃華のギャルっぽい女に言われたんだよ。憑かれてるから気をつけた方が良いとか。頭イッてると思ってスルーしたけど」

「あ……あたしも同じことあったかも」

 3人は無言で顔を見合わせる。

「あたし、今日はもう帰る」

「オレも、今日は無理だわ」

 三加茂と真栄田は逃げるように去って行った。紀野も帰路に着くことにした。

(んなわけねぇ。てか、死人が出てくるとかありえねぇし。幻覚……? じょ、除霊とか)

 口元の赤とナイフの銀色が、忘れられない。悪寒が、酷くなった。



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