第330話復讐を手伝うことにした3

 公の場での紀野の奇行は誰かに撮られていたらしく、動画投稿サイトにて拡散されていた。


『◯◯駅周辺でこういうヤバい奴いた。マジで気をつけたほうが良いよ。女子は特に』


 尤もらしい注意喚起と共に紀野がすれ違いざまに三つ編みの女子の腕を掴んで怒鳴る様子の動画が投稿されたのだ。


 以下、コメント欄。


『こっわっ』

『これ、たまたま見てたんだけど、女の子の方はこの男のこと知らなかったっぽいんだよね。女の子の友達が言い返してて』

『こいつ、知ってるわ。有名な不良』


 などなど。

 紀野はいつもの駅の噴水広場のベンチで数人の仲間達とたむろっていた。

「これ、もう個人情報、特定されてんじゃん」

「ウケる〜。ガッコでもヒソヒソされてたよね?」

 男友達の真栄田まえだと女友達の三加茂みかもがからかうように言う。紀野は不機嫌そうに舌打ちをする。

「うるせーんだよ。目ぇ合ったやつから、ボコしてきたがまったくすっきりしねぇ。ああ、イラつくぜ」

 紀野のイラつき方が本気ガチだ。仲間内とはいえ、ひりつく空気を感じ取り、真栄田と三加茂以外が口を閉じた。

「まぁまぁ、落ち着きなって。特定されて、うざいことを言ってきたやつらがいたら、ぶっころせば良いじゃん? むしろストレス解消になりそ」

 三加茂がにやりと笑う。

「いいねぇ、それ。ひぼー中傷? してきたやつらを特定し返してさ。それでどうよ、紀野」

 紀野は鼻を鳴らした。

「それより、あの女共拉致ってボコすわ」

 真栄田と三加茂が顔を見合わせる。

「あの女共って?」

「見てたろ、オレが腕を掴んだ三つ編みの女とそいつらの連れの2人。あの後、あの辺にいた奴らに女共を追わせたんだ。盗み聞きさせたら、最初から、オレのことをハメる算段だったらしい」

「うっそ、マジ?」

 三加茂が目を瞬かせている。

「何が目的か知らねぇが、なめたマネしてくれたことを後悔させねぇとなぁ」

 そう呟いてから、紀野は目を細める。

(最近のアレも、奴らの仕業かも知んねぇな。恨みは四方に買ってる、誰の回し者でも不思議じゃねぇか)

 紀野はポケットから3枚の写真を取り出した。

「女共の写真だ。仲間内に回して、見つけたらオレに連絡させろよ。見つけ次第、拉致る」

 そんな彼らの座るベンチの下に取り付けられた小さな機械が、赤いランプを点灯させ、数字を刻んでいた。



 特殊メイク奏介達の写真が出回ってから翌日。

 奏介はワイヤレスイヤホンを外して、ため息を一つ。

「なるほど、手強いな、あの幽霊ビビリ野郎」

 とあるファミレスの一番奥のソファ席。奏介は薊と向かい合っていた。

 彼はブルブルと震えている。

「ど、どうし、よう」

 紀野達がよくたむろっている噴水のベンチに仕掛けた録音機を回収し、会話を聞いてみたところ、紀野の頭が予想以上に回ることが分かった。

「だ、大丈夫なんですか? その、協力してくれた女の子達」

「あぁ、念には念を入れて、軽く特殊メイクして、帽子やマスクして、普段しない格好してたからな。そう簡単には見つけられないよ。帰りも、視線を感じたから、用意してもらってた車に乗り込んだから撒けてると思うし」

「そ、そうなんですか」

 しかし、あの場に薊を連れて行かなくて大正解だった。

「2人にも注意するように連絡したから警戒はすると思う」

「よかったです。姉さんみたいな被害者が出たらどうしようかと」

「しかし、俺が余計なことしたな。幽霊じゃないから怖くないみたいになったし⋯⋯」

「ど、どうしましょう?」

「まぁ、とりあえず弱点を攻めるか」

「弱点?」



 数日後。仲間達と分かれて、夜道を帰路に就いていた紀野はスマホをチェックして、舌打ちをした。

(なんで一人も見つからねぇんだよ)

 写真を頼りに探させているものの、連絡は来ないままだ。そのくせ、例の大阪まみに似た少女は視界の端に現れる。仲間に見張らせている時は現れないので、やはり人間のイタズラかもしれない。それか、自分にしか見えないものか。

「⋯⋯ん?」

 通り過ぎようとしていた公園にて。公衆トイレの入り口で三つ編みの少女と誰かが何やら立ち話をしているようだった。

(あの女!!)

 話している相手は影になって分からないが、間違いない。いつもは建物の上にいたり、反対側の電車に現れたりしているが、走れば手が届く距離だ。

 紀野は音もなく、公園内へと入った。ベンチの陰に隠れる。すると、彼女達は連れ立って女子トイレへと入って行ってしまった。やはり、三つ編み少女と話しているのは女子なのだろう。

 紀野は持ち歩いているスタンガンを取り出した。

 それから、仲間内に高速でメッセージを送る。

(2人なら余裕だぜ)

 この時間に公衆トイレを利用する客はあまりいないはずだ。女子トイレへの侵入は少しためらうところだが。

(ふん、今は関係ねぇ)

 そろそろと近づいて、女子トイレの方へ。持っていたビニールテープを入り口にぴんと貼った。出ようとした人物の足に絡まるように仕掛けておく。

 いよいよトイレの中へ足を踏み入れる。

「⋯⋯ん?」

 すべての個室は開け放たれていた。蛍光灯だけが煌々と点いている。人の気配はない。

「窓から逃げやがったか?」

 やはり、こちらを挑発しているのだろうか。

 と、その時、微かに声が聞こえた。


『綺麗〜。えー? 恥ずかしいよ。あはは、冷た~い。どしたの? ガガ⋯⋯ピッ。やだー。何それ。撮らないでってば』


 意味の分からない声だった。耳を澄ませば聞こえる程度の音量だ。まるで滅茶苦茶に編集した声をランダムに流しているかのような。

 ゾワリと背中に悪寒が走る。聞いたことがある声だった。あの日、何度も聞いた声。泣き叫んでいた大阪まみのそれに似ているような気がしていた。

 冷や汗が噴き出る。

「ふざけんなよ! 誰だっ」

 個室を1個づつ見て回るが、誰もいないし何もない。

 と、足に何かが当たった。

「⋯⋯あ?」

 拾い上げてみると、それは果物ナイフだった。

 それと同時に女子トイレのドアが開く。

「そこで何をしてる?」

 3人の警察官が厳しい顔で立っていた。紀野は果物ナイフを持った状態で、固まった。

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