第329話復讐を手伝うことにした2
とある日曜日。
紀野当夜は自宅の最寄り駅の噴水広場で、仲間とたむろっていた。
「んでさぁ、その時そいつがわけわかんねーアニメの歌を歌い出したわけ」
「えー? その流れで引くわー」
紀野は苦笑を浮かべる女友達を見る。
「だろ? 萌え萌えとか言ってて、ほんとキモッってなったんよなぁ」
「もしかして、3年の美術部の眼鏡?」
男友達が聞いてきたので、ドヤ顔で頷く。
「そいつそいつ。その後、浅い川に落したら、溺れそうになってやんの。マジ傑作だったわー」
ギャハハと笑い合う。紀野はとにかく、他人をバカにして遊ぶのが好きだった。表情を引きつらせ、助けを求める顔が堪らなくゾクゾクする。
「お前らさぁ、なんかいい感じのおもちゃいねぇ? 最近ムカつくことがあったから遊びで解消してぇんだよな」
男友達が笑う。
「んじゃ、探しとくわ」
「よろしくぅ。女だったら顔良いやつで」
「いやいや、あんたヤりたいだけっしょ?」
「そりゃ、女……なら……?」
ふと、駅舎の入り口に立ってこちらをみている女性に気づいて動きを止める。
(なんだ、あいつ)
非常に見覚えがあった。今時珍しい三つ編みのおさげ髪、うつむき加減で顔は見えないが、眼鏡をかけている。制服は偏差値が高い私立女子高校のものだ。
見たことがある。どこで見たか思い出そうと頭を働かせたところで、はっとした。同時に、ぞくりとした。
先日自ら命を絶ってこの世を去った、大阪まみ。その地味な容姿が生前の彼女そっくりだ。駅の前に立ったまま、微動だにせず、こちらを見ているように思えた。
胸の奥に氷でもぶち込まれて、じわじわと溶け出していくように体が冷えていく。
慌てて視線をそらす。
気の所為に決まっている。
(何ビビってんだ、オレはっ)
◯
駅の二階連絡橋から広場を見ていた奏介は人通りが切れたところで双眼鏡を覗き込んだ。
「なんだ、普通にビビってんな」
噴水前のベンチを占拠して居座る紀野は【何か】に気づいた途端、顔色を変えた。
その様子は、奏介にとってかなり拍子抜けではある。と、階段を上がってきたのは眼鏡におさげの女子高校生。
「す、菅谷君」
「大阪、紀野とか言うやつ、動揺してるよ」
申し訳ないとは思ったものの、薊には姉の格好(女装込み)を真似てもらった。写真をみる限り、かなり似た姉弟のようだったので。
奏介は薊に双眼鏡を渡す。すぐに覗き込む。
「あ、本当だ……。あれって、僕の姿を見たから?」
「多分」
奏介は少し考える。
(なんだかんだ言って、呪いとか幽霊とか信じるタイプか)
死んだはずの人間の面影に、驚いているようだ。
「……もしかして、姉さんの幽霊が出たと思って怖がってる……?」
薊も気づいたようだ。
「なんか、聞いてた感じだと気にしなさそうなタイプだけど、そうっぽいな」
薊は放心しているようだ。
「大阪?」
「姉さんをひどい目に遭わせたあいつが……幽霊怖いだって?」
薊は半笑いになっていた。
「ダッサ」
最上級の侮蔑を込めて言い放った。
「まぁ、酷いことをして自分が自殺に追いやった人が化けて出たら、どうしようもないもんな」
すでに死んでいる以上、物理的に手を出すことも出来ない。加えて、幽霊がこちらに危害を加えてこない保証はない。紀野は呪いとか祟りを信じているタイプのような気がする。
「あいつが肝が小さいことは分かった。ここからどうするか」
「菅谷君ならどうする?」
「ん?」
薊が真剣な表情で聞いてくる。
「僕の立場だったら、君はどうするの?」
期待の眼差し。姉のために人生をかけて復讐をしようとしただけあって、行動力は人一倍あるのだろう。
「俺は」
少し前なら、わざと目をつけられるようなことをして、煽りまくって手を出させて警察沙汰、それからSNSで晒すというコンボだが。
(大阪にやらせるわけにはいかない)
ついでにいつものメンバーからも滅茶苦茶に怒られる。
「……そうだな。手っ取り早いやり方はかなり危ないから、お姉さんの格好をしてあいつの周りをうろつくかな。あれだけ怖がってるから、精神的に追い詰めることも出来ると思う。つきまといとかストーカー被害のギリギリを攻める。まぁ、あいつが警察に頼ることができる人間かどうかは怪しいけど」
「やる」
「え」
「幽霊作戦、やるよ。菅谷君手伝ってくれるんだよね?」
食い気味である。
「その度に女装することになるけど、大丈夫か?」
「そんなの、人殺して少年院に行くことを考えたら小さいことだよ」
包丁をレジに持ってきた彼の切羽詰まった様子を思い出し、奏介は頷いた。
「分かった。しばらくその作戦で行こう。でも、ストーカーとして通報されたら面倒だから距離は取ってな。すれ違うくらいなら良いと思うけど」
「分かった」
「その間に、次の作戦考えるから。一回恥をかかせたいところだけどな」
「うん。ありがとう」
笑顔の彼に奏介はぐっと拳を握りしめる。責任重大だ。
薊と初めて会った日の会話を思い出す。
『酷い目にって、殺す以外にってこと? 本当に?』
『ああ。殺すのなんていつでもできるだろ? 俺の話に乗って、それでもダメだったら、君の好きにして良い』
『……わかった』
上手くいかなかったら、薊は犯罪者になってしまうかも知れない。
彼が納得する形で、復讐を完遂せねば。
(とにかく、社会的にボコボコにするしかない)
奏介は一人、頷いた。
◯
大阪まみの亡霊を目撃してから一週間後。
紀野は少し疲れた様子で大きな駅ビルの地下街を友人達と歩いていた。人通りがかなり多い。
「ねー、なんか最近、元気なくなーい?」
「どうしたんだよ、ぐったりして」
「うっせ。ストレス溜まってんだよ。あー、くそ」
紀野はイライラしたように頭を掻きむしった。
あれから、大阪まみに似た女が視界の端に現れるようになった。時に車道の反対側、向かいの電車、通り過ぎたバス停など。まるでこちらを睨んでいるかのような様子に、その度に心臓が跳ね上がる。
たまたまなのか、それとも大阪まみと関係があるのか。
(冗談じゃねーっつの!)
と、人混みの中、前から歩いてくる三つ編みに眼鏡の女に気づいた。こんなに近くで見たのは初めてだ。遠くにいるところを見るより、現実的で人間味がある。
(っ! ストーカー女が)
やはり他人のそら似、そしてつきまとって来ていたただのヤバイ女なのではないだろうかと。
すれ違いざまに腕を掴んだ。
「おい、お前っ」
1週間分のイライラがつい行動に出てしまった。
「きゃっ」
顔を見ると、見知らぬ顔だった。三つ編みで、かなりの美少女である。驚いたように目を丸くしている。
「あ」
すると、隣にいた彼女の連れらしき少女がこちらを睨んできた。こちらも眼鏡、ハンチング帽を被り、ポニーテールに結っていた。
「ちょっとお兄さん。何かな? その手は。ボクの連れになんのご用?」
すると、もう一人の連れのショートヘアの帽子少女が三つ編み少女に声をかける。
「知り合いかい? 親しいみたいだけど」
三つ編み少女が首を横に振る。
「あ、警備員さーん。助けてくださーい。変な人がいるんですけどー」
ポニーテール少女が躊躇いなく大声を出す。
紀野は焦って手を離した。
「どうしました?」
近くにいた警備員二人が駆け寄ってくる。
「こいつが、いきなり腕を掴んできたんです」
「知り合いでもなんでもないのに、ね。変質者かい?」
「ド変態じゃん。引く」
ポニーテール少女とショートヘアの少女が侮蔑の表情で睨んでくる。
「ち、違っ!」
警備員が紀野を睨む。
「この子達に何をしたんですか?」
「なんもしてねぇ! くそっ、行くぞ」
「待ってよ、紀野!」
「おいおい、なんなんだよ」
紀野は友人達を連れて逃げて行った。
「君達は大丈夫か?」
警備員が振り向いた時には、3人の少女もその場からいなくなっていた。
●
駅ビルの非常階段前。
奏介、水果、ヒナは肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ。逃げ切れたみたいだな」
奏介はいつもの特殊メイク女装(三つ編みバージョン)、水果とヒナは普段と違う服や眼鏡、帽子などを纏ってもらっている。
「ありがとな、二人共。おかげで上手く行った」
「お安いご用だよ!」
「いきなり掴んでくるのは普通に変態だね」
水果が肩をすくめる。
「ボク、もうちょっと罵りたかったけど、菅谷くんに言われたから我慢したんだよ!」
「うん、偉い、僧院。俺も言葉でボコボコにしたかったけど、我慢したから」
これでまた、紀野に精神的ダメージを入れられたはずだ。
薊に連絡をしておくことにする。
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