第328話復讐を手伝うことにした1

 大坂薊おおさかあざみの姉、大阪まみは一か月前に自ら命を絶った。一つ違いの18歳、来春から大学に通うはずだった。

 素行にも問題ない、普通の高校生だったのに。

(姉さん)

 どんなきっけけがあったかは分からないが、クラスメートの不良達に襲われて、性的も含む暴行を受け、それを苦に首を括ったのだ。暴行騒動は学校にもみ消され、自殺は受験のストレスということで決着がついてしまった。

しかし、薊は全て知っている。

頭に思い浮かぶのは紀野当夜きのとうやという名前。不良グループのリーダーで、まみを襲わせた張本人だ。

その日、暴行を受けて深夜に帰宅したまみと家の台所で会った。



『姉さん? どうしたの?』

 シンクの前に立つまみは泣いていた。

『あ……紀野君に、あの人達にずっと、ううう』

 ぽろぽろと零れる涙が忘れられない。

『もう、だめ、こんなのやだ』

『姉さん?』



そのまま自室へと入って行ってしまった。その時は眠かったのもあり、そのまま自分の部屋へ戻ったのだが、翌朝には変わり果てた姿で見つかった。

(ごめん。あの時、何も言えなくて)

 悔やんでも悔やみきれない。両親もあれ以来元気がなくなってしまった。裁判を起こす気力もない。つまり紀野当夜は今ものうのうと生きている。なんの罪を背負うこともなく。

(こんなのあんまりだ)

 姉とは仲がよかった。小さい頃からいじめられっ子だった薊をいつでも助けてくれた。やさしくて、共働きの両親に変わってご飯を作ってくれた。

 薊は拳を握りしめた。

 一か月、じっくりと調べた紀野当夜は高校生ながら最低の人間だった。万引き、恐喝、窃盗は息をするようにやる。教師や大人さえも集団で暴行をする。

 放課後。薊は大通りを歩いていた。

 カバンには先ほど突発的にスーパーで買った包丁が入っている。すでに箱を開封済みだ。

「絶対に、許さない」

 姉の、苦しみを紀野に与えるためにはこうするしかない。

 腹に包丁を突き刺して苦しめ、命を絶つ。

 薊の復讐は殺人。

「はあ、はあ」

 冷や汗が流れた。身体が震える。

 細い路地、物陰から伺っているとゲームショップから数人の若い男女達が出て来た。

「でさぁ、脱がしたらめちゃめちゃ貧乳で、やばってなったわけ」

「やだ~。死んだんでしょ? その子」

「さあ、知らね。受験のストレスで自分でくたばるとか頭オカシイ女よなぁ」

「紀野、無関係みたいに言うじゃん」

「そりゃそうじゃん? かんけーねえし」

 なんの話をしているのか、わかりたくもない。

 薊は、鞄の中の包丁の柄を掴んだ。

(姉さん、敵は討つよ)

 両手で包丁を握る。

(大丈夫だ。僕はどうなっても良い)

 唇を噛み締め、走り出そうとしたところで腕を掴まれた。

「何してんだ?」

 振り返ると、桃華学園の制服を着た男子生徒が険しい表情で立っていた。

「え……」

「そんな危ないもの、早くしまえ」

 紀野の背中が遠ざかっていく。

「は、離してくれ! 僕は、僕は、姉さんの敵を討つんだっ」

「敵?」

 彼が眉を寄せる。

「僕の姉さんはあのクソ野郎に襲われたんだ。ひどい目に遭って自分で死んだ。震えた字でごめんなさいって遺書に」

「復讐、ってことか」

「そうだよ。僕があいつを殺すんだ。誰だか知らないけど、関係ないのに止めるなよ!」

 彼は首を左右に振った。

「そんな復讐しても、何もならないだろ。君が犯罪者になるだけで何も残らない。お姉さんだって望んでない」

「なん……だ、それ」

「お姉さんは絶対、君に犯罪者になってほしくないと思ってるよ。だから」

「このまま、見逃せって? あいつのせいで姉さんが死んだのに?」

それを聞いた彼は不思議そうに首を傾げる。

「見逃せとは言ってないけど」

「え」

 彼は人差し指を立てた。

「君が犯罪者にならずに、復讐をしよう。クソ野郎のために自分の手を汚すなんてばからしいだろ?」

「え、え?」

「俺が手伝ってやるよ。殺すより、酷い目に遭わしてやるからさ」

 


 奏介はそう言って笑った。

 バイト先のスーパーで中々売れない家庭用包丁を買った少年を追って来て正解だった。

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