第327話娘の軽い擦り傷で救急車を呼ぶ父親に反抗してみた2
「随分と失礼なガキだな。大人を馬鹿にして。不良か? 警察呼んでやろうか」
強気な態度である。自分のしたことを一切悪いと思っていないところが逆に凄い。
「警察呼ぶ前に、娘さんの怪我のこと心配しましょうよ。失礼とか大人を馬鹿にしてとか言う前に、俺の話聞いてました?」
ヒナがやれやれと首を振った。
「聞いてなかったぽいから、ボクが簡単に説明しましょう。早く自分で病院へ連れてけってことですね」
「何を言ってるんだ。誰でも知っている番号にかけるとすぐに来るんだから。病人怪我人を運ぶためにある救急車を何故使ってはいけないんだ」
「ボクが思うに、娘さんが、自分で立ててるからですかね?」
ヒナが父親にしがみついている娘を見る。
「怪我をして、立てたり歩けたりすれば呼ぶなと? 外見ではわからない怪我をしていたらどうする。すぐに病院へ連れていかないと、手遅れになるかもしれないだろう。それをお前らに判断できるのか?」
「傷が小さいですし、大量出血してるわけでもないので俺だったら様子見しますかね。交通事故で頭から血を流してる人がいるとしたら、救急車はそっちに行ってもらいたいじゃないですか」
「そうそう心臓発作で苦しみ始めた人と娘さんの擦り傷だったら、前者の方が救急車は必要でしょ」
「……! なんだ、それは。こっちは怪我をしてるのに、他人のことを考えろとでも言うのか? 娘を犠牲にしろと!?」
奏介は首を傾げた。
「うーん、そうじゃなくてですね。……あ、救急隊員さん。ちょっとお聞きしたいんですが」
黙って聞いていた隊員達がはっとした様子で奏介を見る。
「あ、ああ」
この父親に脅しのような絡み方をされているので、戻るに戻れないのはさすがに可哀想だ。
「救急で運ばれた人って、手術や入院になること、多いですよね?」
「そう、だね。命に関わることが多いから」
奏介は父親へ視線を向けた。
「あなたの娘さん、その怪我で手術や入院が必要になるんですかね?」
「う……」
ヒナは腕を組んだ。
「普通に絆創膏貼って終わりそう。看護師さんとお医者さんに微妙な顔されそう。ちょっと恥ずかしいかも。親としては」
「う、うるさい! バカにしやがって。おい、お前ら。苦情を入れてやるからな! 覚えておけよ」
救急隊員達を指でさし、娘を連れて去って行った。
隊員達は肩を落とす。
「先輩、最近多くないですか? あの手の」
「この前は突き指だったしな。ああいう人種は話が通じない。ああ、君達。反論してくれるのはありがたいが、目をつけられたら大変だよ。気をつけてね」
忠告してくれたものの、やや嬉しそうだ。そしてもう一人はかなり若い隊員だ。
「ありがとな。高校生の方が常識あるとか終わってますよね〜」
二人が救急車に乗り込むと、そのまま去って行った。
「それじゃ、今の動画ファイル送るね」
「僧院、もしかして俺の思考読めてる?」
親指を立てるヒナ。
「読めるように訓練してる」
「いやまぁ、助かるけどね」
「今回はどうするの?」
「そうだな。苦情入れるって言ってたからな。それを後悔させてやろうか」
奏介はスマホを操作して、とあるネット掲示板を開いた。
書き込む。
『救急隊員に噛みつく父親がヤバイ。どこの誰?』
匿名6のレスが即ついた。
◯
その日の夜、一児の父親である阿部は消防署に苦情を入れた。救急車を呼んだのに、乗せてもらえなかった、娘は怪我をしていた、と。電話の相手は平謝り、今後粗相がないようにすると約束を取り付けた。全ての文句を吐き出したので気分が良い。怒鳴り散らしても、あちらは謝罪の言葉しかでないのだから。
「ふん。民間人をバカにするからだ」
気分良くテレビをつけると、デカデカとニュースの煽り文句が字幕になっていた。
『最悪! 擦り傷で救急車を呼ぶ父親!』
「……は?」
全身モザイクではあるが、救急隊員とのやり取りは先ほどのまま。テレビで流れていた。
スタジオに戻ってきたカメラにアナウンサーやコメンテーターが映る。
『無駄な救急車呼び出し、最近問題になってますよね……』
アナウンサーの心底呆れた様子と表情。そして、
『擦り傷で救急車とか。いや、絶対ダメじゃないですけどね? でも、普通の感覚ならやらんでしょうね。私の若い頃なんか、つばつけとけば治る、なんて言われていたくらいです』
『いやぁ、逆ギレしてて恐怖ですねぇ』
コメンター達も口々にそんな話をし始める。
「あ、あの時動画撮ってたやつがいたのか!? 盗撮か!?」
ぴろん。
スマホの呼び出し音が鳴り、画面を見ると、呟きアプリに何通かDMが来ていた。
『阿部さんて、さっきのニュースに出てましたよね? 流石に良くないですよ』
『あの、余計なお世話かもしれませんが、家庭で治療できますよ』
『救急隊員さん、迷惑だから止めて下さいwww』
本名で登録しているからか、バレている。急いでアカウントに鍵をかけてDMの送り主をブロックする。
「クソ! どうなってんだ」
テレビでは全身モザイク。声も変えられていた。個人情報が漏れるようなことはなさそうだったが。
阿部はたどり着くことが出来なかったが、ニュースの実況スレにて匿名6の書き込みがあったのだ。そこで特定されてしまっていた。
翌日には、ご近所にも広まっていて、非常識な人間として噂をされ、妻には怒られ娘を連れて実家に帰ってしまった。テレビ局に問い合わせたが、匿名の人物からモザイクがかかった映像が提供されたのだそうだ。人権侵害を訴えたが、局側にも個人情報は分からないので、と一蹴されてしまった。
「くっそー!!」
阿部の味方は、もういない。
◯
奏介は帰宅していた姉の姫と一緒に居間でテレビを見ていた。
「へぇ〜。テレビ局、仕事はっや。奏介が売ったんでしょ? この映像。ご丁寧にモザイクまでして」
「無料提供だよ。丁度、ダメになったコーナーがあって穴埋めに使ってくれたみたいだね」
「最近、話題になってたわよね。ふーん。これは酷い」
世の中に知れ渡ってくれることを願うしかない。
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