第326話娘の軽い擦り傷で救急車を呼ぶ父親に反抗してみた1

 とある日、この日は学校の都合で11時下校だった。

 風紀委員会もないので皆で昼ごはんを食べに行こうという話しになったのだが。

「うーん、先に行ってよっか?」

 昇降口で他メンバーを待つ奏介は、ヒナの困った様子に、スマホで時間を確認した。ここにいるのはヒナだけで、他5人はそれぞれ用事があるようなのだ。

「そうしようか。ファミレス混んで来ると面倒だしな」

「うん、ボクらで席取りしよう。待ってて、皆にメッセージ送るから」

 ヒナと2人で学校を出た。

「そういえばさぁ、この辺で有名な不良が次々と病院送りにされてるって噂聞くんだけど知ってる?」

「ああ、針ヶ谷が言ってたな」

 いわゆる不良達が人気のない路地裏などで怪我をして倒れているらしいのだ。実際、真崎も遭遇して救急車を呼んだらしい。

 ヒナはむーんと唸った。

「やっぱり、悪いことをしてる人達を裏でやっつけてる人がいたりするのかな?」

「いやいや、そういう人達同士の喧嘩なんじゃないの」

 そう言ってから、ふと気づく。

 特定ネット掲示板の『匿名6』。恐らくサラリーマンなのだろう、その彼は暴力での制裁を行っていた。

「あ、ボクは君の、極力暴力に頼らないやり方を尊敬してるから、それが一番良いとは思ってるよ? でもさ、どうにもならないことは、どうしてもあるし、君に出来ないこともあるよ」

「……ああ、そうだね」

 今のままのやり方では、いつかどうにもならないことに遭遇するかもしれない。

「まぁ、その時のためにボクは……」

「え?」

 ヒナはそれ以上何も言わず、にっこりと微笑む。

「任せて!」

「……僧院、また俺が橋間に言われる。俺なんかのために危ないことするなよ」

「ふふん」

 ヒナは楽しそうに、後ろで手を組む。

「まったく」

 大通りに出る手前の十字路、目の前に走ってきた小学校低学年くらいの女の子が何もないところで躓いて盛大に転んでしまった。

「ぎゃっ」

 小さく悲鳴を上げたかと思うと、

「うう、うあーんっ」

 すぐに泣き出してしまった。

「え、あ、大丈夫?」

 ヒナが声をかけるも、そこで駆け寄ってきたのは、若い男性。恐らく、父親だろう。

「だ、大丈夫か? よしよし」

「ひざ、いたーいっ」

 見ると、女の子の右膝は擦りむいて血が滲んでいた。

「あ、ボク、ティッシュと絆創膏持ってますよ。使いますか?」

 ヒナが鞄を探りながら言うが、

「いや、このままだとばい菌が入る」

 真剣な顔で言う。

 奏介は辺りを見回す。

「ならそこの公園の水道で傷口を」

「公園の水道なんて、汚いだろう!」

 奏介とヒナは顔を見合わせた。

「じゃあ……えっと」

 首を傾げるヒナ。

 奏介は大通りと反対方向を指でさした。

「少し行ったところに交番がありますよ。もしかすると消毒液が」

 奏介とヒナを無視して、父親はスマホを取り出し電話をし始めた。

「……もしもし。……事故です。……膝から出血していて。……はい。とにかく早くっ」

 何度かのやり取りの後、通話を切った。女の子は自力で立ち上がった。

「パパー、痛い〜。おうち帰りたい。おんぶっ」

「動かすのは危ないからな。ここで待つんだ。座って」

 奏介は口を半開きにした。

「あの、もしかして、119番?」

「あん? まだいたのか。救急車を呼んだから、絆創膏はいらない」

「いや……救急車はちょっとどうかと……骨折もしてないみたいですし」

 父親は、ぎろりと睨んできた。

「じゃあ何か、君はうちの娘の怪我を放っておけということか?」

「じゃなくて、今から病院に連れていけば良いじゃないですか」

 正直なところ、傷口を洗うか消毒するかをして、絆創膏を貼っておけばそのうち治るレベルの擦り傷なのだが。

「うんうん、まだ外科やってるしね」

 ヒナがスマホを見ながらいう。 

「なんでそんな面倒なことをしないといけないんだ。救急車は怪我人を運ぶのが仕事だろう」

 と、言い合いをしているうちに救急車が到着、中から救急隊員が二人降りてきた。

阿部あべさんですね? 娘さん……足から出血しているとのことですか」

「はい、娘が」

 救急隊員は、座り込んでいる阿部の娘の膝周辺を観察し始める。

「……あの……出血というのはこの擦り傷の」

「はい、それです」

 父親が深刻そうな表情を浮かべる。

 救急隊員達は困ったように視線を交わす。

「……あの、お父さん、こういった怪我なら、近くの病院へ連れて行ったほうが早めに治療を受けられると思います。救急で運ばれると、なんというか、大事になってしまいますから」

 父親がムッとする。

「それはつまり、怪我人を見捨てるということですか」

「え、いや、そういうことではなくてですね」

 父親は機嫌を損ねたらしく、スマホを取り出した。

「怪我人を拒否、救急車を使うなということですね。税金を支払っているのに、まさかこういう扱いを受けるとは。苦情を入れさせて頂きます」

「っ……!」

 救急隊員の表情が歪む。

 奏介は息を吐いた。

「あの」

 控えめに挙手をする。

「ん? なんなんだ、さっきから」

「いや、傷の手当てくらい自分で出来ないんですか? やり方知らないなんて……もう少し社会のことを勉強した方が良いんじゃないですか?」

「なんだと!?」

「親なら、娘の怪我くらい手当てして下さい。もうちょっと考えましょうね?」

 奏介はトントンと自分の頭を叩く。

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