第323話ノーヘル自転車で赤信号を無視する中学生に対抗してみた

 とある放課後。

 奏介と詩音は帰路についていた。友人とお喋りをしていて遅くなった詩音と風紀委員で遅くなった奏介が靴箱でばったりと会ったのだ。

「ふぁ〜。昨日夜ふかししたから寝不足」

「勉強?」

 奏介が問うと、詩音が恥ずかしそうに頭に手をやった。

「あはは。実はサイトで動画見てたら止まらなくなっちゃって」

「時間溶かしてるって表現がぴったりだな……」

「そうそう。見たい動画の後に関連動画が出てくるとつい」

 むむむと唸る詩音。奏介はため息をついた。

「まぁ、分かるけど」

 見たい動画はともかく、関連動画を見始めるのは控えめにしたい。

「昨日はゲーム実況見てて、最終的に警視庁24時交通機動隊編を見てた……」

「何やってんだよ」

 と、前方の交差点の横断歩道の所でもめている男女を発見し、奏介は首を傾げた。見知った顔の成人の男女、そして自転車を支えながら立っているのは中学生くらいの女子だ。

「警察の人、かな」

 少し前に見かけた青色の制服だ。

「は? だからうざい。説教とかダル過ぎ」

 見た目は可愛らしい少女なのだが、表情と口調がヤンキーのそれだった。自転車に乗っているわりにはヘルメットも被っていない。

「ああ、いやだから赤信号で渡ったら車とぶつかるかもしれないですよ。危ないですから」

 そう優しく声をかけていたのが、先日、交通事故の事情聴取で話したことがある男性警官の春浦と、

「こちらは心配しているんだ。君が怪我でもしたら親御さんも悲しむしな」

 上司の女性警官、夏山だった。二人共交通課所属だったはずだ。

「だからぁ、なんであんたらに心配されなきゃなんないわけ? かんけーないじゃん」

 完全に帰り道の横断歩道横で話しているので、そばを通らないわけには行かず、

「そ、奏ちゃん」

「警察だから大丈夫だって」

 不安そうな詩音を連れて、3人の横を通り過ぎる。

 主に中学生女子がもめにもめてるので、つい視線をそちらへ向けた時に春浦と目が合ってしまった。

 向こうも気づいた。近距離すぎて、さすがに挨拶しないわけにもいかず。

「こ、こんにちは」

「あ、あー。この前の」

「えと、お疲れ様です」

 色々な意味で。

「気をつけて帰ってください」

「はい」

 そして、流れるように女子中学生と目があったのがよくなかった。

「は? 何? キモい。滅茶苦茶臭そう。こっち見んなよ、変態」

 詩音がすっと目をそらしたのが分かった。

 イライラしているので、誰でも良いから噛みつきたいのだろう。

 奏介は深呼吸。

「止めなさい。話をしているのは私達だ」

 夏山が強い口調で制止する。

 奏介は中学生に笑顔を向けた。

「君さ、説教されたり心配されてるって思ってるみたいだけど、違うと思うよ」

「はぁ?」

「ノーヘルでしかも赤信号無視したんですよね?」

 夏山に確認を取ると、戸惑いながらも頷いた。

「だから何? 文句あんの?」

 強気である。

「文句っていうか、車の方は青なんだから、当然車が交差点に入ってくるじゃん。君にぶつかりでもしたら、運転手さんの免許が停止になったり取り消しになるかもしれないでしょ。ノーヘルで死なれでもしたら、最悪逮捕だし。勝手に怪我するのも凄く迷惑。救急車呼ぶのも迷惑だし、入院費とか薬とか、運転手さんの車の保険から出るんだけど。無駄なお金出させないでもらえる? 自分でバイトすらも出来ない年齢なくせにさ」

「そ、そんなの知らないし」

「それにさ、家に出たゴキブリを足で踏み潰したら良い気分しないでしょ? 君を轢いちゃった運転手さんも同じ気持ちだから。車汚れるし」

 奏介が柔らかい口調でそう言うと、

「は…………はぁ!? ゴキブリ!? ふざけんな!!」

 顔が真っ赤である。

「ふざけてない。ていうか、ゴキブリより質悪いわ。どうせ君の親が悪くない運転手さんを責めるだろうしね。はぁ、偶然ゴキブリを踏んだばっかりに可哀想だ」

 奏介は大げさにやれやれと言いたげなポーズを取る。

「あー確かに車のほうが加害者になっちゃうよね。歩行者が飛び出してきたとしても。理不尽だし……可哀想」

 詩音がそう呟く。

「だろ? 今後の人生にも影響してくるし」

 夏山達は呆気に取られている。

 中学生は憤りながらも返す言葉を考えているようだ。

「……何ドヤ顔してんの? あのさぁ、色々言ってるけど、車が悪いじゃん。あたしらが渡ってたら、どんな場所でも停まるのが筋でしょ」

「いや、停まれずにぶつかった時の話してるんだけど。そりゃ高速道路の真ん中渡ってるアホがいても運転手さんは停まる努力はするでしょ。じゃなくて、停まれずにぶつかったらヤバイでしょって話だよ。その自転車の小さい傷」

 奏介はタイヤカバーのそばについた擦り傷を指で指した。

「どこかでぶつけたんでしょ?」

「こ、これは家の壁でちょっと擦っただけだし」

「擦りたくて擦ったわけじゃないでしょ? そういうのを事故って言うんだよ」

 中学生は自転車のハンドルをぎゅっと握り締めた。

「うっさい。ぶつかったら全部車のせいでしょ。免許とか運転手とか関係ない。てか、全部運転手が悪いんだから、死ぬ気で避けろよって話」

 奏介はため息を一つ。

「だから、何度も言うけど、避けられなかったらどうすんのって話ね。なんで皆が通る道でスリルを求めてんの? 赤になったら車は停まってくれるんだからその間に渡れば良いじゃん。自殺願望でもあんのか?」

「ぐ……」

 と、近くを女子小学生達が通り過ぎていく。それぞれ、ビニール袋を持っているので何か買い物をしてきた帰りだろうか。

 ひそひそと。


「まだやってる……」

「さっき、車にくらくしょん? 鳴らされてた人」

「ハンドル押すと鳴るやつでしょ?」

「めっちゃ怒られてるね」


 クスクス笑われて、中学生は顔を真っ赤にした。

「今時5歳の子でも赤信号は停まらなきゃならないって知ってるよ。勉強し直した方が良いんじゃない?」

「うっざ!!」

 中学生は吐き捨てるように言って、

「あ、待ちなさい」

 夏山達の制止も聞かず、そのまま前方の横道へ入って行ってしまった。

「いや、君……」

 春浦が恐る恐る奏介を見る。

「あ、すいません。つい」

「あっははは」

 夏山が少し控えめに、笑う。

「いや、正論だ。ゴキブリは言い過ぎだけどな」

「あ、そこは反省してます」

「しかし、『君のために注意してるんだ』という声かけは効果が薄いのかもしれないな。危険な運転をしている中高生には結局、『放っとけよ』と言われてしまうからな」

「そこはもう、人にぶつかったら、慰謝料100万だけど、てめぇに払えんのか? って言ったほうが効果あるかもしれませんね」

 詩音がびくっと肩を揺らした。

「と、突然口が悪いっ」

 警察がそばにいたので口調には気をつけたが、本当はこんなふうに罵ろうと思っていた。

「確かに」

 夏山はうんうんと頷いた。

「実際にそういう事例が何件かありますからね」

 これ以上の立ち話は職務の邪魔になるだろう。

「じゃあ、俺達はこれで」

「ああ、気を付けてな」

 夏山達に見送られ、帰路についた。

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