第316話同窓会メンバー3人に精神的ダメージを与えるために反抗してみた7

 佐野なやかは上嶺や加納と別れ、走っていた。

「はぁ、はぁ」

 あれから数時間。家に帰らず走り回っていたら空が大分明るくなっていた。

 すでに警官が引き上げた公園に戻ってきた佐野は、ベンチの陰に座り込んだ。

「ちょっとママ、娘を売る気?」 

 夜中、スマホにメッセージが何度か来ていた。警察から連絡が行っているのか、『帰ってきなさい』とか『話がある』とか鬼気迫る文章で送られてくる。

「親なのに、警察を誤魔化してくれるとかしてくれないわけ?」

 メッセージは既読スルーして、スマホをポケットへしまった。

「とにかく、これからどうするか考えないと」

 どうにか、御島、加納、上嶺に責任をおしつけられないだろうか、と。

 とにかく自分が逃れる方法を考えまくる。

(あたしはやってないんだから、関係ないし、あの御島とかいうやつも知らないし)

 と、スマホがメッセージを受信した音がした。

「え」

 いつもの癖でつい画面を見てしまう。どうせ母親かと思いきや、

『さっさと捕まれよ。人を殴っておいてよく逃げられるな、犯罪者』

 奏介がなりすましていたアカウントからだった。

「この野郎!!」

 即ブロックした。

(殴ったのはあの御島とかいう加納の知り合いでしょ!? なんであたしのこと。……まさか、菅谷はあたしに殴られたとか証言してるってこと?)

 被害者に証言されてしまうと、非常に不利だ。

「どうしよう。どう、する?」

「自首、した方が良いと思うけど」

 振り向くと、咲人の彼女、埴輪ミソラが立っていた。前で手を組んで、何やら気まずそうにしている。

「!? は、なんで」

 ミソラは困ったように、

「佐野さんが逃げ回ってるって聞いたから。あのね、未成年の高校生が警察から逃げ切れるわけないから、ちゃんと出頭した方が良いよ。逃げてると、罪が重くなるかもしれないし。一緒に行ってあげるから。ね?」

 手を差し出してきた彼女に面食らう。埴輪ミソラ、おしとやかで、少し気弱で、儚げな少女という印象だった。いつも咲人に守ってもらっているイメージが強い。先輩とは言え、それが非常に気に障っていた。

 佐野は拳を握り締めた。

「そうやってさぁ、話したこともない人に優しくするのって気持ち悪いんだけど。前から思ってたけど偽善者よね。頭の中お花畑ってあんたみたいなのを言うのよ」

 ミソラは困ったように笑う。

「ごめんね、性分なの。ついお節介焼いちゃうんだ。でもね、佐野さん。今後のことを考えたらちゃんと反省した方が良いよ。咲人の悪い噂流したの、あなたなんでしょ? それに、菅谷君て子を酷くいじめてたって聞いたよ。今なら、間に合う。悪いことを認めて反省を」

「うっっっっざ。若原先輩はあんたのどこが好きだったんだろ? 綺麗事ばっかり並べて説教すればよくみられるとでも思ってんでしょ。キモい!」

 この性格で、皆から好かれているのだから面白くない。それもあって、タイプだった咲人を寝取ってやろうということになったのだ。彼女への嫌悪感は拭えない。

 ミソラはため息を一つ。

「まぁ、そう怒らないで。でもごめんね、咲人は私のこと大好きだから佐野さんなんか眼中にないんだよ」

「……へ」

 見ると、ミソラはいつもの柔らかい笑みを浮かべていた。少し自信なさげな態度も変わってない。

「仕方ないよ。佐野さんより私の方が可愛いし、そこまで性格悪くないし。咲人が私を選ぶのは当然っていうか、最初から性格悪い佐野さんに勝ち目ないし」

 ミソラは一人で納得したように何度か頷いて、

「咲人の悪い噂を流して弱ったところを狙うしか勝機がなかったんだもんね? でも、そこまでして付き合えてないってことは、佐野さんには女性としての魅力がないんだと思う。その上犯罪者になるなんて可哀想過ぎて見てられなかったの」

 ミソラは憂鬱そうに息をついて、

「だから、自首しよう? ついて行ってあげるから」

「ば、バカにしてるでしょ!?」

「うん。してるね」

 笑顔。 

「……!」

 そこで初めてゾクリとした。優しさとお節介だけで、こんな時間にこんな場所へ来る人間がいるはずがない。何より彼女とはまともに話したことがないのだから。

「はぁ」

 ミソラのため息は公園内に響いたかと錯覚するほどに大きかった。

「あのね、あなたは咲人を痴漢の変態野郎に仕立て上げて、知らないフリして誤解を解いてあげたんだよね? もし失敗して誤解が解けなかったら咲人、この先の人生滅茶苦茶になったと思うんだけど。それって、好きな人にやることじゃなくない?」

「……」

「言っておくけど、佐野さんはこの私に勝てる要素0だから。ちなみに咲人とは仲直りしてまた付き合うことになってるから、残念でした」

 くすっと笑うミソラ。この上なくバカにされている、されているが、何を言い返せば良いか分からない。

「……信じなかった癖に」

「ん?」

 首を傾げるミソラ。

「若原先輩は痴漢をしてないって、彼女として信じなかったから別れたんでしょ!? 偉そうな口聞いちゃって、バッカみたい。若原先輩を痴漢呼ばわりした癖に!!」

「だって冷静に考えて痴漢とは付き合いたくないし」

 さらりと言うミソラに、佐野は舌打ちした。

「若原先輩が痴漢するような男だと思ってたってことでしょ? それでよく彼女が務まるわね」

 煽りのつもりで言うが、ミソラは困ったように笑う。

「フェイク写真までネットに流して咲人を痴漢に仕立て上げたの、あなた達だよね? 咲人を最後まで信じられなかったからって私を責めるの? 証拠写真まであったら疑うのは当然だと思うけど。まぁ、罪を認めて自首してって勧めたら喧嘩になったのが別れた原因なんだけど。そうなるように仕向けたのはあなたでしょ。咲人が痴漢をするような男じゃないって知ってるのは噂を流したあなた達だけだよ。その上で、咲人は私のことが好きであって、佐野さんのことはなんとも思ってないみたい。庇って上げたのにね」

 肩をすくめる。

「もう一度言うけど、私のほうが可愛いし、咲人のタイプなんだよね。私も咲人のこと大好きだし」

「こ、この……ナルシスト女!!」

「グループ作って男子に痴漢の冤罪押しつけるヤバイ女に言われたくないなぁ。あ、時間稼ぎ終了」

「え」

 公園の2箇所ある入口にパトカーが1台づつ停まる。

「あ」

「佐野さん、私に勝てるところ、一つもないね? 咲人は渡しませーん」

 にっこりと笑ったミソラの背後でパトカーから警官が降りてくる。

 ミソラは歩き出して、佐野の横にならぶ。

「次、咲人にちょっかいかけたら、許さない」

 低い声で、唸るように、言われた。腰が抜けて座り込んだところで、警官に囲まれる。

(なんで、こんな……こと、に? そう、だ。菅谷、あいつが)

 全ての元凶は確実にあいつだ。しかし、憎悪を燃やす前に警官に手を掴まれる。

「立ちなさい。話を聞くからパトカーへ」

 冷たい、機械的な声が耳を通り抜けて行った。





 電気の消えた病室内。 

 枕元に置いたスマホがバイブ設定で振動した。

「ん」

 個室内を見回し、通話アイコンをタップ。耳に当て、小声で、

「こんばんは。……埴輪さん」

『寝てるところごめんね。菅谷君。佐野さん捕まったよ。後は2人だね』

「そう、ですか。良かった。代わりに行ってもらってすみません」

『良いよ、言いたいこと言えてスッキリしたしね。ありがとね、あなたのお陰で咲人ともやり直せそう』

「若原さんも喜んでましたね」

 咲人ミソラカップルとは奏花の紹介ということで一度打ち合わせをした。ミソラの誤解はすぐに解けたので二人揃って目撃者になってもらったのだ。

「それじゃ、おやすみなさ」

『ねぇ』

 通話を切ろうとして、呼びかけられた。

「はい、どうかしましたか」

『奏花ちゃんてさ、あなたの趣味なの?』

 少しだけ冷や汗が吹き出した。

「それは、あの……分かりました?」

『喋り方、変えてなかったしね』

(そこからバレるんだ)

 体型や顔ではないのが不思議だ。

 奏介はこほんと咳払い。

「趣味じゃないですね。例えば、痴漢されたという女性と、告発されたサラリーマンがいて、そのサラリーマンが冤罪だと主張した時、どっちを信じます?」

『……』

「サラリーマンを信じる人は少数ですよね。クズな女性を言い負かす時に、男だとセクハラだなんだと性別を利用してくるのでその逃げ方を潰すための変装です」

『納得の理由だね。そっかそっか。あぁ、ごめんね夜遅くに。それじゃまた』

 通話はすぐに切れた。奏介は額に浮かんだ汗を拭う。

(気をつけよう)

 自分からバラすことはあってもバレたことはなかったのでヒヤリとした。

(調子に乗ってたな。気をつけよう)

 奏介は深呼吸をして、ベッドに倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る