第315話同窓会メンバー3人に精神的ダメージを与えるために反抗してみた6

 自室で通話を切った加納ルコは、ぷるぷると震えていた。

「あいつ〜。どこまでしつこいの! 小学生の頃のことを根に持って、本当に、ねちっこい奴!!」

 と、スマホが短く鳴った。メッセージのようだ。見ると、

「!」

 奏介が使っていたと思われるアドレスからのメッセージだ。

『人を階段から突き落としたり、頭を殴ったりしておいて、よく人のせいに出来るな。どれだけ最低なんだよ。ロッカーに閉じ込めて俺を餓死させようとしたのはお前が計画したんじゃないか? 最低の人間だな。それやっといて新しくイジメターゲットを見つけて入院させた? ふざけるなよ。全部犯罪なんだよ。呑気に高校生しやがって。犯罪者が勉強したり友達と遊んだりしていいわけねぇだろ。どうせ、小学生の頃のことをねちっこく言ってくるとか思ってんだろ? 誰に何言われようが、てめぇら全員許してねぇからな。被害者面すんな』

 ピッピッピッ。

 次々と文章が送られてくる。しかも罵倒ではなく、全て正論だった。

「ひっ……! な、なんであたしが全部やったみたいになってんのよ!? ロッカーに閉じ込めたとか皆でやったし、頭殴ったりしたのは御島じゃん!! 被害妄想凄すぎっ」

 ピッ。

『被害妄想じゃなくて、実際やってんだろ』

 もはや思考を読まれているレベルだった。

「気持ち悪いっ」

 思わず、ベッドへスマホを投げつける。共働きの両親は帰っていないので、静かな家内にポスッという音だけが小さく響いた。





 一般病棟消灯間際。

 有井が奏介の部屋を訪れた。個室なので、他に患者はいない。

「菅谷君、もう消灯だけど、大丈夫そう? ……ってなんかゲームしてる?」

 歩み寄ると、奏介はベッドに上体を起こし、険しい顔でスマホの画面を凝視し、高速で指をタップしていた。

 はっとして顔を上げる。

「あ、いや。すみません。ちょっとメッセージ打ってました」

「指が残像になってたんだけど」

「ちょっと力が入りすぎました」

 奏介は苦笑を浮かべ、スマホを枕元へ置いた。

「体調大丈夫です。吐き気も刑事さん達が来る前に治まったので」

「そう。じゃあ、何かあったらナースコールね」

「はい」

 今度こそ、奏介はベッドに横になった。

「わざわざ塚江さんに電話かけてきたってことは」

 加納ルコは恐らく、自宅に戻っているのだろう。自分が安心できる場所で落ち着いてから、文句を言うためにりんなへ電話してきたのだ。

 奏介はスマホを操作した。

 見王刑事へのメールの本文を簡単に作成すると、すぐに送信した。

 枕元にスマホを置いて、ゆっくりと目を閉じた。



 眠ってから、しばらく経った気がする。はっと目を開けると同時に意識が戻った。

 慌てて上体を起こす。

「はぁ、はぁ」

 感覚が現実に戻ってきたが、なんとなく分かる。覚えていないが悪夢を見ていた。

「……夢……」

 全身汗だくだった。恐ろしい夢だった。

 と、枕元のスマホが点滅していることに気づいた。

「え、メッセージ?」

 しかも、数分前だ。慌てて確認すると、メッセージの送り主は、


『菅谷奏介』


 だった。

 檜森リリスはスマホを握ったまま震え上がった。先程の恐ろしい夢に登場していたであろう、奏介からリアルにメッセージが。

「な、なんですか。私、何かやりましたか!?」

 メッセージ本文には、一言だけ。


『お前、昔のこと反省してるんだよな?』


 との質問が。

「!? あ、当たり前ですよ!? ていうか、定期確認ですか!?」

 震える手で、返信すると即返ってきた。

『ならよし』

「ゆ、許されました?」

 わけがわからなかったが、それ以降メッセージは来なかったので、そのまま寝ることにした。

 ベッドに潜り込んで丸くなる。

(絶対、余計なこと言った人がいます。時々悪寒が走りますしっ)

 眠れなくなるかと思いきや、その後は朝までぐっすり眠ることが出来たのだった。


 ●


「ただいまー」

 加納は、玄関の方から聞こえてきたその声に、はっとして顔を上げた。

 聞き慣れている母親の声だった。時刻は夜の10時過ぎ。いつもより少し遅いが、ようやく帰ってきた。

 廊下へ飛び出た加納は廊下の電気をつけて玄関へと走った。

 丁度鍵を開けて入ってきたスーツ姿の母親と目が合う。

「ただいま、ルコ」

「おかえり。あのさ」

 お、母親の背後からすっと2つの影が家の中へ滑り込んできた。

「加納ルコさんですね。我々はこういうものです」

 スーツの男二人組は、警察手帳を見せて来た。

 血の気が引いた。滝のように汗が噴き出て、頭がくらくらする。

「先程、駅近くの公園で傷害事件がありまして。目撃者が加納ルコさんが関わっているというふうに証言しているんです。お話、聞かせて頂けますね?」

「……!」

 加納はパクパクと口を動かし、母親を見る。

「ルコ……あれだけ夜遊びは止めなさいって言ってたのに」

 母親は困惑気味でどう対応していいか分からないようだ。夜中に警察が訪ねてきたらこうもなるだろう。

 加納は後退る。

「な、何もしてない、です。み、御島って人が全部やった。から、あたしは、見てただけで」

「そうですね。実行したのは御島ユイコさんとのことでしたが、指示したのは加納ルコさん、あなたですよね。一緒に来てください。お母様、申し訳ありませんが、娘さんはお預かりします。明日、連絡致しますので」

「は、はい。すみません、娘が」

 加納は、二人の刑事に連れられて、パトカーへ乗り込んだ。

(なんで、指示役? 何言ってんの)

 ふと、奏介の顔が浮かぶ。小学生の頃は彼の泣き顔が最高に面白くて、皆でからかいまくっていた。先日の同窓会の雰囲気は凄く懐かしかった。主催の上嶺が冗談を言ったところで、彼が喧嘩腰になり、上嶺を庇うとこちらにも噛みついてきた。生意気な態度がムカついて、嫌がらせをしようとしたが、その倍以上に仕返しをされた。

 それでも、小学生の頃のいじめっ子奏介の姿が抜けなくて、今まで来てしまったが、まさか、警察沙汰になった上に連行されることになるとは思わなかった。

「ああ、そうだ。加納さんは塚江りんなさん知ってますよね。彼女のご両親から被害届が出ていますので、担当の刑事からその話も聞かれることになると思います」

「え……」

 奏介に言われた犯罪者という言葉が頭の中で大きくなってきた。

(犯罪? 菅谷をからかったことが?)

 大変なことになってしまった。これからも、大変なことになる。パトカーが出発すると、近所の人が何人も出て来ているのが見えた。

(どう、しよう)

 明日からの生活は、どうなるのだろう。逮捕されたら、どうなるのだろう。

 加納は頭を抱えた。

(怖い。なんで? なんで!?)

 認められない現実、加納は震えながら、この先の未来を考え始めた。

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